07話.[分かっているよ]
「夏ね」
「うん、夏だ」
晴れたのをいいことにふたりで海までやって来た。
彼女はあのとき購入したワンピースを着ていて、そこだけ雰囲気が違っているように見えるぐらいのレベルだった。
「はい」
「ありがとう」
こっちが汗をだらだらとかいている中で彼女は涼しい顔、そして雰囲気だ。
どうしてここまで違うんだろうかとは思いつつも、ずるいとまでは思えないそんな不思議さがある。
「芽生はいつも通りね」
「え? あ、うん、そうだね」
元気でマイペースだと相手をするのがそこそこ大変だ。
困ったら求めてきたことをしておけばいい点は楽かもしれないけど。
「私も芽生の元気さを見習いたいわ」
「真似をしてみて」
「犬子っ」
「んー」
それはこの前サーちゃんが見つかったときに聞けたから新鮮味がない。
いまのままだと大きな声を出しているだけだし。
「ずるいっ、私にもしてよっ――こんな感じかな」
「ふふ、あなたは芽生のことをよく知っているのね」
一応、やり取りなんかを続けてもう三ヶ月目なわけだしね。
一緒の中学だった、焼き肉屋さんのときに話しかけてくれたから惨めな思いを味わわなくて済んだ、そこからもあまり変わらなかったからというのは大きい。
「犬子が楽しそうだからいいわ」
「碧だってそうだよ、芽生といるときは楽しそうだし」
「元気な子といられるのはいいことばかりだもの、あ、声のボリュームだけはたまに調整してほしいと思うけれどね」
じゃあ私達三人は相性がいいのかもしれない。
芽生が碧を支え、碧が芽生を支え、私がふたりを――とまでは言えなくてもあくまで仲良くいられているだろうから、うん。
「ふたりが付き合っても驚かないわ」
「んー、どうなんだろうね」
「明らかに意識しているじゃない」
その割には碧優先、小熊先輩優先だから分からないんだ。
「碧はないの? 最近はよく抱きしめてくるけど」
「あれはスキンシップよ」
「そっか」
「ええ、ふたりが付き合い始めてもやめないけれどね」
え、それはいいのか? まあ、考えも意味ないことだけど。
しゃあないから今度ゆっくり芽生と過ごしてみようか。
碧の中にないなら引っかかる必要はないわけだし。
「本当に?」
「あってほしいの?」
「なんか真っ直ぐ否定されるのもちょっと……」
「悪いけれどそういうつもりはないわ」
おえ、ここでその涼しそうな顔は痛いぞ……。
いつもみたいに柔らかい表情を浮かべて言ってくれればいいものをとまで考えて、いや、それこそダメージを受けることになるか? と少しだけ混乱することになった。
「でも、あなたには触れたくなるの、別に嫌ではないわよね?」
「嫌ではないよ、あ、最近は暑いからちょっと遠慮してもらいたいけど」
自分の額を指差しつつ汗も多くかくからと。
保冷剤でも腋に挟んでいるとか? なんにも対策していないから差が出るのは当然だけどそれにしてもね……。
汗は本来無臭らしいけど私の場合は多分そうじゃないから困るんだ。
一応女だから臭いとか言われたら軽く死ねるし。
「アイスでも買って食べましょうか」
「そだね」
スーパー店内は凄く涼しかった。
直前まで灼熱地獄(大袈裟)の中にいたから余計にそう思う。
あと、環境にすぐ適応してくれる碧の冷たさが凄くいい――あ、肌が冷たくて気持ちがいいという意味で冷たくされて喜んでいるわけではないけど。
「これをふたりで半分ずつ分けましょう」
「いいね、じゃあ買ってくるよ」
なんかいいなこういうの、春休みのときに考えた理想の高校生活というのを過ごせている気がする。
これは彼女のおかげだ、あとはまあ、芽生のおかげでもあるかもしれないから今度お礼を言っておこうと決めた。
「犬子」
「ん? あ、はいっ」
「ありがとう――って、そうではなくて」
汗だくなこちらを抱きしめてきて分かった、そんなことをするわけがないのに心配性でもあったのかもしれない。
お茶目で、どこかズレてて、心配性で、だけどどれもがプラスに働くそんなチートみたいな人間なのが彼女だった。
「相手はするよ、あの学校で唯一の大切な友達なんだから」
「ふふ、ありがとう、アイスを食べましょうか」
「うん、食べよっ」
不安にならないでほしい。
そもそも、まだどうなるのかなんて誰にもわからないんだ。
もしかしたら小熊先輩と~なんて可能性が一番高いぐらい。
だからあくまで自分らしくいるのが一番だった。
というか、そうとしかいられないと言う方が正しいかな。
「えっ」
部活が終わって今日も暑い中帰るのか~と微妙な気持ちになっていたときのこと、犬子ちゃんから送られてきていたメッセージを見て一気に吹き飛んだ。
「めー? どうしたの?」
