第6.5話 出会い2

 リシュラと睨み合っていると、ざわざわと喋りながら、同い年ぐらいの二人の子と引率しているような男が近づいてきた。

 ラクビー選手みたいな体格のいい男と、釣り目の同年代の男、もう一人は、同年代にしては、目に秘める意志が強そうな光を持っていた。


「いた、いた。約束の時間になっても来ないから、探したぞ」

「ああ、すまん。こちらの情報の方が優先度が上だったから」

「情報? こんなガキが?」


 釣り目の同い年と思う男にいわれた。


「ガキって……。粋がりだしたい年なのかしら」


 リシュラが応じた。


「あん? なんだと。ガキにガキといって何が悪い」

「だからガキなのよ。大人の対応を覚えなさいよ」

「なんだと」


 リシュラと釣り目の男子がにらみ合って緊張感が高まるが、そこにふと温和な声が入った。


「待て待て、まずは話し合ってみないとわからないだろう」


 引率の男が止めに入った。尖がった子をなだめて、こちらに向き直る。


「俺はマックス・ジャービス。ツンツンしているのはバシリオ・ケサダ。もう一人はレオン・ブノワ」

「初めまして。ユズキ・クミツです」


 頭を下げると。戸惑いながら、尖がってない二人に頭を下げられた。


「こっちがリシュラ・ロザートです」


 リシュラはバシリオと目が合うとツンとそっぽを向いた。


「とりあえず、座ろうぜ」


 マックスさんが仕切り出すが、リシュラが袖を引いて席から一緒に離れた。


「どうしたんだ。一緒に座れないってほど嫌ったか?」

「違うんです。リシュラは通路側でないと落ち着かないんですよ」

「ああ、そうか。じゃあ奥に失礼する」


 三人が奥に座った。リシュラは僕の隣で通路側に座った。

 店員さんを呼び、それぞれ好きなものをオーダーした。何人前食べるのかわからないほど注文をしていたが、それには触れず、僕はご飯は食べ終わるのでクリームメロンソーダを頼んだ。


