02話.[必要な気がする]
一ヶ月が経過した。
いや、冗談でもなんでもなく経過してしまったのだ。
ちなみに、自己紹介などは上手くすることができたのだが、入学式の翌週にはほとんどのグループが出来上がってしまっていて私が入り込む余地なんてなかった。
つまり、結局のところは中学時代となんら変わらない日々を過ごしているということだ。
部活がない分余計に目立つ。
「犬塚」
「あ、間瀬先生」
担任の間瀬
いま改めて分かったことだが、やっぱり誰かと会話をするときに緊張したりはしないらしい。
となると、やっぱり自分から進んで誰かといたいとは本気で思っていないのかもしれないということも分かったような……。
グループが出来ていたぐらいでなんだというのか、もし本気で友達を作りたいと思っているのならそこで空気を読まずに突っ込んでいるはずだしね。
「ずっとひとりでいるみたいだが大丈夫か?」
「はい、学校には慣れましたから」
私のいい点はそれでも普通に気にせずに過ごせてしまうことだと思う。
いいのかどうなのかは分かっていないけど。
「でも、本当は友達がひとりでもいてくれればいいですね」
「だろうな、ひとりよりは安心できるだろうし」
「はい、ただ……気づいたらグループが出来上がっていて、すとんと諦めてしまったのでいらなかったんじゃないかって思う自分もいるんですよ」
「まあ、最悪は学業をしっかりしてくれればいいがな」
そうなんだよ、そう考えて開き直ろうとする自分がいるんだ。
「間瀬先生が高校生のときはどうでした?」
「私か? そうだな、いまみたいな感じだったよ」
「あ、じゃあたくさん人に囲まれていたってことですよね? 素晴らしいですね」
「あ、すまない、嘘をついた」
「嘘、ですか?」
そんなことをする必要はないと思うけど。
間瀬先生と出会ったのは入学式からだから全く時間が経過していないものの、いまの優れた感じを見ていれば学生時代もそうだったんだろうなということは容易に想像できるから。
「勇気が出なくてひとりだったんだ、幸い、勉強をすることは好きだったから集中できて良かったけどな」
「え、そうだったんですね」
「ああ、だからあまり偉そうにも言えなくてな」
すごいな、暇だから勉強をすることしかできなかった自分と、好きだから勉強をし続けて教師になった間瀬先生では全く違うということが分かった。
「あ、すみません、馴れ馴れしく聞いてしまって」
「別にいいよ、よく聞かれることだから」
「じゃあ、ありがとうございました」
「ああ」
あ、友達がいなくていい点を見つけた。
望みだった放課後に居残って窓の外を見続けるということが毎日叶っているからだ。
母も二十時までに帰ってくればいいと言ってくれているからゆっくり過ごすことができる。
誰にも邪魔されることもなく、本当にのんびりとした時間を過ごすことができるのは最高だ。
「まだ残っていたのね」
他に誰かいたのかと確認してみたら私しかいなかったからうんとなんとなく返事をしてみた。
いやだってほら、無視をするのも悪いしね、おまけにコミュ障というわけでもないし。
「ここ、座っていい?」
「うん」
そもそも私の席じゃないから自由にしてくれとしか。
喋り方的に母が学生になってしまったかのようだった。
髪が長いところもよく似ている、あと冷たそうなところも。
「入学してからもう一ヶ月ね」
「そうだね、あっという間だったよ」
初めてのGWもそこそこ楽しく過ごすことができた。
元子が合間の時間を使って遊びに来てくれたからだ。
それがなかったらと考えると……恐ろしいね。
「この教室でひとりでいるのはあなたと私だけよ」
「そうなの?」
「ええ」
大丈夫、私はこの子とは違う。
何故なら、学校が終わってからも会えるような友達がいないからだ。
元子はまあ……数ヶ月に一度しか会えないからノーカウントにしてほしい。
とにかく、ひとりだからってそう落ち込む必要はない。
学業さえしっかりしてくれていればいいと間瀬先生だって言ってくれたわけなんだ。
だったら焦らずに勉学に集中しておけばいいんだと思う。
