第9話 妖狐たちがフリゲート艦を強奪する

★創世歴20,200年★

★聖紀1,860年★


 アングル海軍のカッター艦スネフェルに砲撃を加えたモナルキのフリゲート艦を対艦魚雷で吹き飛ばしたゴールデン・ビクセンは、東へ向けてトンズラを図る残りのフリゲート艦を目指して突進して行く。

 いかにアングル海軍のトップマンマストの見張りと言えどもカッター艦の低いマストからでは、こちらの正体までは見えなかったとノアは確信している。

 おそらくは、何処の誰が助けてくれたのか?と、カッター艦スネフェルの航海士であるジェイデンはアタマを悩ませていることだろう。


 ちょっと吃驚したことには。

 フアナ島の海域でモナルキの黄金船団を略奪した後で現れたカッター艦スネフェルには、俺の古い知り合いであり恩人でもあるジェイデンが乗り組んでいたのだ。

 こちらビクセンはパールサの軍艦旗を艦尾に揚げて航海中だし、スネフェルの艦尾にはアングル海軍の軍艦旗が風に靡いている。

 同盟国ではないが、敵対関係にあるわけでもない軍艦同士の出会いのシーンだ。

 お互いに軍艦旗を上げ下げして敬礼に替える。

 「お~~い、そこの艦!」

 並行位置に持ってきたスネフェルの艦尾で呼びかけていたのはジェイデンだった。

 久しぶりに顔を見たが、航海士の制服を着ていたので見違えた。

 あいつも無事に航海士への階段を上ることが出来たらしい。

 「お~~い、なんだぁ~~?」

 ゴールデン・ビクセンに俺が乗り組んでいるのを知られるとマズイので、スネフェルとの応対は、航海士の一人であるミスター・ザールにやってもらった。

 「こちらはアングル海軍だが、モナルキの戦列艦が率いている艦隊を見掛けなかったかぁ~~?」

 「見なかったぞぉ~~!!そんな艦隊を見たら逃げ出してらぁ~~!!」

 まさか、本艦ビクセンが満腹になるまでご馳走に与りましたと、ゲロなんかするわけにはいかない。

 そんな通り一遍のやり取りだけで、本艦は尻尾を掴まれないうちに現場海域からはしり去ることにした。

 だから、ジェイデンは俺が目の前の艦に乗っているとは知らなかったことになる。


          *****


 何処の海軍でも同様だろうが、海軍軍人は階級の上下を問わず、ランクが上がれば乗務する艦を替えてゆく。

 二等水兵が一等水兵に昇級した程度では異動はないけれど、上等水兵から航海士へ昇進すれば 異動するのが通例だ。

 戦列艦などの大型艦では、それが新造艦である場合は造船段階から廃船に至るまでの長期間を乗り組んでいる船匠だいくなどがいることもあるが。

 あるいはまた。

 戦闘で大破して工廠入りする艦などでは、徴募兵などを解雇するのがアングル海軍の習慣だけれど。

 ノアのような志願兵は昇進すれば別の艦へと配属替えになるのが通例で、そういう過程で多くの知り合いが出来てゆくのだ。

 まぁ、同時に知り合いとの別れでもあるけれど。

 度重なれば、寂しさなどという感情は削られて行くことになる。

 ジェイデンとは、孤児院時代からの顔見知りと言うか幼馴染と言うかの関係で、アングル海軍への志願も一緒に手を挙げた。

 たまたま、二十四門搭載フリゲート艦ゴームズの指揮を執っていたグレイソン艦長に拾われて海の生活へと乗り出したということだ。

 俺たちは孤児院で「読み書き算盤」の基礎を教わっていたという幸運もあって、パウダーモンキー火薬運搬係少年兵とか海尉集会室の世話係とかをスルーしてオリバー航海長のアシスタントという、恵まれたスタートを切ることができたのだ。