「でだ、情報とは何?」


 レオンの声で静かな席が動いた。


「それは私から話そう」


 フェリクスさんが今までの話を三人にすると、三人とも難しい顔をしていた。


「マジか。そんなんじゃ、賞金首を追っている場合じゃねえな」


 マックスさんが呻いた。


「賞金首?」


 三人ともバウンティーハンターに見えなかった。軽装で銃など一つも持ってなさそうだ。


「ああ、これだ」


 マックスが一枚の紙を広げる。そこには、六人の顔写真が載っていた。

 見た瞬間、見なかったことにしたかった。思い出したくもない人物が載っていた。


「ユズキだったよな。知っているのか?」


 レオンが鋭い視線で見ていた。


「……会ったことがある」


 嫌々ながら答えた。だが、リシュラに頭を叩かれる。


「バカ。何しているのよ。A級指定の賞金首よ」

「僕だって会いたくてあったんではない。能力を試されたし」

「ああ、なるほど。アンタ、目立つからね。……というか、何で死んでないの?」


 リシュラに憐れむような残念そうな顔でいわれた。


「何でそうなるの? それに簡単に死ぬ気はない」

「あんなのに会ったのに死なないなんて、残念だわ」

「死ぬ思いもしたけど、生きるもん」

「ところで場所は?」


 レオンが瞳に強い意志をみせて、再び問いかけてきた。


「昨日の話だよ。もう移動しているよ」

「何かの手掛かりがあるかもしれない」

「ドームの北門の近く。でも、関わらない方がいいよ。全員が師匠クラス」

「それなんだが、能力者とはそこまでかけ離れているのか? 策を講じれば何とかなるだろう?」

「触れない方がいいよ。天地の差があるから」

「ユズキも能力者なのか?」

「そうだけど?」


 レオンにパスファインダーの資格者証を渡される。黒いのが、変わるのを見たいということだろう。しかし、リシュラに確認する。


「僕がやっても大丈夫?」

「ええ、高性能なチップが入っているだけで、能力の類はないわ」


 それなら平気かと、源気を注入する。カードの色は変わりマークが浮かんだ。図柄はフェリクスさんと同じ休んでいる鳥のようだった。


「これなら一人ぐらい捕まえられるでは?」

「二度と会いたくないんだけど……」


 カードを返すとレオンは無造作にポケットに入れる。大事な物ではないのかと疑問がよぎった。


「つうか、こいつら捕まえるのに五百万だぞ。五百万も投資しているんだぞ。諦められないだろう」


 マックスさんが吠えるようにいった。


「朱炎師団を相手に、一般人が手を出すのが間違いよ」


 リシュラが勘違いを指摘した。


「朱炎師団? こいつらが……。でも、師団なら、一般人でも問題ないだろう?」

「有象無象の信者ならね」

「どこが違う」

「この顔写真に載っているのは正規メンバーよ。本当の名はサラマンドラ。尻尾にから立ち上る火を抱えているトカゲがグループの象徴。師団なんて呼ばれているが、信者が勝手に組織しただけよ。まあ、こいつらのせいで忙しいんだけどね」

「詳しいんだな。どこかの諜報部か」


 バシリオが鋭い視線でリシュラを探っている。


「師匠のお手伝いで知った程度よ。パスファインダーなら、このぐらいの情報は当り前よ」

「ねえ、リシュラ。何で本当の名前があるのに、朱炎師団なんて呼ばれているの?」


 僕が尋ねた。


「アンタ。情報屋がいるでしょ。そっちに聞きなさいよ」

「金がかかるって」

「はあ、仕方がないわね。ここで食べた私の分はアンタが払いなさいよ」

「ここは私が持つといったはず。気にしないで欲しい」


 フェリクスさんがいい、ウエイトレスを呼んだ。


「そう。じゃあお言葉に甘えさせてもらうわ」


 アイスクリームを注文すると、リシュラは話し出した。


「普段は十人前後の小さなグループで活動しているわ。師団なんて呼ばれているのは、三日天下なんていわれている国盗りをしたことね。小さな国だったけど、革命軍に肩入れして、腐敗した王政を倒して、去ったのが始まり。それを三度ほど繰り返した時には大勢の信者がついていた。その信者達が朱炎師団を結成したのよ。しかし、サラマンドラの目的は王の持つ公庫のお宝が目的で、革命軍が国を立て直す資金になるはずの貯め込んだ資産ははなくなっていた。そのおかげで、今でも立て直せない国や他の国に吸収されて亡くなった国があるわ。だから、彼らは英雄のようにいわれているが、実態はただの泥棒。おまけにかなりの武闘派よ。この国にいるのは記念式典でお披露目される国宝が目的と推測されているわ」

