第6話 出会い

 蝶が舞っている。どこかのわからないが、誘うように一つの木の下のベンチに向かう。追うように後をつけていく。ベンチの上に一度留まると、そのまま上空へと上がっていく。真上の太陽を目指すかのように飛んでいく。追うように体を空中に踊らせると、さらに、蝶は上り続ける。追って上り続けると、下に駅と線路が見える。蝶はさらに上ると、空中に留まった。両手で優しく包むように蝶を囲むと、蝶はその手に留まりかすむように消えていった。残ったのは広大な景色だけだった。


 目を開ける。周りを見るとホテルの部屋だった。夢だった。おそらく、幻夢の蝶。後継人になっているおばあちゃんの術だろう。困ったときに開けなさいといっていたお守りを見る。蝶の意匠が夢の中の蝶と似ていた。だが、開ける必要はなかった。その代り、携帯端末を開いてアプリケーションを起動し、夢で見た場所を探した。


 夢と同じだと錯覚を覚えたショッピングモールの入り口付近のベンチで、何かを待ち続けた。夢では日が一番高かったので、正午の一時間前から座っている。

 人の出入りが激しいが、ジュウゴに会えるとは思っていない。だが、イリアさんか、リシュラ。ジュウゴの叔母さんのレイカさんなら会えるかもしれない。しかし、人の流れを見ても、それらしい人は見つからなかった。その代り、携帯には情報屋から直ぐに来いとメールが来ている。待ち合わせがあると断っているが、何度もメールが来るので怒っているようだ。


 正午を過ぎて三十分ほどたった時、通りを歩いているお兄さんと呼ぶような年齢の美形の男が、僕を見て驚いていた。その隣には同い年ぐらいの女の子が並んでいる。

 お兄さんが驚いた顔から怒った顔になった。

 危険を感じて反射的に能力を開放すると、何かを感じ取ったのか男は身動ぎしたが、直ぐに持ち直しバックを担ぎ直して、真っ直ぐ歩いてきた。


「なぜ、あの時、直ぐに逃げなかった!」


 あの時とはサソリ模様が付いたパワードスーツとの一戦の事だろう。だが、声は同じだが確認が必要だ。


「あなたは誰ですか?」

「誰ではない。聞いているのはこっちだ!」


 すると、傍らの女の子が男の袖を引いた。


「お兄ちゃん」


 周りの視線がこちらに注がれていた。


「ああ、すまん」


 男が怒りを収めるが、険しい顔で見ている。


「フラッシュバンが光った時、なぜ逃げなかった? パワードスーツといえども遮光フィルターが下りるため、一時的に見えなくなるはずだ」

「無理でしたから。能力者は見るでなく、観るだから」

「……何をいっている? あれが能力者だと?」

「そうですよ。パワードスーツを着ている意味はわかりませんが」

「レベルの低い能力者なら当然では?」


 首を傾げる。能力者にパワードスーツが必要など耳にしたことがない。


「僕の師匠レベルでしたよ。空間に壺中天の穴を開けましたから」

「壺中天だと。嘘の類ではないのか?」

「実在してますが」


 ポーチを広げてみせる。入り口には靄が掛かって中身が見えない。そこから、懐刀を取り出した。明らかにポーチのサイズに収まらない長さの物を取り出すと、男は考え込む。そして、答えが出たのか僕に真剣な目で見る。


