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Nora
01話.[決めたのだった]
「お、押さないでよっ」
「いいから行ってきなさい、八時ぐらいに迎えに来るから」
はぁ、なんで中学校を卒業しただけだというのにそのメンバーで同窓会的なことをしようとしてしまったのか。
これを開催しようとしたリーダーさんには聞いておきたいところだ。
しかもこの人数で焼き肉って、誰とも仲良くないのに私が本当にここにいていいのだろうか?
という疑問がある。
まあいいか、黙ってお肉でも食べておけばいいだろう。
誰もこっちのことなんて気にしない、人見知りとかコミュ障とかじゃないから店員さんに自由に頼んでいればいいわけだし。
「あれ、犬塚さんも来たんだ」
「え、はあ」
おいおいおい、いきなり喧嘩売られてんぞ私っ。
誘われたからと行ってみたらこの結果だ、だから嫌なんだよ。
しかも春休みが終われば高校一年生になる。
そこでもまた理不尽さを味わうことになるんだろうな。
「どうせなら一緒に座ろ、四月からは別々の高校だし」
「まあいいけど」
その情報いる? そもそも一緒の高校でも関わることなく終わるんだからどうでもいいよと少し捻くれている自分がいた。
とにかくなんかごちゃごちゃ言っていたけどつまり楽しもう的な挨拶から始まって、みんな注文をして食べ始めた。
一応、全員のことを考えてまとめて注文をしてくれているものの、細かく対応をする気はないみたいだ。
というか、みんなとしては食べることもそうだけど話せることの方が嬉しいみたいだということは伝わってくる。
「犬塚さんは近くの高校でいいね」
「ん? あ、特に行きたいところもなかったから」
あとは学費か、両親にあまり負担をかけたくなかったから公立に行くしかなかったというか、私立になると他市にしかないから死ぬ気で頑張るしかなかったことになる。
通学するために電車に乗らなければならないとかありえない、それのためなら勉強を頑張った方がマシだったのだ。
「私、こういうの断るかと思ってた」
「あ、まあ最後だしいいかなって思って」
「うん、来てくれて嬉しいよ、最後に喋れて良かった」
待って、この子はなんなのだろうか?
そんなことを言うぐらいなら卒業したいまではなく在学中に話しかけてきてくれれば良かったと思うけど。
「あ、お肉くれたよ、食べよ?」
「うん」
ああ、美味しい。
お金を払うんだから食べておかなければ損だ。
遠慮をすることが間違っている、たくさん食べようと決めた。
でも、そう決めても多く置いてくれるわけではない。
食べてから数分が経過してからやっと、というぐらいだった。
「これ、損じゃない?」
「うーん、確かにそうかもしれないけど、みんな別れる子が多いから話したいんだよ」
まあその中でも焼いてくれる人達がいるから助かっているわけだけど、なにもしていないんだから全くこなくても文句を言うなよという雰囲気がその場にはある気がした、妄想だけど。
「四月から高校生だね」
「うん、なんかあんまり実感が湧かないけど」
中学のときの思い出と言えばきつく辛い部活と修学旅行ぐらいしか出てこない。
それ以外はただぼけっと毎日を過ごしていただけだから。
「ちょっと不安になっちゃってさ」
「それは私もそうだよ、強がることはできても内側は常に不安に包まれているわけだからね」
こうしてみんなとわいわい盛り上がれない人間だから高校でもまた似たような状態になるんじゃないかって想像している。
残念な点はそういう想像だけははっきりできてしまうことだと思う。
いい方向へは努力をしないと想像すらできないままで。
「驚いた、犬塚さんでもそういうことがあるんだ?」
この子は私のことをなんだと思っているのだろうか?
