第5話 紫の不審者

 地面を見ながら億劫な気分と共に足を動かす。そして、情報屋の家へ続く道を歩いていく。


 依頼が失敗した今では情報屋にいって、仲介料込みでどこかに依頼を出さねばならないだろう。そうなると、使う金額が跳ね上がる。だが仕方なのかと思い直して歩いていく。モノレールに乗れば早いのだが、そんな気分ではなかった。


 日の沈みかける夕時、逢魔がおうまがときというべき時刻に似合うように、目の前に全身装甲のパワードスーツを着た人が立っていた。紫の装甲にサソリの意匠を付けている。


 立ち止まり見ていると、相手は空間に白いもやを作り、そのもやに手を突っ込んだ。

 壺中天の上級の技だった。下級は他人が作ったものを使用することができ、中級では物に対して製作し、使用する。上級は見た通り、どこにでも穴を開けて使える。

 かなりの上の能力者だ。しかも、そこから出してくる鎖が、驚きを超えて恐怖心を駆り立てる。一見、ただの鎖だが、大きな気配を醸し出している。宝具や神器には及ばないが、それなりの業物だ。おそらく、能力で作られたものだろう。

 能力者が作った物なら、自分の手に余る可能性がある。なぜなら、能力で作るのには、確信に近いイメージと、それを物質化させる大量の源気がいる。聞いた話ではイメージで観想しただけの非物質のものでも、ビルの地下三階から一階まで貯まった大量の地下水を引かせることができたらしい。そんな力があるものが物質化しているとなると、何が起きるか分からない。


 慌ててリュックの中のポーチから懐刀を取り出す。こっちは、神様に奉納するために作った二振りの内の一つだ。もう一つは奉納されている。刀は鍛冶屋と共に僕の源気を注入しながら作った神具だ。本当か偽物かわからないが、使った素材は精神感応金属のヒヒイロカネらしい。

 ポーチをベルトにくくり、リュックサックを道端に投げ捨てると、殺気が飛んできた。反射的に能力を開放して横に跳ぶと、今までいた地面に鎖がめり込んでいた。

 懐刀を抜き、前に出る。鎖が独りで跳ねて踊った。慌てて避けると、追尾するように鎖が伸びてくる。


 刀で切り払う。キンッと金属の弾ける音が鳴った。

 鎖は独りでに蛇の様に鎌首をもたげ、足元を狙ってくる。足を引き態勢を入れ替えながら避け続ける。

 刀で弾くより態勢を維持しながら体術でかわしていく。しかし、鎖は変わりなく執拗に足元を狙ってくる。まるで踊らされているようだ。

 試すような攻撃に戸惑いを感じながら避け続けると、いつの間にか鎖に囲まれていた。


 鎖が引かれ体を巻きつくように迫ってくる。無理やり脱出するために目の前の鎖を刀を振り下ろした。だが、刀は弾かれ、鎖に体を巻き捕られた。

 鎖が纏っている源気を霧散させていく。捕縛用の能力の様だ。だが、源気を練り上げ気殻を強化する。強制的な源気の霧散が終わる。そして、体に触れている鎖は少しずつだが、鎖の能力を上回った浄化能力により溶け始め霧散していく。

 思った通り、源気を編み込んで作られた鎖のようだ。溶けた具合から壊せると判断し、刀に源気を流し込み集約し、相手から続く鎖に切り込んだ。


 弾かれるのを抑え、無理やり切り込むと、鎖は硬いバターを切る様に断ち切れた。しかし、体に巻き付いた鎖は独立して、なおも体に巻き付いている。

 相手は切れた鎖を手元に戻すと、こちらの行動を待つかのように立っていた。僕は源気を練り上げ気殻を押し広げると、鎖がさらに溶けていく。そして、無理やり力で鎖を千切った。


 相手は空間に壺天中のモヤを作る。指でクイッと呼ぶと、鎖が集まる。そして、壺の中に投げ入れた。

 ゆっくりとだが、近づいてきた。

 刀を目の前に構えて、いつでも反応できるように肩の力を抜き、腰を落とした。

 相手は一気に距離を縮める。あっという間に間合いに入った。突き出された拳を左腕で受け流し、足払いを後方に跳んで避ける。


 その時だった。


 ダダダダダダッ


 発砲音だろう。相手の体に弾が襲い掛かっていた。しかし、無意味だった。相手は能力者。おまけに全身装甲に包まれている。銃弾は装甲に当たり弾けるだけだった。


「逃げろ!」


 物陰から男の声がすると、背後から強烈な光が瞬いた。

 しかし、逃げなかった。いや、逃げれなかった。


 相手は能力者。目で見るだけでなく、目をつぶっても観ることができる。

 その証拠に的確に頭を狙って、回し蹴りが襲い掛かて来た。両腕でブロックするが、跳ね飛ばされる。さらに追い打ちとばかりに追いかけながら、右ストレートが顔面を狙うが、クロスした両腕で受けた。衝撃に負けて後退した。そこに、さらなる蹴りがくるが、その蹴りは鈍った。

 パワードスーツが能力者の運動能力に耐えきれなかったのだろう。バキバキと嫌な音を立てている。そのため、蹴りは簡単に避けられた。

 そこで、反対の軸足を狙って蹴りを入れると、防御されたがパワードスーツが再度、嫌な音を立てて半壊した。


「逃げろ!」


 発砲した者は見えなかったが、その方向に向かって叫んだ。

 そして、走りながらリュックサックを拾って逃げた。


 道の角を曲がる時、目の端で相手を見た。相手は濡れたズボンを破って脱ぐように、絡まったパワードスーツを剥がしていた。


 それから、どれくらいを走っただろう。いつの間にか夕日は落ちていた。

 パワードスーツの相手はやはり師匠と同じぐらいの能力者だろう。会う前に化け物揃いの能力者たちを見てなかったら、満足に動けなかったと思う。自分は弱いと感じる。手加減されていたようだったからだ。本当なら武器など使わずに、体術だけでも制圧されただろう。相手の意図が分からない。交通事故を起こしたカメレオンと関係がある可能性が頭に浮かぶ。しかし、別の関係者の可能性もある。そして、ジュウゴと関係があるのかも疑問だった。

 モノレールを乗り継ぎ、ホテルへと向かう。たまに尾行がいないか確認し、Uターンして遠回りして帰った。

 いるのか、いないのか、わからない尾行者を気にしながら帰ったが、それらしい気配はしなかった。


 ホテルの部屋に入るとベットの飛び込む。一日で色々あり過ぎた。頭の整理もできず、眠気が襲ってくる。だが、何とか眠気を振り払い寝るための準備に取り掛かった。

 ポーチから水晶を取り出し、四つ纏めて源気を注入する。漏れ出るぐらいになったら、線を繋ぐイメージで四つを繋ぐ。そして、そのまま、一つ一つ、部屋の隅に置いた。それから、部屋の真ん中で両手の手の平に源気を集め、柏手を打つ。一気に広かった源気が、結界内を満たし、本来持っている浄化能力と共に部屋の雰囲気が綺麗になった。

 結界が完成すると、今度こそ眠ろうとベットに倒れこんだ。

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