第2話 海賊たちは、ご主人様と呼ばれたい
「よう、ヨハン。今夜の飯は、何処にする?」
水兵仲間のジョンに肩を叩かれて、
「あの、メイドカフェという店でも飯は出るんだよな?」
そう言いながら、新しく開かれた通路の先のドアを指さす。
アングル島出身者のジョンという名前は、俺の故郷のバイアーン地域では読み方が変化して、ヨハンという名前になることから。
今朝。
艦内ネットワークのモニターで、艦の商店街に新しく加わったという店の
その内容が凄かったのだ。
なんでも。
来店する客のすべてに、上半身を九十度に折る最敬礼をして。
「お帰りなさいませ、ご主人様~~!」
と笑顔で出迎えしてから、席へと案内してくれる。
まぁ、そのあたりまでならアングル島でも、貴族相手の高級な店へ行けば珍しくは無いかもしれないのだけれど。
席に着けば。
「オシボリ」なる手を拭くための温かなハンカチをサービスしてくれるという、貴族相手の店でもやらないような歓迎行事が待っている。
その次は。
注文した料理やケーキやパフェ?とかいう甘味をテーブルまで運んでくれて。
「おいしくな~~れ❤おいしくな~~れ❤」
と、料理やケーキやパフェ?たちに向けて
だけでなく。
食事を始めようとする客に、この店だけのサービスで。
「はい、あ~~ん!」
とか言いながら口まで食べ物を運んでくれて、俺たちに王侯貴族並みの殿様気分を味わわせてくれるというのだ!
俺のような身分の者にとっては、一生に一度くらいは「ご主人様」と呼ばれてみたい夢が叶うチャンスがやってきたということだ。
当たり前の話だが。
生まれてこの方、
俺たちの世界では「人間」と言えば、俺も含めた「人間」しか居ないのだからな。
そりゃぁ、御伽噺や芝居の中でならエルフも妖精も妖怪も登場するから新発見という訳では無い。
無学の俺でも、彼ら・彼女らがどんな姿かたちをしているか?くらいのことは知っていた。
でも。
大人になれば、そんなのは夢物語の世界の中だけと分別が付いてくるのが世の中というもんだろう。
けどよぉ。
その分別というヤツが。
嬉しい状況で、木端微塵にされる日が来るなんて。
人生、明日は何があるか分からないとは言われているけどなぁ。
***
大陸の山の中の故郷を離れて、幾星霜。
いや、そんな大したもんじゃないけどな。
子供の頃にはリーン河に棲む妖精たちとも遊んでいたような気がするなぁ?
あれは、ただの空想だったのか?本当にあった事だったのか?
今では判然としないんだ。
それから。
成人して、不承不承ながら故郷を離れるまでは。
大量の水と言えば、故郷を流れるリーン河くらいしか見たことは無かったし。
そのリーン河で
又聞きだけど。
「っぜぇわ!!」
と。
一帯の領地に城を構える、なんだら伯爵の
伯爵配下の騎士団一家から、我が一族の根拠地に対して
そのこと自体については、別に恨みつらみなんか持っちゃいないけどな。
なんだら伯爵さんの身になれば。
リーン河を行き来する貿易船や貨物船から通行税を
断りも無く!横からかっぱらってゆく河賊なんぞは不俱戴天の仇。
いや、ゴキブリ以下だと立派な
だからと言って
牢屋送りで済めば穏便なほうで、切り離された首と体が、リーン河の主と言われる肉食海豚の滋養に化けるというのが一帯に住む者たちの常識だ。
だから、俺たちも無断営業をしてたという訳だ。
後は、どっちの力が強いかというだけの事。
兎にも角にも、故郷を追われた我が一族は
俺なんか、将来を誓い合ったエルマという名前の娘と別れの言葉を交わす時間さえも無かったのが心残りじゃあるけどな。
彼女を含めた
幸か不幸か。
河賊の商売道具は、小なりと言えども戦闘艦。
喫水こそ3メートルに欠けるけど、大きさでは王国海軍で言うスループ艦かコルベット艦くらいの十門艦相当だ。
ただ、装帆はリーン河で見慣れた一枚横帆ではなくて二檣三角帆の戦闘艦だ。
あん?