「そのために、賞金稼ぎに情報が出回っているのか」


 フェリクスさんが考え込むように唸った。


「現状では完全に人手不足だからね。猫の手でも借りたいのが本音よ」

「……俺たちは猫の手か?」


 マックスさんが呆れたようにつぶやいた。


「そういう認識よ。手を引くのが妥当よ」

「ところで能力者には直ぐになれないのか?」


 レオンが身を乗り出してきた。


「短期間でなれるか、なれないかというと、可能性はあるわ。でも、危険よ。それに、式典には間に合わないわ」

「可能性があるのなら試したい。師匠を会わせてくれ」

「今は無理ね。師団とサラマンドラのせいで忙しいわ」

「関わっていない能力者もいるだろう?」

「残念ながら、紹介できるほど仲は良くないわ。それに肉体系の資格習得者なら資格を得たときには、能力者になっているはずなのよ」

「俺たちはルートを間違えたと?」

「そうね。試験会場にはどの位いた」

「八か月ぐらいか」

「短すぎるわね。早くとも三年はいるわ」

「だから、頭脳系のライセンスなのか。……でも、それでもすごいだろ」


 マックスさんが胸を張るが、皆に無視された。


「能力ってのは、少しずつ開花させていくのよ。急激な変化に体がもたないわ。こいつの場合は別だけど」


 リシュラが僕を指し示した。


「僕? ……確かにきつかったけど」

「どんな方法でなったんだ」


 レオンが獲物を僕へと変える。

 恥ずかしい修行内容なので顔が熱くなるのがわかったが、変に隠せばレオンが追及してくるだろう。無難な言葉になるよう言葉を整理して答える。


「……薬を飲みながらイリアさんに体を任せてたらなった」

「薬? そんな便利なものがあるのか?」

「いや、薬だけではなれないよ。ただ、補助するだけ。今でも飲み続けているもの」

「それでも、なれるのだろう? 薬を見せてくれないか」


 レオンの目が光っている。おそらく、解析するなり、飲むなりするのだろう。

 イリアさんからは誰にも渡さないばかりか、見せないようにいわれいる。それに一般人が間違って飲んだら死ぬ危険性があると聞いている。


「なれないし、無理。薬でも毒でもあるから」

「それでもいいから見せてくれ」


 さらにレオンの目が光る。


「ダメ。飲む気だから。死んだら困る」

「ちょっとぐらい、いいじゃないか?」


 レオンが前のめりになって迫って来た。


「ちょっとで死なれる方の気持ちを知って欲しい」

「エリクサーや仙薬の類か?」


 フェリクスさんが間に入った。

 レオンから解放されて、ほっと一息入れてから答える。


「よくわからないですけど、イリアさんの独自の調合らしいですよ。金や水銀は入ってないって」

「そうか。今でなくてもいい。いつか合わせてくれないか?」


 リシュラを見る。面倒そうな顔をしてため息を吐いた。


「面倒な理由でなければ紹介するわよ。ただ、薬のことは聞かない方がいいと思うわ。世に出すものではないと、封印していたものだからね」

「それを飲むと不老不死になるのか?」


 バシリオが僕にいった。


「さあ? 長寿になるとはきいたけど」

「おい、それでもすごいだろ」


 マックスさんが声を上げた。


「実証されてないから、わからないらしいですよ」

「ん? ユズキ。別に敬語にしなくていいぞ。かしこまられると居心地が悪い」

「ああ、私に対しても気にしないでいい」


 フェリクスさんがいった。


「うん。では、敬語なしにする」

「うん。それでいい」


 マックスさんは満足そうに頷いた。


「ところで、俺たちは手詰まりじゃないか?」


 バシリオが腕を組んで考えた結果の答えだろう。


「いや、能力者が二人もいるんだ。何とかなるだろう」


 レオンが応じた。


「ちょっと、私を数に入れないでよ。初対面よ。それに、やることあるんだから。それと、こいつを使うのはやめてよね。また、私達の仕事が増えるわ」


 リシュラは僕を指しながら否定した。


「協力してくれないのか?」

「当たり前でしょ。何考えているのよ」

「合理的に考えたのだが……」

「どう考えたら、そうなるのよ。頭の中身がみてみたいわ」


 リシュラが眉間にしわを寄せてレオンを見た。


「だが、ユズキを使うなとは何でだ?」

「トラブルメーカーなのよ。昨日だけで何個か作ったわ」


 昨日を思い出して、不愉快になる。でも、一つだけだと思う。


「具体的に何をしたんだ。見た目はおとなしそうだが」


 マックスが不思議そうにいう。


「軍情報部の機械機動部隊の一人をぶっ飛ばして、交通事故を起こしたわ」

「はあ?」


 皆の視線が集中する。


「正当防衛です」


 開き直ったら、リシュラに頭を叩かれた。


「交通事故は運よく怪我人が出なかったけど、情報部の人は重体。死にかけてるわ」

「え? そうなの?」

 心に不安のさざ波が立った。

 あの程度の攻撃で死の危険かあるのか?

 ライムントなら受けても衝撃を軽く流せる攻撃だ。本気ではない攻撃だったはずだった。


「全身装甲のスーツを着ていても、能力者の攻撃力なら貫通するわよ」

「突き飛ばしただけだよ」

「それでも重体。イリアさんが治療したみたいだから、問題ないけど」


 それをきいてほっとした。イリアさんの得意としている能力は修復と切断だ。あの力なら問題ない。傷と同時に衣服も修復するのだから。


「だから、こいつを使うのはやめてよね。ろくなことにならないわ。それから、お金が必要なら情報収集して売った方がいいわ。無理のない範囲でね」

「でも、それだけの力があるなら、捕まえられるだろ?」


 レオンがいう。


「無理ね。こいつより強い私でも、会ったら逃げるわ。それほど、力の差があるのよ。諦めなさい」


 それでもレオンは諦めた顔を見せなかった。


「じゃあ、私達は失礼するわね」

「おい。まだいいじゃないか?」


 マックスさんが立ち上がったリシュラを止めた。


「私が忙しいのよ。こいつは一人にさせると、ろくでもないこといいそうだし」

「僕もやることあるんだけど」

「なら、帰るわよ」

「イリアさんに会えるの?」

「何をいっているのよ。アンタは情報屋のとこでしょ。メールがさっきから何通も届いているわよ」


 携帯端末を見る。メールの着信が増えていた。


「その端末、本物か?」


 マックスさんが驚いたように声を上げた。


「これ? 何か変なの?」

「知らないのか?」


 うなずくと、また驚かれる。


「それはな、俺たちがパスファインダーになっても、手にできる代物じゃない。業績を上げた一部のパスファインダーしか手にできないものだ」

「そうなの?」

「普通の携帯端末と違って、年会費、使用料も桁が違う。なにより、ステータスが要求される。一般では成り上がった金持ちでも持つことができないらしい。政治家でも審査で弾かれる場合もあるからな」