 俺たちは資格を持った航海士ではないし、航海士見習いというほどでもない中途半端な身分だったけれどな。

 航海長の仕事の道具を手入れするとかしているうちに、航海術や操艦術の基礎などを教え込まれていったのだ。


 そんな日々の一日。

 「お~~い、デッキ!水平線に帆が見えま~~す!二時方向!シップ型」

 メインマストのトップにいる見張りの声が降ってきて、俺とジェイデンもフォワマストのトップへ登るように、航海長から命令された。

 これは、悪戯を仕出かした時の簡易な懲罰とは違って、立派な軍務の命令だ。

 「「アイ・アイ、サー!」」

 何かの役に立つのかどうかは知らないけれど、俺たちは勇んで任務に取り掛かる。

 望遠鏡を斜め掛けに担いで、ブルワークに飛び乗ってからラットリンをよじ登る。

 少年水兵に毛が生えた程度の年齢では、身体のサイズが軍艦の装備に対して追い付いていない。

 ベテラン水兵ならスムーズに手足がラットリンを捕らえていくところを、一段毎にへばりついているというのが現実だ。

 青息吐息で、メイントップの見張り台へと手を掛ける。

 見張り台と言えば聞こえは良いけれど、実物は二フィート四方あるかないかの狭い足場が、マストに組み込まれているに過ぎない。

 当然ながら安全を確保できる囲いなんか無い場所に、トップの見張りが立っているのだ。

 俺たちの顔を見て、航海長か艦長あたりが何を考えているのか察したらしい。

 遠くに見える帆の方へ視線を遣って確認すると、デッキに向かって大声を上げた。

 「お~~い、デッキ!ゴール海軍のフリゲート艦でぇ~す!砲二十門!」

 メイントップの見張りはベテランの一等水兵で、報告は簡潔明瞭だ。

 ゴールはアングル島から海峡を挟んだ向こう側の大陸に在る国で、晴れた日にはお互いの海岸線が見える隣国だが、仲は良くない。

 そんな相手のフリゲート艦と出くわしたとなれば、うちの艦長は捕獲のチャンスを逃すような事はしないだろう。

 揺れるマストにしがみついて海上を眺めまわす俺たちに、一等水兵は軽く頷いて見せる。

 「お前たち、甲板へ降りて航海長を手伝え」

 一等水兵がノアとジェイデンに指示をする。

 トップマンでもない俺たちがウロウロしていると邪魔になるし、新米少年兵は艦が急旋回したりするとマストから振り落とされるのが関の山だ。

 「アイ・アイ、一等水兵!」

 一等水兵の個人名も知っているけれど、俺たち少年水兵は一等水兵に個人名を呼んで挨拶出来る立場ではない。

 急いでリギンを握って甲板へと滑り降り、航海長に報告をして指示を仰ぐ。

 戦闘に備えて湿らせた滑り止めの砂を甲板に撒いたり、万一を考えてピストルに弾薬と弾丸を装填して、航海長や航海士たちに手渡しておく。

 その頃には、両艦共に並走する体勢で砲を突き出していたようだ。

 ほぼ同時に発砲したらしく、艦長の発射命令は聞こえなかった。

 「くそ、ふざけやがって」

 艦長がブツブツ呟いているが。

 こちらの弾丸が相手のブルワークを吹き飛ばしているのと同様に、敵艦の弾丸もこちらのヤードやリギンを吹き飛ばしている。

 「操舵長!接弦させろ!!」

 「斬り込み要員!姿勢を低くして、接弦と同時に斬り込みだ!」

 艦長が命令を続けざまに叫んでいる。

 敵対関係にあったゴールのフリゲート艦と遭遇した俺たちは、グレイソン艦長の命令で接弦斬り込みをすることになった。

 ガリガリドスンバリバリと、両艦の舷同士が擦れる音が響き渡ると。

 「ロープ投げろ!」

 「海兵隊!敵兵を狙撃しろ!」

 「斬り込み隊!行けぇ~~~!」

 命令が叫ばれ、アタマに鉄製のかぎ爪を結んだロープが飛び交う。

 ロープの後ろには、カットラスや短槍を手にした両艦の水兵たちがブルワークを挟んでひしめいている。