犬塚だから犬か? それでも、犬でも怖いことはあるわけだ。
私は強くはない、だからこそ自分を守る必要があった。
ただ、ちょっとだけ保守的になりすぎてしまったのがいまとなっては少し悔やんでいるところかな。
「学校が変わるんだから不安になって当然だよ、また自分を環境に慣れさせる必要が出てくるんだから」
卒業をして社会にでても同じこと。
同じ会社だって変わることなんてたくさんある、だからその度に合わせる努力をしなければならないんだ。
「あっ、連絡先を交換しようよっ」
「え? あ、別にいいけど」
交換したところで予定が合わなくて意味もなく終わりそうだけど、まあ本人がこう言っているんだからいいか。
「ありがとっ」
「うん、お肉食べなよ」
「あ、そうだねっ」
そこからも私は横の子とばかりお喋りをして過ごすことになった、で、実際にそうなると時間経過は早いわけで。
「犬塚さん、それじゃあね」
「あ、うん、高校頑張って」
「ありがとうっ」
別れる時間になって母の車に乗って家に帰って。
どうせメッセージのやり取りは数日感ぐらいしかしないんだろうなと考えていた自分、だけど意外にもどんどん送られてくるという不思議な子だった。
「というか、まだ同じ市にいるんだからあんなことを言う必要なかったか」
あれではまるで私があの子を追い出したかったみたいだ。
誤解されても嫌だから違うと送ってみたら、幸い怒られるようなことはなくて一安心だった。
「ああ、春休みがどんどんと終わっていく」
やだぁ、高校生になりたくないよぉ。
高校なんてもっと慣れるために努力をしなければならないからこのまま引きこもり人間になりたいよぉ。
「なにをしているのよ、掃除しているからどきなさい」
「お母さん、なにかしてほしいこととかない?」
「特にないわね、あ、課題はやってほしいかもしれないわ」
そういえばそうだ、現実逃避をしているわけにはいかない。
送られてくるメッセージに返事をしながらやっておけばまるで一緒にやっているみたい~、って、それは寂しすぎるでしょうよ。
「
「あ、はーい」
犬塚犬子って両親も随分思い切った名前にしたなあ。
……まあこの名前のせいで他者と関わることを減らして過ごしてきたからいいのか悪いのかよく分からないところだけども。
「あ、いま大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ」
どうやらお菓子を食べていたみたいだ。
ちなみに高校から出た課題はもう終わらせたらしい。
優秀かな? 未だにどんな子なのか分かっていないけど。
「いまから課題をやるところなんだけどさ、適当に話をしてくれているとありがたいんだけど」
「分かった」
ほぼひとりでいたから勉強は嫌いじゃないのがなんとも言えないところかもしれない。
だから意外と集中できてしまうのだ。
「犬塚さんは春、好き?」
「うん、一番好きかも、暖かくて落ち着くから」
「そうだね、ただベンチに座っているだけでもいい時間を過ごせるよね」
中学ではできなかったけど高校では放課後の教室に遅くまで残ってオレンジに染まる空を頬杖つきながら見ていたい、なんてことを考えている。
というか、意識してしなくても恐らく同じようにひとりになってそうする羽目になるだろうから気にしなくていいんだけど。
「よし、終わりっと」
「早かったね?」
「うん、一応現実逃避ばかりじゃなくやっていたから」
さて、あとはどうしよう。
こちらから頼んだのもあって終わらせるのもなんだかなあという感じ。
とはいえ、このまま通話していてもこの子にとって得なことがないから終わらせてしまった方がいいと考える自分もいて実に難しい。
「終わったのなら会おうよ」
「え? あ、いいけど」
「じゃあ近くの公園で集合ね、お金とかはいいから」
「分かった」
高校生になるのが嫌なだけで動くことが嫌ではない私としては構わなかった。