「……昼食は済ませたか?」


 意外な言葉に驚きながらも、首を振って否定した。


「ご飯にしよう。奢る」


 女の子に視線を移すと、女の子は微笑んでうなずいた。


 レストランの席に着くと、美形の男が女の子に不思議そうに問いかけた。


「やけに機嫌が良いな。何かあったか?」

「タロットが当たった。内容は秘密」


 嬉しそうに答えていた。


「そうか。それより自己紹介がまだだった。私はフェリクス・ラウタサロ。こちらはアイヤ・ラウタサロ。従妹になる」

「ユズキ・クミツです」


 ぺこりと頭を下げる。


「こちらこそよろしく頼む。で、早速だが、先の話を詳しく聞きたいのだが」


 アイヤさんに服を引っ張られ止められる。


「オーダーが先」

「ああ、そうだな。何でも好きなものを頼んでいい」

「ジャンボチョコレートパフェ」


 アイヤさんは満面の笑みで答えた。


「主食を頼みなさい」

「主食になります」


 アイヤさんがしれっといい放った。


「ちゃんと食べないと、育つものも育たないよ」

「ぶー。じゃあ、後で食べるからいい」


 アイヤさん一人が文句をいいながらも、皆と注文を済ませた。ちなみに僕はハンバーグステーキを注文した。


「ユズキ。尋ねたい事が多いが、まず、能力者の定義は何になる」


 ふと、思考する。出てきた答えは簡単なものだった。


「人間をやめた人かな?」

「人間をやめる? 何かの比喩か?」

「そのままの意味だと思いますよ。体自体が変質するらしいですから」

「らしい? 一般に呼ばれる能力者とは違うのか?」

「同じと思いますよ。……式、または式使いを知っていますか?」

「確か陰陽道の使い魔と、その使役者ときいている」

「表ではその通りですが、裏の意味では違います」

「裏?」

「隠語ですね。式は『識』、または『至鬼』と呼ばれています」


 携帯端末を起動し、そこに書き示した。


「識は呪術や魔術の知識や術者を指し、至鬼は一般にいう能力者を指します」

「鬼に至るという意味か。では、鬼になった者の代償が銃弾さえものとはしない肉体を持つと」

「おそらく、そうですね」

「君も同じと思うが、やけに他人事に聞こえるが」

「なりましたが、力を持て余している上に、何ができるか、よくわからないんですよ」


 能力を目覚めさせ、成長させた師匠であるイリアさんからは、少しずつ教えるね、といわれ、出来ることが少ない。そればかりか、知識も穴だらけだ。


「そんなにも簡単になれるのか?」


 当時を思い出し顔が熱くなるのがわかった。あんな方法で能力者になったなど恥ずかしくていえない。


「何かあったのか?」

「いえ、恥ずかしい話なので」

「そうか。話が戻るが、あの紫のパーワースーツは至鬼の能力者か?」

「そうですね。ただ、邪魔になるパワードスーツを着ている意味がわかりませんが」


 思い出しても、パワードスーツを着ていながらも纏っている源気は異常なほど力強かった。


「邪魔になる? 足りない力を補っているとは?」

「そんな能力者はみたことがないです。周りはパスファインダーばかりでしたが」

「私もパスファインダーだが」

「えっ?」


 驚いて改めてフェリクスを観る。オーラの流れが歪で漏れている。一般人だ。能力者ではない。パスファインダーのイリアさんは源気が漏れず、均等に体包むように巡っている。


「パスファインダーなら能力者ではないのですか?」

「私は魔術を使うが、能力者ではない」

「最低限の力だと教えられましたけど」

「資格証を持っている。これがそうだ」


 見せられたカードは黒一色で隅に番号が書いてあっただけであった。イリアさんに見せてもらったのは、真っ黒ではなく、青い下地に羽を広げた鳥のような白いマークと文字列があった。