「あ、小熊先輩」
いつもなら羊じゃないですよといつも通りのことを返すところだけど、今日はそんな場合じゃなかった。
「あ、向こうの友達から連絡がきまして」
「ということはいいことだったんだね、凄く嬉しそうだし」
「そうですね」
なんでいきなり……とは思わない。
多分、いや、間違いなく碧ちゃんが影響しているのだと分かる――けど、なんでもいい。
犬子ちゃんの方からこんなことを言ってくれるなんて中学時代を考えたらありえないことだったから。
「駅まで一緒に行こう」
「はい」
駅までなんてことはないことを話しながら歩いて、駅ではそれぞれ違う方へ向かって歩いて。
電車から降りたらダッシュ。
ここのところほぼ連続になってしまっているけど一切気にせずに向かって、その勢いのままインターホンを鳴らして。
「はい、あ、犬子なら部屋にいるわよ」
「お邪魔しますっ」
時間的にも二十時前で少し非常識だけどこのまま帰ることなんてできないんだ。
責めるなら平日なんかにあんなことを送ってきた娘さんを責めてほしいとちょっと悪いことを考えつつ部屋へ。
「犬子ちゃんっ」
「すぅ……すぅ……」
って、寝てるぅう!
冗談でもなんでもなくベッドの前で崩れ落ちた。
これだけ急いで来たのにこれって……。
お前が勝手に来ただけだろと言われればそれまでだけどこんなのは酷いっ。
「ん……え……?」
「起きてっ」
彼女は体を起こして呑気に「おはよー」なんて言ってきた。
この前マイペースだなんだと言ってくれた彼女だけど、私からすれば彼女の方がそうだとしか思えないわけだけど。
「今日はどしたの?」
「どしたの、じゃない! なんで来たかは分かるでしょっ」
「ああ、仲良くしたいって思ってね」
私はただ仲良くしたいと送っただけだ。
この子は平日忙しいし、平日に無理をして会ってもすぐに別れることになるから。
ただまあ、日曜とかに遊びたいという気持ちも込められているから、これまでの私を知っている彼女からすればそりゃ驚くだろうなって内容だろうけど。
「というか芽生、もしかして汗を多くかいたの?」
「あ、走ってきたから……」
「いつもはいい匂いだけど今日は、うっ……」
ちょっと意地悪をしたくなってしまったから仕方がない。
そうしたら「えっ!? ご、ごめんっ」と過剰に反応し、露骨に縮こまってしまったからこちらの方が慌ててしまった。
「嘘だよ、まあ座りなよ、飲み物でも持ってくるから」
「犬子ちゃんの意地悪っ」
やばい、自分がされたくないから匂い関連のことはもう言わないつもりでいるけど、少しからかいたくなってしまうぞ。
「ふふふ」
「な、なに?」
「芽生って反応がいちいち可愛いよね」
これもまたプラスに働くからいいよなあ、私が同じようにしていても特なにもいい方へは働いてくれなさそうなのに。
「普通だよっ」
「まあまあ、はい、水を飲んでください」
やっぱりこれは私にも碧にも真似ができないことだ。
いつだって毎回全力で対応をするなんてできないからね。
「はい、はぐー」
「ぶふっ!?」
「汚いよ、いつも芽生がしていたことをしているだけじゃん」
結局、小熊先輩のことをどう思っているのか、碧のことをどう思っているのか、そして、
「ね、私のことどう思っているの?」
これを聞いておかなければどうしようもない。
聞いておかないと満足に寝ることもできなさそうだから。
「と、とりあえず離れて」
「うん」
ふざけている場合じゃないから従う。
ベッドの上に座って、真っ直ぐに彼女を見つめた。
「今日ね、碧に聞いたらそういうつもりはないって言われたの」
「そうなんだ」
「うん、だからってわけじゃないけど仲良くしているのは芽生だけしょ? それならって送らせてもらったんだ」
その先を求めるにしても、そうでなくても誰かと仲良くしておくことは無駄ではない。
あのときと違ってもう信用しているからこれは本心からの言葉だ。
「碧は恐ろしいよね、ああいうことをされたらその気があるとかって勘違いする人も多そうなのにさ」
「え、もしかして犬子ちゃん……」
「ふふ、求めてきていたら受け入れていたよ、だけど実際はそうじゃないからさ」
これに関しては自分から動きすぎると違和感が凄くて、その差に気持ちが悪くなるから受け身でいいと考えている――と言うか、これまでひとりでいたからどうすればいいのかが分かっていないと言った方が正しいのかもしれなかった。
間瀬先生や碧、そして彼女と関わっていく中でどうすればいいのかを理解しようとしているものの、こういうのは一朝一夕で身につくようなことではないから、うん、私はそれでいい。
待っているだけじゃ誰も来てくれないということならそれはもう仕方がないことだ。