 舷側での小競り合いが続くこと暫し、本艦の水兵たちが敵艦の甲板へと攻め込み始めた。

 それと同時に、敵艦からも絡み合ったヤードを伝って本艦の後甲板を目指す一隊がいる。

 艦長や航海長は敵艦のほうに注意を向けていて、頭上から迫る敵の斬り込み隊を見ている様子は無い。

 俺は隣にいるジェイデンの肩を叩いて、敵の接近を知らせる。

 俺の動作に気付いた護衛の海兵隊員が単装式ライフル銃を頭上に向けて発射すると同時に、敵兵のピストルも火を噴いて海兵隊員が甲板に頽れて相打ちとなる。

 艦長と航海長も護身用のピストルを発射して、敵兵は数人にまで減ったけれど怯む様子も無く本艦の甲板へ飛び降りて突撃してくる。

 そうなると、暢気にピストルの再装填なんかしている暇など無い。

 操舵長や操舵手は持ち場を離れることができないので、控えの航海士と俺たちが敵に対して突進をする。

 カットラスで斬り結ぶには、俺とジェイデンは体格で敵兵に劣るが。

 航海士としての訓練だけではなくて、水兵としての戦闘訓練も受けて来た積み重ねが生きるかどうかの正念場だ。

 ガキッ!とカットラスが嚙み合って体重差で押されるが、敵の刃を流しておいて懐に潜り込む。

 敵がカットラスの柄で俺のアタマを叩き潰しに来る前に、腰のダークを逆手に引き抜いて敵の腹へと捻じ込むことが出来た。

 それでも敵の力は余っていたようで、俺のアタマに敵のカットラスの柄尻が落ちてくる。

 逃げられそうにないなと覚悟を決めたが、一瞬の差でジェイデンのカットラスが敵の首筋を横薙ぎにした。

 「ありがとよ!ジェイデン!」

 お前は俺の命の恩人だと、口に出して握手なんかしている暇などない。

 それだけ言って、素早く後甲板を見回すと艦長を背に庇って敵と睨み合う航海長の姿が見える。

 敵は一人で、俺たちには背中を向けている格好だ。

 控えの航海士は別の敵と相打ちになったと見えて、甲板に膝を突いて俯いている。

 航海長と目が合うと首を縦に振ったので、俺とジェイデンは突進して敵の背中へカットラスを突き入れた。

 ほんの数分の出来事で、敵艦を見ると本艦の水兵や海兵が制圧したようで万歳万歳と叫び声を上げている。

 その後、艦長から直接にお褒めの言葉をいただいたので、俺はジェイデンの手柄だと申告しておいた。

 命を助けてもらったからには、手柄を山分けというわけにはいかない。

 そんなこんなの後始末が終わると、拿捕した敵艦を本国へ回航する乗組員の選抜が行われることになった。

 本艦では控えの航海士が戦死したので、回航には航海士心得としてジェイデンが少年水兵から正式な二等水兵に採用されて抜擢されることになったということだ。

 少年水兵は制服と支給食は貰えるけれど、水兵名簿には登録されないし、固定給は貰えない。

 身分が曖昧な少年水兵から二等水兵として水兵名簿に登録して貰えるということになれば、働き次第では昇進を目指せる道が開けたという事になる。

 俺たちは航海士としての基礎は習得済みで、後は正式な水兵としての実務経験と艦長からの推薦状があれば航海士としての資格を貰える。

 拿捕艦の回航要員とは言え、フリゲート艦で一人しかいない航海長相当の航海士心得を無事に勤めれば海軍省が正規の航海士と認めてくれるのは間違いが無い。

 慌ただしく回航の準備が進められる騒ぎの中で、俺は改めてジェイデンにちゃんとしたお礼を言った。

 「お前は俺の命の恩人だ、ジェイデン」

 回航要員を海軍省が元の艦に戻してくれるかどうかは、判らない。

 再会するのは数年先になるかもしれないが、借りは必ず返すからなと幼友達の手を握る。

 俺の言葉を笑顔で受け取ったジェイデンは意気揚々と、他の回航要員たちと拿捕艦に乗ってアングル本国へと向かって行った。


          *****

          