そりゃもちろん、教師側としてはわいわい盛り上がってほしいところだと思うけど、友達がいたらいたらで出る問題というのもあるんだから。
「私はこうして残るのが好きなのよ」
「奇遇だね、私もそうなんだ」
「いつも賑やかな空間が静かになるこの時間が凄くいいの」
うーん、ただ私にとっては違うかも。
こうしているときはひとりであってほしいと思う。
他者と過ごすのは放課後までの時間でいい、そこからは一切気にせずにひとりでいいんだ。
なので、今日は帰りこそしないが明日からは場所を変えようと決めた。
空き教室とかが開放されているからそっちでいいかな。
「あ、でももう帰らなくちゃ」
「気をつけてね」
「ええ、そっちも気をつけて」
あ、これだけ早く帰ってくれるんだったらその後にここに来ればいいかと考え直した。
ま、あの子が悪いわけじゃないんだし、今日はたまたま話しかけてきただけだから大丈夫だろうと片付けておく。
そういうのもあって、少しだけ新鮮な気分になりつつも十九時半頃まで時間をつぶしてから帰ったのだった。
「もしもし?」
「あ、犬子ちゃん? 聞いてよも~」
「うん、自由に言ってくれればいいから」
出された課題をやりつつ彼女の愚痴を聞くというのが最近の習慣となっていた。
慣れない高校生活に部活動、私と違ってストレスが高まるような日々を過ごしているから仕方がない。
「やっぱりさ、なにが辛いって毎日電車に乗らなきゃいけないことだよね」
「だろうね」
そういうのが嫌だから必死に勉強をしたわけだしね。
ただ、彼女の場合は自ら進んでそういう場所、高校を選んだわけなんだからなんとも言えないところだけど。
まああれか、想像と実際にそうしてみるのとでは違うということか。
分からないことも多いからね。
「あとは部活だね、一生懸命やっていると帰りにはもうへとへとでさ、もう何回も電車で寝過ごしそうになったぐらいだよ」
「でも、気をつけないと、元子は女の子なんだから」
「ありがと~、女の子扱いしてくれるのなんて犬子ちゃんだけだよ、同性の先輩だって凄く厳しいしね」
実は昔、電車通学とか楽しそう! なんて考えた自分がいた。
でも、こうして実際にしている人の意見を聞いたらやっぱり徒歩とか自転車で行ける距離の方がいいなと改めて分かった。
だってお金もかかるしね、そうでなくても両親に負担をかけているんだから少しでも安くなった方がいいし。
「……犬子ちゃんに会いたい」
「え、じゃあ会う? 疲れていないならだけど」
「え、いいのっ?」
どうせ課題ももう終わるし、会いたいなら別に出てもいいし。
私的には休んだ方がいいと思うけどね、明日も学校なんだし。
元子にとってはどうでもよかったのか結局会うことになった。
だからこの前の公園に向かうことにする。
「あ、犬子ちゃんっ」
「こんばんは」
「こんばんはっ、はぐー!」
意外と彼女は甘えん坊さんなのかもしれない。
あとは寂しがり屋、というところかな。
「よしよし」
「あー……知っている子が多いところに行けば良かった」
「でも、ちゃんと考えてそこにしたんでしょ?」
「そうだけどさ、なんか寂しいんだもん」
寂しいか、それは少し分かるかもしれない。
なんだかんだ言いつつも、私も誰かをいることを多分望んでいるから。
間違いなくいまのままだと中学時代と同じになってしまうからなんとかしたいという気持ちはあるんだ。
「友達はできた?」
「うん、十人ぐらいかな」
じゅ……それはまた多いな、寧ろ過剰ぐらいでしょ。
じゃあいまの不満は登下校が大変だということだけか。
「犬子ちゃんは?」
「今日同性の子と話したよ」
「あ、その子は友達じゃないんでしょ」
「うん、そうだね」
中学時代の私を見てきているんだからどうなるのかなんて容易に想像できると思う――って、この子の中の私は別次元の人間だったからどうなるのかは分からないけど。
「なんか心配だなあ、常にひとりでいそうで」
「特に問題もないよ、少し寂しかったりはやっぱりあるけど」
「じゃあその子に友達になってもらおうよ」
え、明日からは避けようとしたのに?