焼き肉に行った日はちょっと捻くれていたから冷たい対応をしてしまったところもあるわけだし、もし機会があれば次は合わせてあげないとなと考えた自分がいたのだ。
「あ、こっちこっちー」
「こんにちは」
「うん、こんにちはっ」
ああ、あのときは自分から参加したくせに自分でマイナスに考えて勝手に自爆してしまったことを恥ずかしく思う。
来たんだという発言だけであの思考はやーばいでしょ。
「可愛い服を着ているね」
「ありがとっ、この前お小遣いを全部使って買ったんだ」
「あ、だからそれでお金は持ってこなくていいと?」
「うん、それであの焼き肉代で余計にダメージがね」
彼女は違う方を向きながら「そのせいで来月はお小遣いなしですよ」と言った。
私は物欲というのがあまりないから金欠になるということがあまりない。
まあ……この前のあれは無駄遣いでしかなかったけど。
「ああ、明日から高校生か」
「自分が高校に通っているところを想像すると違和感しかないかな、あと、中学時代と変わらなさそう」
「それは分かるかも、私は一応部活に入るつもりだけど主にやることは結局勉強だからね」
マジか、高校でも部活をやるって相当好きなんだな。
きつく辛かった思い出しかないから死んでも嫌だよそんなの。
しかも高校の部活なんてそれよりも厳しいものになるのにすごい。
口にはしないがMなの? って聞きたくなるぐらい。
「さてと、それじゃあゆっくりしましょうか」
「そだね」
でも、昼食後ということもあって段々と眠くなってくる。
話すことは嫌いじゃないけど、一回一回が短い会話しかしてこなかったから続けるのも難しいんだ。
「ぐぅ」
「ん? 眠たいの?」
「今日はほら、勉強も頑張っちゃったから」
「えぇ、三十分ぐらいだけだったよ?」
それでもしていないときよりはしているんだから私からすれば頑張ったことと同じだ、だから疲れるのも無理はない。
あとね、平日ぐらいでいいんだよ勉強をやるのは、休みの日はしっかりと休むべきだと思う。
「優秀人間のあなたとは違うんだよ」
未だに名字も名前も知らないけど。
アプリのアカウント名は『M』だけだった、あ、Mじゃん。
女の子はフルネームで登録するものという偏見があった自分としてはなんだか意外だった気がする。
まあ彼女以外の誰とも交換していないからあくまで妄想でしかないが。
「ゆ、優秀なんかじゃないよ、四が多かったし」
「ふーん」
「あ、信じてないでしょっ」
頭がいい人はこういうところで絶対に認めないから分かりやすいんだ。
この子は絶対に頭がいい子で確定だ。
「あ、そういえば異性と付き合ったことってある?」
「えっ、なんで急に……」
「言えないなら別にいいけどさ」
なんか異性の友達がたくさんいそうだから聞いてみた。
どちらであったとしてもなにかに活かせるというわけではないが、女子同士ならこういう会話をするだろうから間違ってはいない……はず。
「あるよ、一回だけ」
「そうなんだ、どんな感じだった?」
「毎日が楽しかったよ、だけど別れることになったときはやっぱり悲しかったなあ」
振るならまだしも振られたらよりダメージが増える。
どちらかは分からないが、多分、この感じだと振られてしまったんじゃないかな――と考えてしまうのはどちらかと言えばマイナス思考気味だからだろうか?
「犬塚さ――犬子ちゃんはどうだったの?」
「え、なんにもなかったよ、異性と関わることもなかったし」
「そうだっけ? 毎日話している子がいなかったっけ?」
やっぱりそうだ、この子の中の犬塚犬子は別人だと分かった。
毎日話すことができる相手なんて同性ですらいなかったよ。
実は話すことが嫌だったのかもしれない。
マジか、いまさら気づいてしまったようだ。
「というかさ、私のことを知っているの?」
「知ってるよっ、三年間同じクラスだったじゃんっ」
え、そうなの?