 そんなことを思い出しながら、ノアは現実に意識を引き戻す。

 まぁ、面と向かって借りを返したぞと言えないのが心残りではあるけれど。

 当面は、生き残ったモナルキのフリゲート艦を拿捕するほうに集中しよう。

 俺たちが乗っている時代遅れのガレオン船(に偽装している)ゴールデン・ビクセンに必要だとビッキーが言う黄金のインゴットは、既にモナルキの百門艦から頂戴してある。

 なので、これ以上の戦闘は無用ではあるのだが。

 俺は、乗組員たちの福利厚生を兼ねて、何処かに海賊稼業とは別物の根拠地を構えたいと考えている。

 本艦にはビッキーが魔力で創造した多種多様な亜空間が設けられているのだが、それらは本艦の内部だけで完結している閉鎖された社会だ。

 大耳族エルフが経営する訳アリのメイドカフェを見て思いついたことがあるので、目の前のフリゲート艦を利用するアイデアをビッキーに相談してオーケーを取った。


 「確認しておくが」

 美少女艦長ナナオの横に立って、艦長命令の代行という形式を踏むことに注意をしながら。

 立耳海兵たちを前に、ノアは斬り込み前の注意事項を上げてゆく。

 この場には、小耳族ヒトの水兵たちもいるけれど彼らに対する確認では無い。

 立耳族に見せ掛けた多数の妖狐族が立耳海兵の中に混じっているからこその念押しなのだ。

 「あのフリゲート艦は、できるだけ無傷でかっぱらう」

 刀やライフル銃を使うくらいはオーケーだけど、魔法で隔壁を吹き飛ばすなんて荒業はNGだぞと釘を刺す。

 「敵艦の艦長から少年水兵に至るまで、獲って喰うのは構わない」

 と言うよりは、獲って喰ってもらったほうが後々の面倒が無い。

 生き証人なんか残したら、パールサの軍艦に化けて活動している本艦の偽装が明るみに出る。

 だけでなく、この世界にいるはずの無い妖狐族や立耳族が乗っているのが世間にバレればひと騒動どころではない。

 悪魔だなんだと騒ぐ教会は存在しないので面倒は無いけれど、これから各地の港へ入る度に土地の人間達との厄介事が増えるだろう。

 「モナルキの水兵どもは、美味いのかえ?」

 美少女艦長ナナオが惚けたことをホザイテいるが、無視だ無視。

 アングル海軍の支給食が不味いのは天下周知の事実だけれど、モナルキ海軍やゴール海軍がアングル海軍よりも上等な支給食を出しているか、俺は知らない。

 その上に、俺はモナルキの水兵なんか喰ったことが無いから判らないしな。

 「ウゥ~~、久しぶりに生身の人間を喰えるのですねぇ~~。じゅるり」

 おい、ジャミーレ。

 耳と尻尾をピンピンに立てて、牙なんか剥いてるんじゃないよ!

 折角の美女が台無しだ。

 ヨダレくらいは拭いておけ。

 「立耳海兵だけでなくて、妾の眷属の妖狐族も連れて行っても良いかえ?」

 美少女艦長ナナオも生身の人間を喰えるということが実感できたらしく、子分思いの親分肌をチラつかせている。

 「好きにしてもらっていいけど、血の跡や肉片なんか残すなよ」

 ノアは、念にも念を入れて斬り込み隊に言い渡す。

 妖狐たちに喰われた敵兵の血や内臓などが飛び散っていると掃除が面倒だからな。

 衛生上も良くないし。

 それよりもなによりも。

 妖狐たちが魂も込みで丸ごと喰っておいてくれれば、幽霊なんか出て来る事なんか出来ないだろう。

 これからの使い道を考えると、例え万に一つでも幽霊騒ぎなんか起こして欲しくは無い。

 

          *****

 

 何処の国でも。

 海に生きる者たちの間では、いろいろな体験談や噂話が引き継がれている。

 俺が、ゴールデン・ビクセンというよりはビッキーに拉致された聖紀千八百六十年のアングル島にも、そういう話は伝わっていた。

 曰く。

 神々に逆らった罰として、この世の終わりまで何処にも寄港出来ずに七つの海を彷徨う幽霊船がいるらしい。

 曰く。

 故郷から海賊船に拉致されたお姫様が不慮の事故で死んだが、死んだことを理解できずに船の中をさまよっているらしい。

 曰く。

 戦闘で負けた艦長が死んでも天国へと行くことが出来ず、一緒に死んだ部下の水兵たちを引き連れて乗艦だった艦の中を歩き回っているらしい。

 あ。

 念のために言っとくけど。

 死後の天国なんてのは無いからな。

 神の一柱である俺が言うのだから、間違いは無い。


         *

 