「以前、見せて貰ったことがありますが、ちゃんとマークなどがありましたよ。本物ですか?」

「ああ。正式に発行されたライセンスだ。世間では第二のブラックカードとかいわれているが、違うのか?」

「僕が見たのは、違いますね」

「何が違いますね、よ。調子こいてんじゃないわよ」


 背後からの突然の怒った声に振り返ると、リシュラが歩いて来た。だが、いつも怒っているので気にしない。


「あ、いた。イリアさんは?」


 目の前で立ち止まると、返事の代わりに頭を拳で挟まれてグリグリしてくる。


「痛いって、つうか、本気で力を入れるな」

「痛いのは当り前よ。あんたのせいで、こっちはあんたがやった事後処理に付き合わせれているんだからね」


 文句をいいながら、さらに力が入れられ頭が締め付けられる。抵抗するも離す気はないようだ。


「なに? 事後処理って、何もしてないよ」

「何もしてないだと、昨日、一日で何したか忘れたとはいわせないわよ」

「ちょっと、手違いがあっただけだよ」

「何が手違いじゃ」


 グリッとさらに力が籠められ、痛みが走る。


「痛いって。グリッっていった」

「うるさい。それとこれはメールの件もあるわよ。まな板って何よ? それをいういうなら洗濯板じゃないの?」

「洗濯板って何? そんなの売っているの?」

「あるわよ。このおバカ」

「取り込み中、悪いが話を聞きたいのだが」


 フェリクスさんが間に入った。


 最後に力を込めて捻り上げられると、投げ捨てるように突き放した。座席の上に倒れると、リシュラに尻を足で押してスペースを作られ隣に座られた。


「悪いけど、隠語を使うような話よ。話せない内容ばかりよ」

「それでも、きかなければ後悔する。話せる範囲でいい。教えてくれないか?」

「じゃあ、カード渡して」


 フェリクスさんが渡そうとするが、リシュラは受け取らない。その代り、未だ痛くて頭をさすっている僕を見る。顎で指示する。取れと。

 仕方なく、フェリクスさんからカードを取り、リシュラに渡す。


「わざわざ、ユズキを挟む理由は?」

「気にしないで」


 リシュラがとぼけている。仕方なく僕は説明する。


「単なる男性恐怖症。かけられた能力を解けば関係ないけど」

「余計なことをいうんじゃない」


 べしっとリシュラに頭を叩かれた。


「能力? 魔術や呪いの類とは違うのか?」

「ちょっと違う。能力者の個性の一つ」

「能力者の個性? 話が見えんな」

「例えば、浄化に特化しているとか、感染に特化しているとか、そんな感じです」

「なるほど、生まれつきの個性か。長所でもあり短所にもなる能力の偏りか」

「たぶん。例外もありますが」

「その場合は、他の能力者と、どう変わる?」

「おにいさん。それより、このカードのこと知りたいんじゃないの?」


 リシュラが間に入った。


「悪い。知らないことばかりなので気になった」

「そう。じゃあ、見せるわね」


 リシュラがカードに源気を流す。流した指の付近から色が変わり、見覚えのあるカードに変わった。パスファインダーのライセンスだ。しかし、マークが少し違う気がした。羽の形と枚数が違った。イリアさんのは羽ばたくように広げてあり、羽の数が多かったが、これは羽を休めているように見えた。


「本物ね。でも、これは頭脳労働者向きね」

「どういうことだ?」


 フェリクスさんが怪訝な顔で答えた。心外だといいたいようだ。


「パスファインダーとして資格があるけど、冒険家や開拓者など肉体労働者向きではないということよ。オークションに出せば、このカードだけで億は超えるから、売った方がいいわ。それを元手に事業を起こせばいいから」


 リシュラにカードを渡された。返せという意味だろう。受け取ると直ぐにフェリクスさんに渡した。あのカード一枚が億単位のお金に化けるのかと思うと、気軽に受け渡しするのに気が引けた。