「艦ではなくて、ボートだろう?」
という声も聞こえるような気がするが。
「艦」と呼ぶか「ボート」と呼ぶかは、
乗ってる当人が言うのだから、「艦」で納得しといてくんない。
ごほ。
兎にも角にもリーン河。
途中にある各地の貴族が支配する城塞からは
尻に帆掛けてオールも漕いで、リーン河下りと洒落込めば外洋までは一直線。
ここいらの海は、広くも無ければ大きくも無くて。
リーン河が海へと吐き出す水流に乗れば、あっという間に対岸のアングル島辺りまで脱出するのは朝飯前だ。
ただ。
悲しいことに、戦闘艦とは言え河川用の
艦首の波切も低いし、艦底は平底で横波を食らうとローリングが激しい。
あっちへフラフラこっちへフラフラで、速度も出ないとなれば商船にだって置いて行かれる。
おまけに、アングル島ではヒツジの飼育か海賊が主要産業ときたもんだ。
先住者による縄張りが確定している海域で、河賊ならぬ海賊稼業の新規開店は成り立たない。
自由に生きて来た河賊の身では、これから規律が厳しいアングル海軍に勤めるというのはしんどいと全員一致で結論は出ている。
仕方が無いので、辿り着いた土地を仕切る
なんでも。
アングル島攻略を狙ったモナルキ海軍を打ち破った海戦で活躍して騎士号を貰ったフランシス卿が仕切る海賊船団ではなくて私掠船団の、そのまた末裔の一員なのだそうだ。
俺たちは自前の戦闘艦を売り払い、船主所有の一隻に乗り組んで河賊から海賊へと職種転換をしたということだ。
***
それからも、いろいろとあって
うちの艦の水兵として海賊稼業に明け暮れる日々の行き着いた先が、
あ。
海賊と言うと、うちの美少女艦長から「海賊船ではなくて、
怒ると言えば。
これから俺たちがメイドさんに会うきっかけとなったのが、ある日突然にゴールデン・ビクセンの食堂街と繋がったのがメイドカフェへの通路だった。
その時は、こちらから持ち掛けた訳でも無いのにメイドカフェが出現したという事で、本艦の上層部でさえも驚く有様。
うちの美少女艦長がカンカンになったのは勿論のこと、裏番長?らしいビッキーに加えて、有能が服を着て歩いている
どういう話し合いがまとまったのかは知らないけれど、相手がビッキーや航海長の昔馴染みらしいということで商談成立の運びとなったのは目出度い限りだ。
ところで。
美少女艦長と航海長の仕事は船乗りである俺にも自然に理解できるんだけど、裏番長のビッキーが本艦で何をやっているのかが判らない。
でもな。
多少なりとも軍艦乗りをしていれば、いろいろと学ぶことは多い。
知らなくて済むことは、或いは知らされていないことは知らないままにしておくのが無難だというのが水兵の常識。
触らぬ神に祟りなしという格言があるとか聞いたが、触れないほうが良さそうだ。
***
さて。
半信半疑で、「メイドカフェ・
「ご主人様のお帰りでございます~」
おぉ、ドアのヤツが喋ったぞ。
世の中は広いと言われるが、こういうのも話のタネになるんだろうか?