うーん、あの子だってひとりでいることが好きそうに見えるから邪魔はしたくないぞ。
「今週の金曜日は部活がないからさ、そのときに会わせて?」
「えっ? マジ?」
「うん、マジです」
また無茶難題を言ってくれるものだ。
彼女の中の犬塚犬子は別人説がどんどん上がっていく。
マジか、自分から話しかけることは可能だけどしたいかどうかで言ったらしたくないとしか言いようがないのに。
「約束を守ってくれたら大きいプリンを買ってあげるっ」
「いいよ、そういうのがなくても連れてくるから」
「ほんと? あ、無理なら無理でいいからね」
おいおい、やっぱり舐めてくれているじゃないか。
同性を連れてくるぐらい簡単だ、金曜日に連れて行ってやろうじゃないかと燃えていた自分。
「ごめんなさい、それは無理ね」
「え、あ、そうなんだ……」
「ええ、だって会う必要がないじゃない」
確かにっ、……まあこの子が無理ならしょうがないな。
舐められたままでも構わない、寧ろここでしつこく誘って嫌われてしまうことの方が痛いからこれでいいか
「そもそも私達は友達ですらないじゃない」
「うん、いきなりごめんね」
「謝る必要はないわよ」
残念、元子には無理だったと連絡をしておこう。
というか、普通は会わないよね、友達ではないけど友達の友達みたいな人間とはさ。
私だって誘われたら会う意味がないと言って切り捨てるよ。
だから誰が悪いというわけじゃないんだ。
「犬塚さん」
「あ、どうしたの?」
「えっと、友達になってからならいいわよ?」
お? えっとつまり、友達になってくれるということなのか?
分かりづらいな、友達になってからなら元子と会ってもいいということなのは分かっているけど、いつ、なにをしたら友達になってくれるのかは分かっていないわけなんだから。
「私はいいけど――って言ったら偉そうか……」
「いいの?」
「え、うん、不都合はないし」
誰かと友達になったぐらいで急激になにかが変わるというわけではないだろうから気にならなかった。
あと、地味に間瀬先生を安心させることができると考えれば、まあ悪くはないんじゃないだろうか。
馴れ合いが嫌いならたまにだけでも話せるような関係になればいい。
クラスに話せる人間がいるというだけで楽だろうからね。
「相手は女の子なのよね? それなら多少は気が楽ね」
「あ、騙しているとかそんなのじゃないからね?」
「ふふ、疑っていないわよ」
異性の友達とか私にいるわけがない。
小中ととにかく同性とすらほとんど関わらず過ごしてきた、そんな人間にそんな人がいてくれたら自分が自分に驚くぐらいだ。
「えっと、あなたはなんて名字だっけ……」
「ふふ、あなたが自由に呼べばいいわ」
待て、そもそも元子とすら友達じゃないだろこれ。
いまだって名字や名前すら知らない状態のままだ。
やだ、私達はなんて歪な関係なんだろうか。
「じゃあ、
「雪のように冷たくないわよ?」
「でも、黙っていると冷たい感じがすごいよ?」
今日だって朝から話しかけようとしていたのに結局お昼休みまで勇気を出すのに時間がかかったわけだし。
綺麗なのは綺麗なんだけどだからこその冷たさというか、近づいたときにこちらを見られたときはひゅんと心臓が縮んだぐらいだった、いや冗談じゃなく本気で。
「そうなのね、母にもよく言われるのよね」
「だけど話してみると違うって分かるね、柔らかい態度だし」
「ふふ、そうよ、本当は冷たくなんかないのよ? ほら」
「はは、温かいね」
「でしょう?」
彼女は少しお茶目なところがあるのかもしれない。
対する私は、なんだろう、なんにもない気がする。
でも、なんにもなくたって毎日を楽しく生きられているんだから全く気にならなかった。
なんにもない人間だってこうして友達を作ることができたからだ。
じゃあなんにもないなりにも楽しみ方があるということだ。
「お弁当、一緒に食べましょうか」
「うん、食べよ」
おお、食べ方も綺麗だな。
ただ、こうして相手の食べ方が綺麗だと自分のが大丈夫なのかって不安になってくる。
私は大丈夫だろうか……?
「犬子って呼んでいい?」
「あ、よく知ってるね」
「クラスメイトの名前を知らないのなんてあなたぐらいよ」
それはない、証拠は中学三年生のときの自分だ。
いきなり言われた「名字なんだっけ?」と、名字だ、名前ですらないのに分かってもらえていなかったからね。
だからそういうことは実際にある、多分この教室の半数以上は私の名前なんて知らないでしょうよ。
「犬子はひとりでいるのが好きだというよりも、仕方がなくひとりでいるしかない感じよね」
「え、進んでひとりでいるつもりはないんだけど」
「でも、拒絶オーラがすごいわよ? 私、何度も話しかけようとして諦めた子を複数見たわ」
なんだと……?