 ノアは。

 明確な記憶を失ってはいるけれど、この星系に降り立った創世の神々の一柱としての権能を引き継いでいる。

 だから。

 幽霊如きは、怖れるなどという言葉すら無用のレベルの対象だ。

 強烈な体験をした死者の意識の断片が、何かの物体か何処かの場所に刻み込まれたりすることがあって。

 見る目を持つか、聞こえる耳を持つかするという能力のある者が其処に行き当たると、見るとか聞くとかしてしまうだけの事なのだ。

 そんなのは事情が判っていれば無視してもいいし、残された残像などは消し飛ばすことが出来る程度のシロモノでしかない。

 けれど。

 何も知らない者にとっては、突如として現れる不可解な現象は妖怪変化と認識されて大騒ぎとなることが多いのだ。

 あのフリゲート艦の今後の用途を考えれば、不測の事態は遠慮したいからな。

 そんな事態が起こらぬように、美少女艦長ナナオたちには念押しの念押しをしておいた。

 小耳族ヒトの水兵たちは妖狐たちの行動に慣れているのか、他人事のような顔をして聞いているのが良いのか悪いのか判らないところだが。


 「お~~い、デッキ!フリゲート艦に追い付きまぁ~~す!」

 トップの見張り台からは、任務に忠実な水兵の声が降って来る。

 「お~~い、デッキ!敵艦が艦尾から大砲を突き出していまぁ~~す!」

 「了解~~!」

 確認の返事をして、モナルキのフリゲート艦に目を向ける。

 ご丁寧にも、艦尾から二門の大砲を突き出して本艦を艦首から縦射してやろうと企んでいるらしい。

 「敵艦、発砲しましたぁ~~!」

 ふむ。

 海戦の教本通りの戦術ではあるのだけれど。

 本艦にとって、鉄の丸弾なんぞ脅威では無い。

 ゴールデン・ビクセンの本体を自称するビッキーが展開している魔法の防御障壁バリアは、小惑星爆弾レベルの威力でなければ突破できない。

 もしも、それ以上の戦闘力を持つ魔法使いが出てきても、ビッキーと俺が揃っていれば対処できるしな。

 結果。

 敵艦が撃ち出した丸弾は、本艦の艦首に当たることなく海面に消える。

 「敵艦の艦尾に突っ込むぞ。全艦、衝撃に備えろ!」

 美少女艦長に断るまでも無く、俺は大声を上げて注意を促しておく。

 バリバリドスドスゴンゴンと。

 敵艦の艦尾窓を突き破って、本艦のバウスプリットが突進して行く。

 無傷での奪取と言う訳にはいかなかったけれど、まぁいいか。

 構造材は壊してないからな。

 窓ガラスの張り替えくらいは安いものだ。

 「艦長、突撃よろしです!ナナオ!斬り込みしていいぞ!

 艦上での戦闘が本職ではなさそうなナナオに、間合いをはかって声掛けをする。

 「わらわに続いて!突撃ぃ~~!!」

 美少女艦長が七本の尻尾を揺らしながら、本艦のバウスプリット伝いに敵艦の艦尾へと突っ込んで行く。

 ジャミーレや妖狐族に立耳海兵たちも、尻尾を振り回しながらの全力疾走だ。

 「ガオォ~~ン!!」

 「ワオォ~~ン!!」

 「アオォ~~ン!!」

 「ワンワン!」

 おい。

 オオカミ族やキツネ族が大半の立耳海兵にイヌ族が混じっているけれど、イヌ族は人間なんか喰えるのか?

 まぁ、本人?たちが喰えると思っているのなら俺が止める問題では無いか。

 イヌ族に食人の習慣なんか覚えられると、それが今後の厄介事にならなければいいのだが。

 最後にメイド服もチラホラ見えたような気がしたが、彼女エルフたちは何をしに行ったんだろう?

