吐瀉物

きんちゃん

第1話

どんな歩みをしようとも全ての終着である死は平等だということが救いだ。そのことだけが唯一の救いだ。

後悔なんて有り過ぎて無いような俺のクソみたいな人生も、そんな俺を憐れみに満ちた眼で見つめるお前らの返り血と糞尿にまみれた崇高な人生も、死という終着に於いては同じだ。

限られた時間の中でどう生きるかが重要だ?

バーカ、何言ってやがるクソボケ!

連続した人格が同一のものである、という仮説の上にお前は壮大な伽藍を堆く積み上げるが、そんなものは泡沫だ。何の意味もない。意味というものに意味を求める限り何の意味もない。

お前は精々お前の領域で伽藍を高く高く積み上げたことを誇っていれば良い。

非常に残念だが俺にはそれを崩すことは出来ない。


そもそもスタートはいつだ?

その合図を俺は聞いた覚えがない。

スタートを切ろうとして俺はスタートを切ったのだろうか?

いやそうではない。そうでないことだけは確かだ。

参加した覚えもないどころかそんなレースがあることも知らなかったのに「お前このままだとビリだぞ!」と野次られ、嘲笑によって全力で急がされている。

味方なのか敵なのか正体も分からぬ大勢の人間に笑われながら追い立てられ「走れ!」と急かされている。

「いつスタートの合図なんて鳴った?てめぇと何の関わりあるんだよ!」

テイクダウンからマウントを取り、パウンドを打ちながら俺はそう叫んでやりたい。

だが誰も手を伸ばせば届く距離に入っては来ない。

遠巻きに、常識と多数性という圧倒的な暴力を盾に安全圏から射殺すだけだ。

理由も分からずに、前がどこかも分からず、ただひたすらそれから逃れるためだけに、俺は走るしかない。


だがゴールは俺から見えているのだろうか?

いつでもワープ出来ることは知っている。ただそのバグ技だけは使わないことにしている。

先行した連中を責めるつもりは無いが、俺はそれをしないことを決めている。

別に深い理由は無い。ただ単に個人的な意地だ。ここまで来たら最後までクソを味わい尽くしてやろう、というだけの意地汚い根性でしかない。

だからと言ってゴールの見えなさから来る不安が和らぐ訳ではない。

お前らはそこから眼を逸らすんだろう?如何にスムーズに遠くまで目を逸らすかが、お前らにとっての良く生きるということなんだろう?勝手にやっててくれて構わない。


ゴールは俺から見えていない。

その見えなさから逃れる術は無い。

だがもしはっきりと見えてしまったら、それに俺は耐えられるのだろうか?

だがそもそも俺のゴールは俺と関係しているのだろうか?

俺のゴールは俺でなくなるための儀式だ。

ゴールを誰かが褒めてくれるのだろうか?俺に対する賞賛の言葉は俺とは無縁のものなのではないか?


強く願い、強く握れば握るほど、全てのものはすり抜けてゆく。

その理不尽さが哀しい。その涙すら、乾く間もなくこの手からすり抜けてゆく。

「美しさ」などという美名を付けて価値転倒を最初に図った、そしてそれを流布した最上級のバカは誰だろう?

その怒りだけが俺を支えている。

そしてその怒りも指の間からすり抜けていくことを俺は知っている。






(了)

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吐瀉物 きんちゃん @kinchan84

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