じゃあ見ることができていてもおかしくはないか。
ただそうなってくると幻覚を見ているみたいだから心配になってくる。
クラスメイトがそんな状態に陥っていたりしたら流石の私でも心配になるからね。
「あっ、もしかして名字とかすら知らないんじゃないのっ?」
「うん、知らない」
「な・ん・で!」
だから在学中は一度も話しかけられなかったからだ。
話しかけられていれば私だって覚えようと努力をするはずだ。
それがなされていないということはそれがなかったということ。
私が一概に悪いというわけではない。
「もういい、犬子ちゃんが好きな呼び方をしてよ」
「なるほど」
この子は元気だから……。
「
「ま、まあ、犬子ちゃんと似たような感じでいいかな」
「うん、よろしく元子」
もっとも、高校に入学してからは会えないだろうけどね。
元子は部活に入るみたいだし、そもそも他校だから会えても夏休みの最後辺りとかそういうことが当たり前にありそうだ。
まあこうして知り合った以上、そうやって元気に生きていられているのかどうかを確認できればいいから気にしていないかな。
「ふぁぁ……眠たい」
「寝ていいよ? あ、足に乗っけていいよ」
「ありがとー」
おお、母のやつよりしっかり張りがあるっていうか、うん、とにかく素晴らしい感触だ。
そりゃ男の子もしてもらいたくなるよなって納得できるぐらいには素晴らしいものだった。
「んー! はぁ、もういい時間だねえ」
「そうだね、犬子ちゃんは楽で良かっただろうけどね」
「あはは、ごめんよごめん」
もうオレンジ色に染まるような時間になってしまった。
まあ、実際はそこまでオレンジではないんだけどと内で呟きつつ立ち上がる。
その後でしっかりお礼を言っておいた。
「元子、いつになるか分からないけどまた会おうね」
「うん、犬子ちゃんに会えるのを楽しみにしているよ」
最後に握手をしてからそれぞれの家に向かって歩き出した。
「なんで考えている場合じゃないな」
あまりにも外にいすぎてお母様に怒られるかもしれない。
なにも手伝わないうえに外で遊んでくる娘、うん、怒られるだろうなこれ。
残念ながらそういうのだけは簡単に想像できてしまうものだ。
だからそーっと、あくまで家にいましたよーという感じを出しながら家の中に入ったんだけども……。
「犬子、こっちに来なさい」
「はい……」
ソファに座ると母は私の前に立つ、滅茶苦茶圧がすごい。
この家の最強はお母様だから機嫌を損なえばどうなるのか、そんなのは言うまでもないことだった。
「あのね、どこかに行くのだとしても連絡をしなさいよ」
「はい……」
普段他人といないからスマホを使う機会も減って連絡をするという常識もどこかに消えてしまっていたのかもしれない。
「大体ね、帰ってから娘がいなかったらどれぐらい心配になるか分かっているの?」
「え、だけど家にいないことなんて多――」
「いまは春休みでしょ? あなたが家から出るわけがないと思っていたのにいなかったから不安になったのよ」
ああ、確かにそれは母の言う通りだ。
友達がいなかった私はどこかに遊びに行けるような仲間がいなかったし、ひとりで積極的にどこかに行くような人間でもないから考えなしだったことが分かる。
素直に謝罪をしておいた、そのおかげか母もそれ以上は怒ることなくいてくれて良かった
「誰と出かけていたの?」
「あ、焼き肉屋さんに行った日に一緒にいた子だよ」
「へえ、遊びに行けるような仲なのね」
「いや、元……あの子が優しいだけだよ」
明日から高校生だなんて言ったが、あくまでまだ四月になるというだけのところだ。
それでも彼女と会えることはないだろうから今日ああ言っておいて良かったと思っている。
GWだって部活に入っていればまともに休みがないだろうし、次は冗談抜きでいつになるのかなんて分からないわけだしね。
ただまあ最初のときはともかくとして、私はもう元子のことを気に入ってしまっていた。
そういうのもあって、いつでもいいからもう一度あの元気な姿を見られればいいなと考えてしまっている。
「高校では焦らずに過ごしなさいよ」
「うん、焦っても変わらないからね」
「友達ができるのが一番だけど、そこにばかり意識を向けなくていいわ」
でも、どうせなら友達がほしい気がする。
それで一緒に買い食いをしたりして仲良くわいわい過ごして。
中学時代と同じような過ごし方だけはとにかくしたくない。
さあ、私にできるだろうか?
とにかく自分の頑張り次第で良くも悪くもなるわけだけど。
「そんな顔をしないの、あなたらしくいればいいのよ」
「うん」
やめよう、考えれば考えるほど失敗に繋がる気がするから。
意識していたところで急になにかが変わるというわけではないんだから母の言うように私らしくいようと決めたのだった。
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