「能力者ではないからなのか?」

「それもあるけど、単位の取り方が悪いわ」

「単位は後にして、その力はどこで習得すればいい?」

「師匠を探すのが一番早いかしら。それか……あれね」

「師匠以外に何がある?」

「それは部外秘よ。必要としている人以外にはいえないわ」


 リシュラは隣に座るアイヤさんに視線を向けた。

 部外者とはアイヤさんらしい。


「なるほど。……では、君達の師匠に会わせてくれないか?」


 リシュラは少し考え込む仕草をすると、僕を見て首を振った。


「こいつのせいで、無理ね。仕事もほっぽりだして、遊びに行くほどだから」

「なんで、僕のせいなんだ」

「あんたのせいで、お姉ちゃんが苦労しているのよ」

「お姉ちゃんって誰? それより、迷惑かけてないよ」

「そう思っているのは、あんただけよ。軍情の機械機動部隊員にケンカを売ったのは誰よ」

「そんなことしてないよ」

「あんた、カメレオンをぶっ飛ばしたでしょ。そのせいでイリアさんが謝罪しにいったわ」

「あれって、軍の情報部なの? 何で追ってきたの? それより、イリアさんは、何で電話に出ないの?」


 リシュラが唸った後、ふと、何かを思いついたのか笑った。嫌な笑みだ。


「あんたに飽きたのかも」


 いやらしく笑うリシュラを睨む。


「……本当は?」

「今、いった通りよ」


 リシュラは睨まれらながらも、楽しげに受けながら笑っている。

 リシュラの携帯端末が鳴った。リシュラは慌てて携帯端末を開くと、中身を読む。メールのようだ。


「もう、何でなのよ。甘すぎでしょ」


 再度、携帯が鳴った。新しいメールのようだ。リシュラは中身を見ると携帯相手に怒った。


「もう、最悪」

「何をいっているの?」


 リシュラが慌てて否定する。


「なんでもないわ。とにかく、イリアさんはあんたのせいでも忙しいの。私も会ってないんだから。それに私がここに来たのは余計なことをいわせないため。能力者に関係する事柄を含むから」

「その話では私はまだパスファインダーと認められていない?」


 フェリクスさんが口をはさんだ。


「違うわ。能力者についての知識を必要としている人にとって、こいつの話は当てにならないから」

「つまり、情報をくれると」

「ええ、必要最低限だけど」

「それでも助かる」


 その時、料理が運ばれてきた。


「君も何か頼むといい。情報料としては安いが」

「じゃあ、遠慮なく。イチゴミルクパフェを一つ」


 配膳ロボットが料理を配膳し、改めてオーダーを受け取ると去っていった。


「いただきます」


 僕がいうと、リシュラが手を伸ばしてハンバーグステーキのポテトを奪っていった。


「食べたかったら、頼めば?」

「ちょっと食べたくなっただけ、頼むほどではないわ」

「本当に男性恐怖症か?」


 フェリクスが不思議がっていた。


「こいつは別、男とも女とも思ってない」

「なるほど、家族ということか」

「それはやめて。想像しただけで死にたくなるわ」

「不思議な関係のようだ。詮索しない方がいいか?」

「ただの弟弟子よ。それ以上もそれ以下でもないわ」


 フェリクスさんがズイっと前に体を傾ける。


「なるほど。早速だが師匠になってくれる人を教えて欲しい。または、師匠になれるほどの人物を教えて欲しい」

「方向性によるわね。例えば、単に強さを追い求める人や各種職業のスペシャリストなど色々いるわ」

「私はこれでもバウンティーハンターをしている。その方面の人はいないか? それと、できれば一般人にも指導してもらえるとありがたい」


 そういってフェリクスさんはアイヤさんを見る。

 理由はわからないがアイヤさんも能力者にしたいらしい。


「……賞金首稼ぎね。バウンティーハンターならいるけど、どうかしら。アホを二人抱えて、手が余っているとは思えないんだけど……。ちなみに名前はレイカ・クキ」

「有名人だな。確か、大手警備会社の会長だろう。相手にしてくれるのか」

「普段は別に作った会社でバウンティーハンターらしく犯罪者を捕まえているわ。それと、指導してくれるかは気分次第ね。それと、女性だから男性の修行に詳しいかわからないわ」

「アイヤだけでも教えてもらえないか?」

「どうかしら、素人を一から育てるには時間がかかるし……。それに社員として入っても厳しいと思うわ。私と同い年ぐらいでしょ?」

「ああ、今年で十三になる」

「だったら、無理ね。学校に行けといわれるわ」

「君達は違うのか?」

「能力者になったからね。体育の授業で世界記録を出したらダメでしょ。だから、通信教育よ」


 本当の話は男性恐怖症で通えないというのが、イリアさんから聞いていたが、黙っておいた。その代り文句をいう。


「ところで、アホ二人って誰?」


 わかっているが、抗議した。


「アンタとレイカさんの従弟のアレのことよ。当たり前でしょ」

「その中にリシュラは入ってないのか? というか、入っているだろ」

「一緒にしないでよ。不愉快だわ」

「どっちが」

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