ジョンなんか、不信感も露わに腰の
いやいや、艦内で理由もなしに刃物なんか抜いたら懲罰ものだからな。
此処だって、広い意味では艦内だ。
俺は、そっとヨハンの手を押さえておいたよ。
「「「お帰りなさいませ、ご主人様~」」」
開いたドアの向こうでは、メイド服を着た美少女たちが両手をお腹に揃えてお辞儀をしている。
全員が大耳族の特徴である耳を出す髪型で、偽物の大耳族ではないことを誇示しているようだ。
「お席に、ご案内いたしますぅ~」
貴族様でも無いのに、二人のメイドさんに先導されて客用のテーブルへ歩くのは初めての経験だ。
ジョンと顔を見合わせながら、案内されたテーブル席に座る。
「こちらをどうぞ。ご主人様~」
胸元が大きく開いたメイド服の名札に「レーラ」「セルマ」と書かれた
「お、
手渡されたのは、
なんでも。
「オシボリ」は手を拭くためのハンカチで、これで顔を
でも、見回せば他の客達もオシボリで顔を拭っているようだけど。
「お夕食になさいますか~?それともティータイムでございますか~?」
夕食の時間帯だから、食後のコーヒーだけという客もあるのだろうが。
俺たちは、晩飯前の腹ペコ組だ。
「おぅ、二人とも夕食で頼む」
ジョンの顔を見てから、
なんだか、それだけで自分が貴族になったような感じがしてくる。
いや、貴族と言うよりはお大尽といった感じか。
俺は生まれて此の方、そんな生活をしたことが無いので判らないけどな。
「こちらから、お食事の内容をお選びいただけます。ご主人様~」
レーラが手を振ると、テーブルの上面にメニューのウィンドウが開いた。
さすがは、御伽話の中で森の魔法使いとも呼ばれる大耳族のお姉さんだ!
なになに。
ペペロンチーノ。生ハム乗せパスタ。ベーコン乗せクリームパスタ。・・・。
ビーフバーガー。ベーコンチーズバーガー。チキンバーガー。・・・。
ポークカレー。ビーフカレー。シーフードカレー。・・・。
カツ丼。牛丼。鰻丼。親子丼・・・。
盛り付けされた見本写真が付いているので、どんなものかは・・・。
「いやいや、こんな食い物は見たことが無いぜ」
これまで黙って見ていたジョンが、首を傾げながら画面を指さす。
俺だって、そんな食い物を見たことは無いよ。
乗組員のうちでも水兵や技術兵のほとんどは西方世界の出で
妖狐族や立耳族にも郷土料理があるらしいが、そっちの店に入ったことは無い。
どっちにしても。
食堂街の各店毎に出して来る料理だって品数もそこそこあるし、おふくろの味というのは悪かぁないが。
いつかは一回りが二回り・・・となり飽きてくる。
でもなぁ、一度も見たことが無い食い物というのは。
よし。
「レーラちゃんとセルマちゃんは、どの料理が好みなんだ?」
こういう時は、店員にお任せと言うのが当たり外れが少ないと海賊生活で各地の飯を食った経験が囁きかけてくる。
どれもこれも食ってみたい気はするが、残りは次の機会に取っておこう。
「生ハム乗せカルボナーラは、いかがでしょうかぁ~?ご主人様~?」
それだけだと量が足りない気がするが、レーラが言うには。
前菜のサラダ。
パン(食べ放題バスケット盛り)。
ケーキ。
コーヒーまでもがセットで付いてくるらしい。
ジョンも興味津々という眼つきをしているし。
まぁ、食い足りなけりゃ追加で何か頼めばいいか?
「うん、それで頼むよ」
俺の返事を聞いたレーラは嬉しそうな顔で、ポケットから出した
注文したのはいいけれど。
俺は、カルボナーラなる料理は喰った記憶が無い。
まぁ、チャレンジというよりはトラブル続きの人生で色んな体験を積んできた。
カルボナーラにチャレンジするのも、人生経験の一つだろうと分かったような顔をしておく。
「お待たせいたしましたぁ~、ご主人様~~」
執事風の制服を着たウェイターたちから料理を受け取ったレーラとセルマが、そう言いながらテーブルの上に細長いモノが
大皿の隣には、野菜の盛り合わせを入れた容器と、数種類のパンを入れた籠が置かれる。
バターとジャムを小分けしたものもあるけれど。
うん、フォークとナイフも出てるから自前の
毎日、艦の個室にある洗面所で超音波洗浄機とやらに突っ込んで汚れ落としはしてあるが。
水兵のダークは日常作業や戦闘での斬った張ったにも使うから、食事に使うには抵抗がある。
「これは、何の料理だ?」
俺よりも先に、ジョンがレーラに訊いている。
「はい~、ご主人様~」
にっこりと微笑んだレーラが待ってましたとばかりに料理の説明を始めたので、
あ、俺はそこいらにいる只の人間と同じだから耳は動かせないけどな。
「この細長いモノをパスタと言いまして、デュラム小麦の粗挽き粉に塩と水と卵黄を混ぜて煉り合せた生地で出来ておりますぅ~。その生地を細切りにして茹で上げたのがこの料理でございますぅ~、ご主人様~」
説明通りに厨房で作られたままのヤツが「生パスタ」と言って、目の前に出された料理。
他に保存用に乾燥させた「乾燥パスタ(乾麺)」というのもあるそうだ。
それを茹で上げて、生クリーム・卵黄・チーズで調えたソースと絡めて大皿に盛り付ける。
処によってソースに混ぜる香辛料の配合とかが異なるそうだが、
だって、俺は
うん。
俺は南のほうへ行ったことが無いから、詳しい事は知らないが。
ヴァリメリ地域では、小麦を粉にして練ったものを茹でてソースを和えて喰う料理があると聞いた。
「コイツは、ヴァリメリあたりの食い物か?」
「はい~、ご主人様は博識でいらっしゃいますねぇ~❤」
俺の問いにレーラが答えてくれる。
おい。
パチパチパチという拍手は要らないからなと思うが、口には出さない。
美少女二人が豊かな胸の前で手を動かしているのを見ると、ついつい目線は手よりも胸のほうへと誘われてしまう。
ん?