 強力な魔法使いである大耳族エルフならば、自分の身くらいは守れるだろうから心配はしないけど。


          *****


 モナルキ海軍の四十門搭載フリゲート艦マヨルカの艦長である俺、本国では城持ちの男爵でもあるロドリゴは驚天動地の事態に直面していた。

 本国を目指して帰ってくる黄金艦隊を出迎えて護衛するために、海軍省からの命令でフリゲート艦二隻の戦隊指揮官として北赤道海流を突っ切っていた時。

 「お~~い、デッキ!正艦首に小型船でぇ~~す!アングル海軍の軍艦旗を掲げていまぁ~す!」

 トップの見張りから、思い掛けない報告が降って来た。

 黄金艦隊が通るであろう海域でアングル海軍のカッター艦を見つけたので、拿捕してやろうと僚艦の三十門搭載フリゲート艦パルマに接敵を命令したのだが。

 カッター艦に近づいたフリゲート艦パルマが、いきなり爆発して沈没してしまった光景を見せられた。

 舷側に高く水柱が上がっているので攻撃を受けたのは明らかなのだが、俺はフリゲート艦を一発で撃沈できるなどという武器は知らない。

 百門艦の大型砲なら、火薬庫まで撃ち抜ければ轟沈と言うこともあるかもしれないけれど。

 相手は四ポンド砲程度の豆鉄砲しか持っていないチンケなカッター艦で、三十二ポンド砲などの巨砲を搭載できるとは思えない。

 もし搭載できたとしても大型砲なんか撃てば、発砲の衝撃で自分自身が吹き飛ぶだろう事は考えるまでも無い。

 それならば、別の大型艦が撃ったというこになる。

 「お~~い、トップ!周囲に軍艦は見えないか~?」

 マストの見張りに訊いてみる。

 「お~~い、デッキ!水平線に小型のフリゲート艦かブリッグ艦みたいなのが見えまぁ~~す!」

 航海長や海尉たちが望遠鏡を向けてみるけれど、甲板からは見えないらしい。

 そんな距離から一発でフリゲート艦を沈められる大砲があるとは、これまでに聞いた記憶が無い。

 「お~~い、デッキ!ガレオン船でぇ~す!本艦へ向けて接近中でぇ~す!」

 ガレオン船というのも驚きだけれど、搭載している大砲は十二ポンド砲で二十門が精一杯だろうと思われる。

 そんなのが四十門搭載フリゲート艦に向かってくるなどというのは尋常な事とは思えない。

 戦闘場面に出くわした中立国の艦ならば、知らぬ振りをしてトンズラするのが常道なので何かがおかしい。

 背筋を悪寒が駆け上るけど、チビってなどいる暇は無い。

 「下手舵!ヤード回せ!総帆展開!」

 操艦術として、マズイやり方だとは承知しているが横滑りでも逃げ足を稼ぎたい。

 艦尾甲板にいる海尉たちは、手頃な得物から逃げるのかよ?と言いたそうな顔をしているけれど。

 俺の第六感が、アイツはヤバイ相手だと告げている。

 ここは、貴族や艦長としての面子よりも安全第一。

 「艦尾砲を用意しろ!」

 万一に備えて艦長室や海尉たちの集会室には数門の大砲を置いてある。

 艦尾窓を壊すことにはなるが、何もしないで追いつかれるよりは上等だろう。

 斜めになった状態の甲板からは、急速にガレオン船が近づいて来るのが見える。

 距離は三ケーブルくらいしかない。

 「艦尾砲、用意でき次第に発射してよし!」

 命令に少し遅れて、十二ポンド長砲のズドンという発砲音が轟いた。

 のだが。

 「お~~い、デッキ!砲弾が弾かれましたぁ~?」

 見張りからは、疑問符付きの報告が降ってきた。

 残りの一門も発砲するけれど、相手の艦首を縦射できた気配は無い。

 続けて撃たせても、結果は変わらない。

 「ガレオン船が突っ込んできまぁ~~す!!」

 見張りの声と重なるように、本艦に激突された衝撃が走る。

 衝突警報を出せなかったため、見張りの声を聴けなかった乗組員たちは前方へと飛ばされて甲板に転がっている状態だ。

 「総員!斬り込みに備えて武器を取れ!!」

 腰の剣を抜いて叫んだ時には、後ろにある船室への扉が蹴破られて。

 ・・・。

 此処は戦場なのだという現実を忘れてしまうような美女たちが。

 涎を垂らして、この俺を見つめていた。

 そのうちの、艦長服らしきものを着た美少女が。

 「コイツが一番偉そうじゃのぅ。わらわがいただいても良いかのぅ?」

 などと意味不明の言葉を漏らしているのだ。

 その様子からすると。美少女の隣にいる、どこかの宮廷の女官服みたいな衣装を着て獣の耳と尻尾を生やしている美女に相談を持ち掛けているらしい。

 「どうぞどうぞぉ~、ナナオ様ぁ~~」

 「そうか。お先に頂戴するぞえ」

 戦場で呑気な会話をしているのだけれど。

 こいつらは、本当に斬り込んできた敵兵か?

 何を言っているのか判らずに茫然としている俺に、絶世の美少女が手を伸ばす。

 戦闘場面でなければ、嬉しい事この上も無い状況であるのだが。

 ニィ~~っと口角を吊り上げた顔を見た次の瞬間には、俺は美少女に吞み込まれていた。

 いやいや、俺のほうが身体が大きいのだから呑み込まれるのは何かの間違い。

 話に聞く、熱帯地方の大蜥蜴でもあるまいに。

 人間を呑み込む美少女なんて。

 ゴリゴリバリバリギチギチズルズルというのは、俺の身体が齧られ潰される音なのだろうか。

 ・・・。


          *


 「お前たちも、遠慮はいらぬぞえ」

 「ガオォ~~ン!!」「ワオォ~~ン!!」「アオォ~~ン!!」「ワンワン!」

 敵艦の艦長を呑み込んで、舌なめずりをしながら人間狩りの指示をする美少女という図にフリゲート艦の艦尾甲板と砲列甲板ガンデッキは大混乱に陥った。

 迫りくる尻尾の生えた美女に対して、おののき乍らピストルを発射する貴族出の海尉。

 美女の生け捕りを企んだらしい掌砲長が峰打ちに振り下ろした長剣は、受けをする美女の腕に当たった途端にへし折れた。

 驚く間も無く、大口を開けた美女に呑み込まれてゆく。

 見たことの無い銃を撃ちながら殺到する海兵隊の制服を着た狼たちや狐たちに敢然と白兵戦を挑むモナルキ海軍海兵隊は、一発で弾切れになるはずの銃から連射を食らって倒れたところを狼たちや狐たちの餌食となった。