相手にも心があるから。
だから強制はできないし、するつもりもない。
「それで? この前といいどうして家に来たの?」
「どうしてって……」
「私に会いたかったから?」
「そうだよっ、というかそれしかないでしょうがっ」
確かに、母目当てで来ていてもそれはそれで怖い。
「というわけだからさ、芽生さえ良ければ仲良くしてよ」
「うんっ」
「土曜に泊まりに来てよ、それで日曜日は朝からゆっくり一緒に過ごそう」
「いいの?」
「うん、ふたりきりが嫌なら碧を呼ぶし」
彼女は思いきり首を左右に振って「ふたりきりがいい!」と力強く、彼女らしく言ってきた。
なんとなくそれが気持ちが良くて、こっちも同じぐらいの強さで頷いたのだった。
「お邪魔しますっ」
土曜、わざわざ駅前で待ち伏せをした。
そのせいでただ立っていただけで汗だくになるという馬鹿な流れになってしまい、それでもご飯を作ってからじゃないとまたお風呂に入ることになってしまうからちゃちゃっと作り終えて。
「ふぅ」
ご飯は後でいい、女として優先すべきはお風呂だ。
同性が来ているだけなのに馬鹿らしいけど、だからこそという考え方もできるわけだ。
少なくともそこで引っかかってほしくはないから。
「ただいま~」
「私もお風呂に入っていいっ?」
「うん、どぞどぞ」
なるほど、芽生も乙女だということかと納得。
……そんなくだらないことを考えていないでまだ夕方だけど布団を敷いてしまうことにした。
いつでも寝られるという安心感があった方がいいだろうと判断してのことだ。
あとはお菓子とか飲み物とかそういうのを準備をしておく。
お喋りにはやはりそういう物があった方がいいだろうからという考えと、お泊りでお喋りするならそういうのが当たり前という考えがあったからだ。
「ふぃ~、扇風機って最強だねっ」
「うん、そうだね」
着替えを持ってきているのが彼女らしい。
で、ある程度の時間になったらふたりでご飯を食べて、そして部屋に戻ってきた。
「ちかれた~」
「膝なら貸してあげられるよ」
「じゃあお邪魔します~」
彼女の少し濡れた髪を撫でつつ思った。
幼小中時代の自分はどこにいってしまったのかと。
違和感ばかりしかなくて脳が追いつかなくておかしくなると考えていた自分だけど、実際は全く違ったんだ。
これは食べ物の食わず嫌いの心理に似ている気がする。
想像しかできないから自分で頑張って考えて、でも、分からないからこそマイナス方向に考えすぎてしまって、結果、頑なにひとりでいるようになってしまうと。
「私は話しかけられなかったって言ったよね?」
「うん、相手にとって逆効果になっているかもしれないと、恐れてできなかったって教えてくれたよ」
「うん、だけどいま凄く後悔しているんだ」
彼女はこちらの手に触れつつ「だけどもし話しかけていたら変わっていかもしれないから難しい」と複雑そうな表情を浮かべて吐いてきた。
「私は焼肉屋さんに行ったときに話しかけてもらえて良かった、参加しておきながらどうせひとりだから帰りたいという気持ちが多かったもん」
「あれは最後にって勇気を出した結果かな。それが連絡先を交換することになって、それからもやり取りを続けられて凄く嬉しかったけどね」
無意味なことはなかったということか。
中学生のときの私もそうやって考えて行動できていればよかったんだけど、まあ、言っても仕方がないかな。
「芽生の、元子の元気さが良かったんだよ。だけどさ、雪子、碧に会わせてからそちらばかりに意識を向けてさ、まるで私は必要とないと言わんばかりの態度だったから嫌になったけどね」
「それは違うよ、一緒にいるからには犬子ちゃんを優先してばかりでもいられないと思っただけだよ……」
「あとはあれだよね。小熊先輩のことを自慢してきて、会いたいって言ったら会わせてくれなくてさ」
「だって……犬子ちゃんが小熊先輩のことを意識してしまうかもしれなかったから」
そんな全く会ったことのない人をすぐに好きになったりはしないよ。
その証拠に。芽生と碧のことをそういう風に見たわけではなかったから。
「芽生がそのつもりなら私は受け入れるよ」
「いいの……?」
「うん、というか本当に好きなの?」
「好き」
好きなのか、全く驚かないな。
まあ全部彼女の言った通りだったということにして、自分が発言した通り受け入れておくことにしよう。
一緒にいれば勝手に出てきてくれるさ、相手が嫌になったら離れてくれればいいわけだしね。
「はぐー!」
「ぎゅー、じゃないの?」
「はぐーでいいの!」
そこは自由にしてくれればいい。
でも、関係が変わってから余計に小熊先輩に会ってみたくなってしまったのは何故だろうか?