手が空いていそうな、あっちのメイドさんもパチパチしてくれている。
こうやって、店中が明るい笑顔で褒めてくれるのもサービスの内なのだろう。
レーラの笑顔が可愛いから、文句は言わない。
ジョンも、セルマの笑顔を見てボケェ~としてるし。
「冷めないうちに、お召し上がりください。ご主人様~。おいしくな~~れ❤おいしくな~~れ❤」
お!
レーラがちょっとばかり頭を下げてから、カルボナーラに向かって呪文を唱えながら俺たちに勧める。
さすがは
万が一だろうけど、シェフが手違いをしていても料理が美味しくなるように魔法を掛けてくれている。
「分かった。冷めないうちに、喰っちまおうぜ」
ジョンに言って、テーブルに置かれたフォークを持ったはいいが。
「レーラちゃん、コイツはどうやって喰うんだ?」
だからよぉ、細長いヤツをフォークで掬うと落っこちるんだよな。
「はい~。こうしてください、ご主人様~」
俺の手からフォークを取り上げたレーラは、パスタの山にフォークを突き刺してクルクルと手首を回して見せる。
お、一口分くらいのパスタがフォークに絡み付いてるぞ。
「器用なもんだな」
思わず、感嘆の声を挙げちゃったよ。
俺たち水兵も艦の作業ではロープの
スプライスと言うと一つの継ぎ方しかないように聞こえるけれども、ロープの状況によってはアレコレの技術が要求されるんだ。
一重繋ぎに二重繋ぎときて本結びに二重のテグス結びが加わって、縮め結びまで付いてくるという塩梅だ。
ま、そりゃぁパスタを喰うのとは別の話だけどな。
「ありがとうございますぅ~、ご主人様~❤」
俺が本心から感嘆している顔を見て、レーラはとても嬉しそうだ。
そして、レーラはパスタが絡み付いたフォークを。
「はい、あ~~ん!」
俺の口へと運んでくれたぞ!
おい、ジョン。
そんな顔で睨むんじゃないよ。
ほら、お前にはセルマちゃんが「あ~~ん」してくれてるぜ?