「でも、これって、貰ったものだよ」


 マックスさんが呆れた様に肩を落とす。


「それ違うから。……譲渡はできないから」

「そうなんだ。……何で、僕が持てるの?」

「知りたいのはこっちだ!」


 納得できない顔で見られたが、納得できないのは僕も同じだった。

 後継人が七宝神宮の偉い人の名前になっているからだろうか。それとも。イリアさんが保護者だからなのか。どちらにしても、審査を通るほどのステータスやお金があるとは思えなかった。


「だからいったでしょ。こういう奴なのよ。仲間に引き込むのは進めないわ」

「なるほどね。でも、面白そうな奴だ。連絡先ぐらい知っていてもいいだろう?」


 レオンが興味深そうな顔でいった。


「まあ、それは本人にきいて」


 視線が向けられた。


「今やることがあるから、手伝えないけど、番号は教えるよ」

「そうか。では、皆で交換するか」


 携帯を持ち寄り番号を登録していく。レオンとマックスさんとフェリクスさん。そしてなぜかアイヤさんの番号を手に入れた。バシリオは知らない顔をしていた。


「リシュラはいいのか?」


 マックスさんが携帯を出さないのを心配したようだ。


「ええ。必要ならこいつに聞くわ」

「ところで、ユズキの用とは何だ」


 フェリクスさんに尋ねられた。


「ん? 人探しだよ。ジュウゴっていうの」

「そうか、顔写真はあるか? 見かけたら連絡する」


 携帯端末を操作して情報屋から貰った最近の写真を見せた。


「わかった。もし、見つからなかったら、私が力になろう。これでも、失せ物探しは得意でね」

「そうなんだ。もしもの時は頼みます」


 マックスさん達は僕の携帯の事で話し込んでいたが、リシュラが席を立った。


「じゃあ、ごちそうさま」


 リシュラが軽い感じで挨拶して、手を振って背を向けた。


「ごちそうさまでした」


 フェリクスさんが手を上げて応えた。

 僕も席を立って、リシュラを追いかけていく。


「また、後でね」


 静かにしていたアイヤが手を振っていた。

 手を振り返して店を出た。


「さてと」


 歩道に出るとリシュラが手足を伸ばしてストレッチしていた。


「何しているの?」

「見ての通りよ」

「ふーん。それより、これからイリアさんの所に行くんでしょう?」

「行かないけど、追って来ないでね」

「……なぜ?」

「教えてやらない」

「ふーん」


 歩き出したリシュラの後を追っていく。

 ずんずん突き進むリシュラの後を追い速足で歩く。次第に、繁華街から遠ざかり、人通りがまばらになった。


「さっきいったこと、もう忘れているの?」

「知らない」

「あ、そう」


 リシュラは急に走り出すと、六階建てのマンションに向かって跳んだ。能力者なら十メートルぐらいは軽く跳躍できる。その跳躍力で、器用に三角跳びの要領で、反対側のマンションを蹴って飛び上がると、屋上へと消える。慌てて同じように飛び上がりマンションの上へと上ったが、リシュラはすでに二つ先のマンションへと走っていた。距離を離されたが、マンションに飛び移った。屋根から屋根に飛び移りリシュラの後をなぞる様に追跡していく。しかし、その先では器用に家々を渡り歩くリシュラの背中があった。負けずと後を追うが追いつかなかった。それでも、背中が見える限り後を追うが、地の利が違うのか、練度の差なのか、地力が違うのか、わからないがリシュラの背を見失ってしまった。

 せっかく、幻夢の蝶が教えてくれたチャンスを逃してしまった。自分の不甲斐なさが嫌になる。


 しかし、いつまでもリシュラが去って行った景色を見ていられない。やるべき事に頭を切り替えた。

 携帯端末を開いて、メールをチェックする。イリアさんやジュウゴの叔母さんのメールはない。情報屋からのメールしかなかった。

 読み進めていくと、新しいメールになるほど、怒りの度合いが増えていた。怒られるいわれはないはずだが、直ぐに来いということだけは確かなようだ。

 モノレールに乗り、情報屋のマンションへと向かった。

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