 そんな喧騒を嬉しそうな顔で見物しているメイド服を着た大耳族エルフの美少女たちにチョッカイを掛けにいったモナルキ海軍の水兵たちは、彼女たちに触ることも出来なかった。

 何かの魔法で出したらしいロープで縛られて、水兵服を着たイヌたちに引き渡されてしまう。

 「ありがとな!レーラちゃん!」

 「また、お店に行くからな!セルマちゃん!」

 尻尾をバタバタ振って、メイドたちにお礼を言いながら水兵服のイヌたちはモナルキ海軍の水兵たちを呑み込んでゆく。


 そんな光景を見せられて、一目散に下甲板へ逃げ込むことに成功した一人の少年水兵がチェスト道具箱の中へと潜り込んだのだが。恐怖のあまりに、チェストの中で漏らしてしまっていた。

 カツカツと甲板を踏む足音が、チェストのほうへと近づいて来る。

 「あ~~ら、まぁ。可愛い坊やが隠れてるじゃないの?」

 開けられた蓋の向こうでは、匂いを嗅ぎつけた美女が牙を剝いていた。

 「うわぁ~~!俺は美味しくないぞ!あっち行けぇ~!」

 必死にダークを振り回す少年水兵の襟首を掴まえてチェストから引っ張り出した、耳と尻尾が生えている妖狐族の美女は。

 「俺はまだ十二年しか生きてないんだよぉ~~」

 自分の大きく裂けて開いた口に、泣き叫ぶ少年水兵を銜え込んでいった。

 ・・・。


          *


 美少女艦長ナナオを先頭に、妖狐族や立耳族たちが敵艦へと乗り込んで行ってから暫し。

 嬉しそうな顔をして尻尾をパタパタ振りながら、全員無事に本艦の上甲板に帰還してくる。

 ナナオやジャミーレだけでなく、みんなの尻尾が艶々しているように見えるのは俺の気の所為だけではあるまい。

 敵艦の乗組員全員を平らげた生餌にした上に、敵兵の個人の財布と私物に限って略奪オーケーの宣言が出されていたとあって成果は十分だったと見える。

 先日の百門艦への斬り込みでは小耳族ヒトの乗組員たちの懐具合が潤ったと聞いていたので、これで不平不満は無いだろう。

 ドサクサ紛れに敵艦へ乗り込んで行った大耳族エルフの美少女メイドさんたちも、楽しそうな顔つきだしな。

 大耳族が人間を喰うことは無いから、他に何かの目的があったのだろうけれど。

 ほんとに、何しに行ったんだ?

 さて。 

 どこかの艦に見られないうちに、空き家になったフリゲート艦をナイナイしてしまおうか。

 支えになる固形物が無い海上で異空間収納を開くのは危なっかしいけれど。

 ビッキーに呪文を唱えてもらい、口を開けた亜空間へとフリゲート艦を送り込む。

 俺の物入れを使ってもいいけど、コレ敵艦はゴールデン・ビクセンで福利厚生用に使う予定の戦利品だから、公私混同の誤解が無いようにしておくのがベターだ。

 「おい、ナナオ。お前だけは尻尾を仕舞うのを忘れるんじゃないぞ」

 七尾の狐など、見る者が見れば卒倒すること請け合いの大事件に成り兼ねない。

 終わり良ければ総て良し、だったよな?

 