カルボナーラなる食い物も旨いけど。
これこそは、至福のひと時。
「レーラちゃん。これは教えてくれたことへの、お礼のチップな!」
思わず、ポケットからモナルキのエスクード金貨を取り出して手渡す。
「え!?え!?~~!!これ、アンティークものですよぉ。ご主人様~!!」
うん、確かに価値のある金貨だけれど。
俺たちビクセンの乗組員にとってはアンティークものではなくて、時間で言えば現在のコインだ。
驚くレーラに、その金貨を手に入れた次第について
*****
ゴールデン・ビクセンの裏番長をやっている?ビッキーの命令で、モナルキ海軍の黄金船団を襲撃するために出撃した時の話だ。
シボネイ島が視界内にある海域でモナルキ海軍のブリッグ艦を拿捕して、アングル海軍の軍港であるポンテ・オピドムに持ち込んでから一週間。
外見からは戦闘でズタボロにされたとは想像できないほど見事に修理された艦に、
他に斬り込みの専門職として、五十名の立耳海兵がバックアップに乗艦する。
ゴールデン・ビクセンの大会議室で聞かされた話では。
ブリッグ艦にモナルキ海軍の旗を掲げて黄金船団に接触し、
ブリッグ艦の後ろには、モナルキ海軍の旗を掲げたゴールデン・ビクセンが、ブリッグ艦に捕獲された海賊船を装って随伴する。
戦闘の最前線となるブリッグ艦で切り込みの指揮を執るのは、アングル島から乗艦して来たアングル海軍出身の
この作戦が只の海賊行為なら。
航海長はゴールデン・ビクセンで艦長の補佐をしていて、囮となるブリッグ艦には先任航海士あたりが乗るのだが。
今回は、黄金船団の一隻を拿捕して
状況を理解していない脳筋どもは、黄金船団と聞いて歓喜の声を上げてるけれど。
狙う相手は三層の砲列甲板を持つ百門艦だぞ、お前たち。
モナルキ海軍のブリッグ艦に乗っていて生き残った、モナルキ海軍の海尉の話によれば。
インゴットを運ぶのは艦隊司令官が座乗するレグラと言う名の戦列艦で、砲は百門、乗員数は八百名を超えるらしい。
ほかにも五十門艦やフリゲート艦も護衛に加わっていて、砲十門しかないブリッグ艦で殴り込みを掛けるという航海長の話は、血沸き肉躍る素晴らしい計画だ。
あ?
要は百門艦さえ押さえてしまえば、残りはゴールデン・ビクセンが始末してくれると言うだけのこと。
それよりも、インゴットさえ確保できれば残りの獲物は乗組員で山分けオーケーの略奪許可が出ている。
正規海軍では、降伏した敵艦の乗組員から略奪することを禁止しているが。
今回の作戦の
敵艦そのものは勿論のこと、乗組員も司令官から少年水兵に至るまで海の藻屑としてしまう。
だから、略奪しても無問題。
俺たち斬り込み隊は、この時代に存在するはずの無い武器を使う。
見る目のあるヤツが生き残ったりすれば、とんでもない噂が尾鰭に背鰭に胸鰭まで動員して飛び交うことになるからだ。
あ?
胸鰭くらいでは魚は空を飛べないだって?
それがなぁ、広い世の中には飛べるヤツがいるんだよ。
見たことの無い
ま、
で、な。
目撃者がいなければ、黄金船団はクラーケンに襲われて消滅したのだということになって真相は闇の中。
いや、海の底。
無問題だ!無問題!!
さすがは、三千大千世界を股にかける海賊船。
いや、私掠船のゴールデン・ビクセンの美少女艦長。
考えることがエグ過ぎる。
元へ。
考えることに手抜かりは無い。
モナルキの金貨を
ところで。
ゴールデン・ビクセンがポンテ・オピドムに入港した時、アングル海軍の艦隊は出撃していて留守だった。
そして、現在も艦隊は帰港していない。
これは、俺たちとアングル海軍のどちらが先にモナルキの黄金船団を捕まえられるかという先陣争いになるのが明白だ。
明白だけど、俺たちが黄金船団を狙っていることをアングル海軍に知られてはならない。
獲物の奪い合いなどしたくはないし、現場でアングル海軍の艦隊を吹き飛ばしてしまうのは今後を考えると上策とは言えない。