あ、もしかしたらもう彼女だから取れませんからね! なんて言いたいとか?
もしそうなら早くも独占欲を働かせていて気持ちが悪いとしか言いようがないけど。
「今日はこのまま寝よ」
「いいよ、明日も休みだし自由にしてくれれば」
で、部活をしてきていたのもあってすぐに寝てしまった彼女の頭を依然として撫で続けるのがこちらの仕事だった。
「可愛い寝顔」
口を開けば元気いっぱいなのに黙ると単純な可愛さがいきなりアピールしてくるんだから彼女もまたずるい人間だよなと。
「あ、そうだ」
いらないかもしれないけど碧に連絡をしておく。
直接もいいけどやっぱりね、なんか言っておきたかったんだ。
「あ、もしもし?」
「おめでとう」
「ありがとう」
彼女が寝ているから滅茶苦茶静かにしながらの通話となった。
正直に言って撫でているだけだと大変だからありがたい。
「あなたから告白をしたの?」
「ううん、芽生にその気持ちがあるなら受け入れるって言った」
「ふふ、あなたらしいわね」
そう、こういうところは本当に自分らしいと思う。
変えたいのに勇気が出なくて変えられなくて、待つだけでいいとか考えてしまうのがいつも通りの自分らしくて。
変われないのがいいのかどうか分からなくなってくる。
けど、こういう性格だったからこそ、ひとりでいたからこそ芽生は気にしてくれたわけなんだから無駄ではなかったのではないだろうか?
なんてちょっと調子に乗っている自分がいるのだ。
「寝顔を送ってちょうだい」
「いいよー」
ぱしゃりと撮って彼女に送信。
「ふふ、可愛いわね」
「だよね、可愛い――」
ああ、スマホを取られてしまったぞ。
私も撮ってしまったから自業自得としか言えない。
「あ、碧ちゃん? いまちょっと忙しいから切るね、うん、それじゃあまた今度一緒に遊びに行こうね――ふぅ」
早速独占欲を働かせていた自分が言うのもあれだけど、そういうのは良くないと思うんだ。
「ねえ、早速浮気?」
「浮気じゃないよ、それに碧はこれからも抱きしめたいって言ってきていたよ?」
「浮気じゃんっ」
違う高校を選んだ彼女が悪い、とは言えないんだよなあ。
高校選びは適当にしてはならないんだ。
まあ、私は学費が安いのと近いからという理由で選んでしまったけど。
そこで活発的に活動をして勉強もしっかりできている彼女は素晴らしい。
もちろん努力をしているのは彼女だけじゃないけど、いまは彼女のことしか知らないんだからそれでいいのだ。
「じゃあ、いまの内にしたいことをしておくといいよ」
「それなら抱きしめながら寝たいっ」
「いまそうしていたでしょ、今度こそちゃんと寝るから寝よう」
「うんっ」
さらば中学生までの私、ようこそ、新しい犬子よ。
とりあえずいまはこのまま寝ておけばいい。
「犬子ちゃん……」
「んー」
「……本当は好きって言ってほしい」
それはどうなんだ? と少し考える羽目になった。
あくまで彼女が求めてくれているからという理由で受け入れた自分としては勢いで言っていいのかどうか……。
「分かっているよ、まだ好きでいてくれているわけじゃないということはさ、だけど形だけでもいいからほしいんだよ」
「そっか、じゃあ言うよ?」
「うん」
息が当たらないように深呼吸をしてから小さく好きと呟くようにして吐いた。
そうしたら真っ暗なのに、いい笑みを浮かべてくれていることが分かって少しほっとした自分がいる。
家族以外に好きだなんてこれまで一度も言ったことがないからね。
相手が同性でも意味が違うから緊張するんだと分かったよ。
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