ああ、い行なのをいいことに窓際、窓際なのをいいことに休み時間はほとんど外へ意識を向けていたからか。
賑やかなのも相まって気づくことができなかったんだ。
話しかけられなければ当然察知することなんて不可能。
「それじゃあ雪子はすごいね、よく話しかけてこられたね」
「私はそういうの気にならないもの」
「そっか」
よし、それなら今日から柔らか犬子になってみよう。
にこにこと、まずは雪子相手に実践だ。
「に~」
「少しぎこちないわ」
「犬子だよっ」
「そうね、犬子ね」
おえ、真顔で返されると吐きそうになるからやめておくれ。
こういう練習は元子が相手の方がいいかもしれない。
あの子は常に元気いっぱいだし、多分いまよりも拒絶オーラがすごかった私に話しかけてこられたわけなんだから。
「ご飯粒がついているわ、取ってあげる」
「ありがと」
お、おいおい、そのまま食べるとか私のこと意識させたいというのか?
……いやマジでこういうことができちゃう人がいるんだなって驚きが強かった。
私が男の子だったらいまので絶対に勘違いしてた。
この子俺に気があるんじゃね!? って盛り上がっていたと思う。
「ねえ、その子はどういう子なの?」
「うーん、私と違って元気かな」
「なるほどね、所謂陽キャ、ってやつなのかしら?」
「うんっ、私と比べたら絶対にそうっ」
そこまで暗くないつもりだから私は陰キャでも陽キャでもないそんな中途半端な人間だと認識している。
なんだろうな、このなんとも言えない感じは。
変わらなきゃという焦りはない、でも、変えたらいい方へ変われると言うのなら私は進んで変えることだろう。
自分の意思というのがあるのかないのか……。
相手がしっかりしていればしているほど、分からなくなる。
「今日頼まれてからずっと聞こうと思っていたのだけれど、名字も名前も知らないってあなた、それでいいの?」
「本人が教えてくれなかったから、それに中学生時代は全く話したことがなかったからさ」
んー、やっぱりあるのかな、ひとりでいいと考える自分が。
……ってすぐに変わりすぎだ、こういうところが不安定だ。
話すことは嫌いじゃない、人といることを無駄だと言うつもりはない、だけど……知ろうとしないのは踏み込むことを避けているからだろうか? 馴れ合いというのが苦手だとか?
はぁ、自分のことすら分かっていないのに相手を理解しようとすること自体が間違っているということだろうな。
歩み寄るにしても、もう少しぐらい自分の曖昧さがなくなってからでないと駄目になる。
双方にとって間違いなくいい時間とはならないだろうから。
「いつでも切られそうな感じがするわ」
「え、流石にそんなことはしないけど」
「不安になってしまうものよ、あなたにそのつもりがなくても」
そういうものか。
じゃあそうなったらやめておいた方がいいんじゃないかって言うしかなくなってくるのではないだろうか?
多分、こうやって相手のことを考えて行動をすることが相手にとってはいいことに繋がるわけではないということで。
「ごちそうさま、少し歩きましょう」
「うん、行こっか」
食後というのと春というのが合わさってのんびりしていたくなるところではあるものの、せっかく友達ができたんだから合わせていきたいと考える自分がいた。
どんな季節になろうと涼しけな表情を浮かべているんだろうなと、なんとなく隣を歩く雪子を見ながら考えたりもして。
会話がなくても気まずくない相手といるのは凄く気が楽だ。
なにか喋らなくちゃと焦る必要がなくなるからね。
「わぷっ」
「危ないわ、そこに座りましょう」
いきなり前に移動して抱きとめようとしてくる方が危ない気がするけどとは思いつつも従うことに。
「金曜日、楽しみにしているわ」
「ただ会うというだけだよ、だから普通でいいからね」
放課後になったら一緒に帰って元子を待つというだけ、ただそれだけなんだから楽しみにするのも違うと思う。
あ、だけどふたりが仲良くなってくれればいいな、友達の友達ではなくなるだけで全く違うようになるから。
それにあれだ、愚痴を聞くことができてもいいことを言ってあげられないから彼女みたいなしっかりした子が元子には必要な気がするんだ。
「って、雪子に負担ばかりかかるよね、よし、私にできることならなにかするからしてほしいことを考えておいてよ」
「別にいいわ、ただ会うというだけなのになにかをする必要はないの、あなたが当日にきちんといてくれればそれでいいわ」
「そうなの? そりゃまあいるけどさ」
単純に元子とはいたいし、雪子ももう友達だし。
彼女は微笑んで、
「それだけで十分よ」
と、言ってくれたのだった。
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