なんとしても、アングル海軍から見えない海域で黄金船団を捕まえてみせるしかないのだ。
船団の航路は捕虜にしたモナルキ海軍の海尉から懇切丁寧に教えていただいているから、インターセプト出来るポイントは計算済みだと航海長も言っている。
ということで、ゴールデン・ビクセンとブリッグ艦の二隻から成る戦隊は外洋へと舳先を向けて出航したのだった。
シボネイ島がマストのトップからでも見えなくなってから、さらに三時間。
島の監視哨の視程外へ出た戦隊は、フアナ島を目指して北上を始めた。
先頭を
その後方、三ケーブル程の距離を開けてゴールデン・ビクセンがついてくる。
黄金船団に追い付くまでの間に、俺たちは新しく支給されたモナルキ海軍の水兵服に着替えを済ませる。
ゴールデン・ビクセンには艦内に被服廠があって、上は艦長から下は二等水兵に至るまで乗組員たちの衣服製造を賄っている。
その被服廠で働く乗組員たちが一週間という短期間で仕上げてくれた敵軍の制服を着て、敵艦に斬り込みを敢行して混乱させようというのが作戦のミソだ。
何処の軍隊であれ敵軍の制服を着て戦闘に及んで捕虜になれば、正規軍ではなくてゲリラと見做されて銃殺刑か絞首刑だというのは海賊だって知っている。
だけど。
今回の作戦は相手を制圧して皆殺しにするという前提であって、こちらの乗組員が敵軍の捕虜になることはない。
その安全性を保証するために、うちの航海長が持ち出したのが
連発式というだけでも俺の常識を超えている上に、弾倉と呼ぶ部品には三十発もの弾丸が装填できるのだという。
艦内で出会う艦長直属の立耳族の海兵隊員が肩紐を掛けて歩いているのを目にしたことはあったけど、そんな凄い武器だとは想像外。
モナルキ海軍の水兵服を着て俺たちに紛れ込んだ立耳海兵の指導を受けて、射撃訓練と制圧訓練をしているうちに艦は目的の海域へと近づいていた。
「お~~い、デッキ!檣頭が見えまぁ~~す、左舷十一時!!」
「左舷十一時、アイ・アイ」
マストのトップにいる見張り員からの声に、航海長が応答を返す。
「ミスタ・テオ、ビクセンへ連絡。敵発見、左舷十一時」
「ビクセンへ連絡。敵発見、左舷十一時。アイ・アイ、サー」
航海長を補佐している航海士が、小さなモノを口元へ持って行って話をしている。
「ビクセンが了解しました、航海長」
「よろしい。総員、斬り込みに備えろ!!」
信号旗ではなくて、携帯電話とかいう通話装置で遠くの艦と連絡し合うという光景は魔法でも見ているような思いがするけど。
ビクセンの艦内生活をしていると、大陸で河賊をしていた日々のほうが非現実的に感じられてくるから不思議だ。
敵艦から見えないように、ライフル銃には防水加工をした麻袋を被せて脇に置く。
「ミスタ・テオ、モナルキの軍艦旗を掲揚しろ」
「モナルキの軍艦旗を掲揚、アイ・アイ、サー」
航海長の命令を聞いた航海士の身振りを受けて、担当の水兵たちがモナルキの軍艦旗を結び付けてある掲揚索を引いている。
「信号旗用意。旗艦へ急送文書在り」
「信号旗用意、旗艦へ急送文書在り。アイ・アイ、サー」
俺のような河賊転じて海賊となった
さすが、本職は手際がいいやと感心している
俺たちは「バディ」を組んで、お互いの背後を守り合いながら戦う。
ちょっとした仕草で意思疎通を図れる、家族以上の戦友だ。
「お~~い、デッキ!モナルキの艦隊でぇ~~す。百門艦一隻、五十門艦一隻、フリゲート艦3隻、ほかにブリッグ艦と輸送艦らしいのが見えまぁ~~す!!」
トップから見張りの声が降って来る。
どうやら、黄金艦隊に追い付いたらしい。
「ミスタ・テオ、信号機掲揚!」
「信号旗掲揚、アイアイサー」
本艦の信号旗を見たらしく、信号中継役のブリッグ艦が近づいてくるが航海長はシカトをすると決めたらしい。
構わずに、旗艦を目指して舵を切るように操舵手に命令している。
モナルキのブリッグ艦にモナルキの艦長服や水兵服を着た乗組員が並んでいれば、警戒される理由は無い。