          ***


 数日後に、アングル島では新聞の号外が配られることになる。


【号外】

 その筋の情報によれば。

 本日、多島海海域を管轄する艦隊司令官スピアーズ中将からの急送便が海軍省に送達された。

 運んできたのは、アングル海軍のカッター艦スネフェルで指揮官はパーシバル海尉である。

 詳細は不明であるが、モナルキ海軍の黄金艦隊が行方不明となったと推定されているらしい。

 カッター艦スネフェルが、艦隊司令官の命令に従って当該海域を哨戒中に、大型艦の船材と思しい多数の木片を発見した。

 アングル艦隊は黄金艦隊を捕獲するために出航していたが、黄金艦隊を発見することは出来なかったので、本国へ向けて至急報が送られることとなった。

 その至急報を運ぶように命令されたのが、カッター艦スネフェルである。

 なお。

 カッター艦スネフェルは本国へ向けて急行の途上、モナルキ海軍のフリゲート艦二隻に遭遇。

 うち一隻に、捕獲される寸前にまで追撃されたという。

 カッター艦スネフェルは搭載している四ポンド砲を発射したが、常識ではフリゲート艦に対抗できる事は無い。

 けれども。

 不思議なことに、スネフェルに迫ったフリゲート艦は何者かの攻撃によると思われる爆発により沈没。

 残りの一隻は現場海域から逃走を図ったらしいと推測されるが、事後の状況は不明である。

 カッター艦スネフェルのジェイデン航海士によれば、水平線にマストのトップが見えたと言うが。

 海軍省の調査でもアングル海軍に該当する艦は無く、正体までは判らなかったと報告されている。

 なお。

 海軍省ではカッター艦スネフェルが四ポンド砲を発砲していることから、モナルキ海軍のフリゲート艦と交戦して撃沈したものと認定した。

 パーシバル海尉は下級艦長心得の指揮官に、ジェイデン航海士は航海長に昇進が発令されてフリゲート艦スカフェルパイクへの転属が発令された。

 

*以上、ドュブリス・ディウルナどゅぶりす・しんぶんによる*


          *****

 

 フリゲート艦を奪取した、その夜。

 ノア美少女艦長ナナオとビッキーに招かれて、食堂街で一番のレストランで会食となった。

 久しぶりに生身の人間を喰えたとあって、ナナオは終始上機嫌。

 俺やビッキーへの恐怖感も薄らいできたと見えるのは良い傾向だ。

 俺たちは文字通り、一つの船ビクセンに乗り合わせた仲間だからな。

 「それで、あの捕獲したフリゲート艦をどうするつもりか教えてくれるかの?」

 ナナオは、フリゲート艦を増やして海賊艦隊でも作るのか?と思っているらしい。

 

 「この話は、メイドカフェのエリアス店長とも相談しないといけないんだけどな」

 話を聞いた様子では、エリアスよりも上の人物たち?がいるらしいのだが。

 一応、エリアスを相談する相手と見立てて進めることにする。

 ナナオとビッキーの顔を見ながら、ノアは作っておいた企画書をそれぞれに手渡す。

 ビッキーには概要を説明してあるので、ナナオが呑み込んでくれるかどうかが問題点だ。

 簡単に言えば。

 二つの太陽を周りながら聖紀千八百六十年の時間を刻んでいる「此の世界」ではなく、もっと未来の時間に存在していると思われる「エリアスたちの世界」の何処かにゴールデン・ビクセンのバックヤード秘密基地を置きたいということだ。

 俺としてはバックヤードとしか言えないが、そちらの世界の住民の感覚では表のレジャー施設として見える施設になるだろう。

 どうして、そんな計画を考えたのかと言うならば。

*ひとつには。

 ガレオン船としてのゴールデン・ビクセンが整備のための母港を持つこと。

 自動修復機構を備えていても、ビッキーひとりの魔法頼りというのは限界が来る。

*ふたつには。

 乗組員たちが手足を伸ばせる場所を確保すること。

 艦内の異空間には農場も牧場もあるが、外の世界に開いている空間が欲しい。

*みっつには。

 私掠船海賊稼業の隠れ蓑になる、表のビジネスを確保できること。

 艦内で資材と金銭の流れが循環しているだけでは、不足分を略奪に頼るしかない。

 ・・・ただ、ビッキーや俺たちがあちらこちらの世界を見て歩くために、私掠船海賊稼業を趣味で続けるのは別問題という割り切りは必要だ。

 そのためには。

 時空が安定している世界を見つける必要があるのだけれど、「エリアスたちの世界」は俺たちが知り得る範囲で最善だと思われるからだ。

 ビッキーが何処の宇宙から来た神族なのかは知らないが、故郷?から出て来なければならなかったからには其処へ戻る選択肢は無いのだろう。

 あくまでも、らしいの範囲だが。

 俺自身についても、神族は減少傾向にあるようなので、事情は似たり寄ったりだしな。

 

 「じゃぁ、エリアスの意見を聞きに行こうぜ」

 ビッキーの声で、俺たちは立ち上がる。

 テーブルに並んだ料理は粗方、片付けたから無駄な食べ方はしていない。

 ナナオは昼間にヒトを丸呑みにしたくせに、一人前のコースを喰って見せるという芸当を披露してのけたしな。

 「ごちそうになったのじゃ」

 見送りしてくれるレストランのオーナーに、ナナオが丁寧な礼を言っている。

 うん。

 七尾の妖狐とは言え侍女や眷属を引き連れていることを見ても、コイツナナオは貴族としての教育だけは受けたらしい。

 ところで。

 いろいろな世界から引っ張ってきたレストランや食堂へ。

 どういう仕組みで勘定現ナマが支払われていくのか、いまだに理解が出来ないのだが。

 代金はビッキーの金庫?から自動的に支払われるので、俺は誰にともなくアタマを下げて店を出る。

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