後ろをついて来るゴールデン・ビクセンでも、甲板に出ている乗組員はモナルキの制服を着用だ。
艦番号の旗も、応答信号の旗も捕虜にした海尉から確認してあるし。
当人は
旗艦から応答信号旗が揚がって、ブリッグ艦は離れていった。
「旗艦が信号しています。横へ来るように言っています」
航海士が航海長へ報告しているのが聞こえる。
「応答して、旗艦へ向かえ」
「総員!!命令あるまで待機!」
「操舵、そのまま!!激突に備えろ!!」
モナルキの旗艦である百門艦からは、舵を切れとか間抜け野郎とかの大声が飛んできているけど避け切れないのは確かだ。
俺たちが乗るブリッグ艦は、百門艦の下層砲甲板にバウスプリットから突っ込む格好で激突をした。
衝撃でこちらのマストなどは折れ飛んでいるが、敵艦の外板も破れ目が出来て艦内が見えている。
「ミスタ・テオ、ビクセンに連絡。これから斬り込む」
「これから斬り込む、アイ・アイ、サー」
「甲板に仕掛けた煙幕弾に点火!!」
このブリッグ艦は火災を起こしたように偽装するのだ。
「点火しまぁ~~す!!」
「総員!!斬り込め~!!」
続けざまに航海長が命令を叫ぶ中、誰かの復唱を聞きながら俺たちは敵艦の破れ目へと突撃をする。
敵艦の砲員や海兵隊もカトラスやマスケット銃を手にして、迎撃のために向かってくるが。
L85を構えた五十人もの海賊を相手にしては、銃弾の壁の前に成す術も無く倒れ伏していくだけだ。
立耳海兵たちも続いているようで、敵兵からは見慣れぬ相手への驚きの声が上がっている。
作戦の通りにL85を構えて警戒しながら、
ラッタルや大砲の陰からカトラスを突き出してくるヤツもいるが、腹を狙って二点バーストを撃って通り過ぎる。
戦闘能力だけ奪えればいいし、看護してやる予定は無いから放置しとけと命令されているからな。
え?
略奪はしないのか?って?
略奪のほうは別の班が受け持っていて敵兵に止めを刺しながら、既に持ち主がいなくなった!金貨・銀貨を回収しているんだ。
後で、乗組員へは山分けの配当が渡されるから心配は要らない。
いい加減、息が切れて来た頃に操舵甲板へと辿り着くことが出来た。
「お前たち!!武器を捨てて、降伏しろ!!」
キンキラキンの飾りが付いた軍服を着たモナルキの提督や艦長に、航海長が命令している。
「縮帆して、ライツーだ!」
俺たち水兵や立耳海兵は事前の打ち合わせに従って、操舵手を片付けたり!迎撃に向かってくるモナルキの海兵隊を始末したりするほうに回る。
味方の数が少なくて周りは敵だけと言う戦闘では、飛び道具ほど便利な武器は無いということを教えられたよ。
「下級艦長の分際で、提督に命令するのか?不届き者めが!!」
上級艦長の軍服を着た男が航海長を指さして喚いている。
まだ、俺たちをモナルキ海軍の一員だと勘違いしているらしい。
銃声一発。
その艦長は甲板に引っくり返って動かなくなった。
「反乱罪は死刑だぞ!!不埒者!!」
提督の軍服を着た男も航海長を怒鳴りつけているが。
銃声一発。
提督も甲板に引っくり返る。
それを見た、モナルキ海軍の海尉たちは大慌て。
自ら掌帆長たちへ縮帆命令を出し始めた。
それはいいんだけれど。
うちの航海長が持っている銃の威力、俺たちのL85よりも強いんじゃねぇ?なんか形も違うようだしさぁ。
そんなことを考えていると、視界の端にモナルキの五十門艦が入り込んできた。
「五十門艦、接近します!航海長!」
俺の警報に航海長はニンマリと笑って、向こうのほうを指さして見せる。
五十門艦の向こうには、我らがゴールデン・ビクセンのフィギュア・ヘッドが輝いていた。
次の瞬間。
五十門艦の向こう側から轟音と共に水柱が沸き立った。
どうやら。
ゴールデン・ビクセンが魚雷という、水中を自走して敵艦にぶち当たる爆弾をを撃ち込んだようだ。
ほぼ全ての部材が木で出来ている帆船が魚雷を喰らえば
艦体が破砕される音や、破砕された艦体に海水が殺到する轟音に続いて。
五十門艦は、艦底を見せて海の底へと潜って行った。
放り出された乗組員もいるが、ゴールデン・ビクセンから飛来する狙撃銃の重量ライフル弾を喰らって波間に消えてゆく。
そんな有様を見たフリゲート艦やブリッグ艦は、旗艦の助っ人には来ないで文字通り尻に帆掛けて逃げ出してゆく。
が、水平線まで逃げきれずに砲撃や魚雷で轟沈されてしまう。
よし。
艦内の戦闘で生き残っているモナルキの海尉や水兵たちを片付けながら、さっきは昇ってきたラダーを逆に駆け降りる。
遭遇する敵兵を簡単に撃ち殺している航海長に従って、艦底にあるインゴットの保管庫を目指すのだ。
そこから先は、航海長がビクセンとの間に空間魔法でトンネルを繋いで。
ビクセンから来た重機とかいう機械に黄金のインゴットを積んで。
トンネルを走る重機を追いかけ駆け足で、乗組員が全滅して沈没寸前の百門艦から逃げ出した。
その辺りの記憶は曖昧なのだが、全員が無事に任務を達成して帰艦できたのだから作戦成功と言えるだろう。
後は、美少女艦長からのお褒めの言葉と一緒に略奪品として乗組員に分配される金貨の分け前に与って。
いろいろな艦内食堂で酒盛りをしている乗組員もいるけれど、俺たちは。
メイドさんに会いに来たという訳だ。
*****
「わぁ~~!ご主人様たちは英雄さんなんですねぇ~~!!」
メイド服に包まれた豊かな胸の前で、パチパチパチと手が動いている。
レーラの嬉しそうな言葉で、俺の意識はメイドカフェへと舞い戻ってきた。
意識が何処かへ飛んでいても手と口は動いていたようで、俺とジョンはカルボナーラなるモノを食べ終えている。
「ケーキは、何がお好みでしょうか?ご主人様~?」
う~~ん。
敵とドンパチやるよりも、ケーキ?とやらを選択するほうがよっぽど手強いような気がするんだが?
レーラが指さすウィンドウには。
パッと見で、二十種類くらいのケーキ?とやらの見本写真が並ぶ。
ベイクドチーズケーキ・スフレチーズケーキ・レアチーズケーキ・カマンベールチーズケーキ・ティラミス・ブルーベリーチーズケーキ・ヨーグルトケーキ・チーズムースケーキ・ショートケーキ・シフォンケーキ・モンブラン・ロールケーキ・シャルロット・・・
・・・。
おい、ジョン。
セルマのおっぱいを睨んでいるんじゃないよ!
俺だって、レーラのおっぱいを睨みたい。
じゃ、なくて。
「レーラは、どれが好きなんだ?」
無教養で馬鹿な海賊たちだと思われようが、見たことの無いモノなんか選択できるハズが無い。
まぁ、俺たち如きは馬鹿にされて困るような身分でもないしな。
「そうですねぇ~。初めてでしたら、イチゴのショートケーキなどいかがでしょうか?ご主人様~」
レーラが指さしている見本写真を見ると。
三層に積まれた生地?の中にイチゴが挟まれて、上にはマルマルのイチゴがホイップクリームらしいものに乗っている。
扇形にカットしてあるようなので、本来は円形の大きなケーキを作ってから切り分けているのだろう。
「うまそうだな。それじゃぁ、コーヒーと一緒で頼めるか?」
「うぅ、俺はモンブランがいいな?」
お、ジョンが自分の好みを主張しているぞ。
お前、見た目の華やかさで選んでるだろう?
折角、レーラが薦めてくれているくれているショートケーキを袖にしてモンブランに浮気なんかすると。
「あ!そちらも美味しそうですよねぇ~、ご主人様~!」
そっちでもいいのか、セルマちゃん?
その後。
初めての経験をした俺とジョンは。
「行ってらっしゃいませぇ~、ご主人様~」
というレーラたちの声に送られて、ビクセンの艦内へと戻ってきたのだった。
うん、きっとメイドカフェに帰って来るともさ!
隣で、ジョンが何やら呟いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます