第1.5話 東から西へ

 この惑星、ガイヤフォーでは人類は頂点に存在しない。

 空には龍が存在し、特殊指定生物として生物学者も接触不可な生物がいる。その龍は星龍といい東洋の龍そのままの姿で羽もなく飛んでいる。その飛行方法は斥力を発生していると通説になっていて、惑星の公転に影響を及ばしていると考えられている。つまり、一年が決まっているのは、龍が惑星に干渉して正しい公転軌道を維持していると、世界的に公式見解として通っているからである。実際、龍の道と呼ばれる道が惑星に刻まれている。


 そんな龍の食料は体格に見合った大型の肉食生物であり、その肉食生物の食料は大型草食生物や小型の肉食動物である。

 原生林では日夜、弱肉強食の掟に従い、食うか食われるかの生存競争が行われ、人間はその競争の中では生きられない。


 なぜなら、この星は大き過ぎた。人間など小人でしかなかった。山の上に巨大樹があり、見上げても幹と葉に隠れて全体が見えない。原生林では巨大ビルが立ち並んでいるように樹木が立ち並んでいる。そのような環境の中では発見されている生物は巨大である。発見されている一番大きな蟻の全高が人間と一緒なのだから。


 そんな世界では人類はちっぽけで外敵に危険にさらされ続けている。そのために科学を発達させ、汎用型多脚式戦闘機や戦闘用パワードスーツなどを開発した。一方、別のアプローチとして能力者が存在する。


 肉体を環境に対応させるために人の霊的可能性を追求し、霊的変化と共に肉体を変異させたもの達だ。それが一般に呼ばれる能力者であり、その最たる者達が『パスファインダー』と呼ばれている。

 その能力は様々だが彼らのお陰で人類の生活圏は広がり、少しずつだが広がり続けている。だが、生活圏を取得したとしても、その内の海、山、森などは調査が行き届かず、危険地帯も多数存在する。そのため、移動は高速のものが推奨される。もちろん、外敵から逃げ切るために。


 僕は高速艇に乗り込むと、窓の外を覗いた。最後まで見送るつもりなのかハクスイがいた。こちらに気付いたのか、和服の袖を押さえ手を振っている。手を振り返すとお辞儀した。

 お腹の呪いさえなければ完璧な人だと思うが、本人が呪いの浄化を拒むので手を出してない。おそらく理由があるのだろう。その理由は知らないし、きいていいものかわからない。次に会うようなことがあったら、その呪いが解ければいいと思った。


 高速船は離岸するとゆっくりと方向を変え、少しずつ速度を上げ波を超え進んでいく。窓から外を覗くと、カモメというには大きすぎる渡り鳥が、船を珍しそうに集まって並行して飛んでいた。しかし、それも短い時間で終わった。急に逃げるように高度を上げ飛び去ったからだ。

 海面を見ると船と並航するかのように大きなヒレが海上から突き出ていた。船は刺激しないようにか、一定速度を保ち進むが、大きなヒレを持った海中生物が速度を上げ船を追い越した。

 室内に警報が鳴った。


「近くの手すりにお掴まり下さい。障害を避けるため、急旋回、および急加速します」


 突然のアナウンスにほかの客が動揺するが、それを無視するかのように船体は軋むように動いた。

 前の座席に付いている手すりを掴みながら外を見ると、二十メートルを超える二匹のサメが水面から跳ねていた。サメは行動に何の意味も掴めず、船は加速して離脱していく。


「申し訳ありませんが、安全のため、高速航行を続けます。手すりから手を離さず、シートベルトを外さないで下さい」


 そのアナウンスを最後に港が近くなるまで、解除のアナウンスはなかった。


 三十分もしないで空港近くの港に着くと、そのまま直通のモノレールに乗り換え、空港に入った。しかし、ハクスイに渡されたチケットの番号を見てもそれらしいゲートを発見できず、案内係の女性に尋ねた。チケットを見せると女性は驚き、さらに顔とチケットを何度も見直している。


「お客様、このチケットはお客様のチケットで間違いありませんか?」

「はい。そうですけど?」

「うーん……。はい。わかりました」


 なにか諦めたような顔をして案内をしてくれた。そして、灰色の扉の前で足を止めた。


「こちらになります」


 どう見ても作業用の扉に見えた。扉が開くと滑走路が目の前に広がった。右を見ても左を見ても滑走路が目に入る。あまりの滑走路の広さに驚いていると、案内係の人にクスッと笑われた。


「こちらがお客様が搭乗する長距離用ジェット戦闘機なります」

 指し示された方向を見ると、格納庫から無骨な灰色の戦闘機が見えた。

「あれですか?」


 戦闘機を指し示すと、うなずかれた。


「はい、目的地の西端、アーメリゴ連邦共和国まで三時間ほどで着きます」


 人類の生活圏の東端から西端まで今日中に着けるようだ。逆に言えば人類の生活圏が狭いともいえる。惑星の一割どころか三パーセント未満らしい。


 その場でリュックサックの荷物の中を簡単にチェックして、危険物がないか調べられた。


「大丈夫です。では、私の後に続いて降りてください」

 いわれるまま、階段を下りて戦闘機に近寄った。

「緊急の客は誰だい?」


 パイロットスーツを着た短髪の軍人らしき人が来た。


「こちらの方です」


 案内係の人は視線で示した。


「子供? Gに耐えられるのか? それに子供用のパイロットスーツなんてないぞ」

「能力者用のチケットです。おそらく大丈夫かと」

「この年で能力者か。常識が疑われるな。……まあいい、仕事は仕事だ。ブリーフィングを始めるぞ」


 何人かの大人達が集まり、それぞれ専門用語を交えながら話し合いを始めた。人間の支配領域といえど危険生物が飛んでいるからだろう。

 その話し合いの間、作業服を着た整備士らしい男性に手伝ってもらって後部座席の乗り込み、ヘルメットや色々物の使い方を習い、諸々の注意を受けた。

 パイロットが乗り込むと、慌ただしく人々が動き、心の準備もできないまま戦闘機は移動し滑走路に止まった。


「坊主、準備はいいか?」


ヘルメットもマスクもぶかぶかで、シートベルトは形だけとなった。ないよりマシな感じだ。背丈が小さいので外が見れず、席に配置されているモニターからしか見れないのが残念だ。


「たぶん大丈夫」

「良いと言うまで口は閉じとけよ。舌を噛む。Gに耐えられなくなったら指定したボタンを押せ」

「はい」

「行くぞ」


 機体が振動し始めて、モニター越しに見える人が旗を振ると一気に加速し始める。

 加速に耐えるため能力を開放し、身体能力を上がると楽になった。

 いつの間にか空に飛び立ち雲に向けて機体が高度を上げていく。後部座席で各モニターを見ると地上の建物は点としか映らなかった。さらに加速して雲の上に出る。そしてそのままさらに加速し高度を上げていく。一時間ほど経った頃だろうかふと体が軽くなった。


「弾道飛行に入った。もう喋ってもいいぞ」

「はい。……あれって星竜ですか?」


 モニターに小さく龍が映っていた。斥力を持ち公転軌道さえ変えるといわれる特定指定生物だ。小さすぎて東洋の龍としか判別できない。


「ああ、ちょっと近すぎかもしれないが、問題ないだろう。ところで体の方は大丈夫なのか?」

「大丈夫ですけど。何でですか?」

「子供の上、パイロットス-ツもなしにGに耐えられるのかと思ってさ」

「そうなのですか?」

「普通はな」

「普通はですか……」


 その後しばらく雑談というか戦闘機のあれこれを聞いていたが、降下に入り雲を抜けると打ち切られた。

 パイロットの雰囲気も違い、緊張している。ワイバーンのテリトリーの近くを通ることになったからだ。モニターで確認すると、険しい山を囲むように何匹の飛竜が警戒しながら飛んでいる。しかし、飛竜にしては恰好悪く、トカゲに羽が生えたような飛竜だった。


「思ったより、北に進出しているな。唐突に加速するからな。能力とやらを開放しておけ」

「了解ー」

「緊張感ないな」

「飛べないトカゲはただのトカゲだって、師匠が目の前で倒してましたよ」

「……そうか……」


 パイロットはそれ以上何もいわなかった。

 機体はテリトリーを迂回するように飛行経路をとっていたが、テリトリーを外れていた一匹に目をつけられた。そして、ワイバーンは火の玉を放つが、加速していく音速を超える戦闘機の前では意味がなく、遥か後方へと火の玉は流れていった。


「おー。すごい」


 加速中にもかかわらず、思わず声が出た。

 機体は加速し続けてワイバーンをやり過ごした。


 空港に着くと、能力者は何なのだと、パイロットが愚痴をこぼしていた。加速によってかかるGをものともせずに、ちょっとはしゃぎ過ぎたのかもしれない。とりあえず、目的地に着いたので、礼をいって立ち去った。だが、ここからが問題だった。スカイタワーという雲を突き抜ける電波塔を中心とした都市、ニューワイズは初めてで右も左も分からない。仕方がないので、ライムントに電話した。


「ん、ユズキか?」

「うん。ニューワイズには着いたけど、この先どうやったら情報屋に会えるかわからない」

「メールはしたか?」

「したけど、返信は住所だけだった。行き方がわからない」

「ん? 何を言っているんだ? その携帯端末ならナビに繋がるだろう」

「え? ……知らない」

「説明書読んだか? ネットに繋がるのは当たり前だろう」

「あの千ページを超えるマニュアルなら見てない。量が多すぎる」

「あのな、流し読みでもいいから読んどけ。とりあえず、よく使う機能を説明しておく」


 空港のロビーで説明を聞いた後、四苦八苦しながら何とか設定してネットに繋げた。

 この携帯端末はかなり高性能らしく、指定のアプリケーションを押すと、粒子が吐き出され端末をノート型に構成する。7S粒子といい、人間の五感を再現できる。粘土のように自由に形を変わり、画面のように発光したり、音を出したり、キーボードのようにボタン代わりになる。その他に、粒子の量を増やす機械があれば、全身にまとわせて、バーチャルリアルティが体験できる。


 映し出される画面を指で押すとぷにぷにと癖になりそうな感触が返ってくる。蛇足だが、嗅覚と味覚に関係する開発は出来ていたが、発売当初に不興を買って鳴りを潜めている。衛生上の問題があるらしい。その点、触覚は性的な方面に人気が出て、ネットで、エロいアプリケーションが爆発的に増えたらしい。そして、エロが技術の進化を進めると叫ばれたらしい。そのため、未成年のサイト制限が強化され、ネットの面白さが半減したらしい。


 ナビゲーターのアプリケーションを起動し、検索欄に指で住所を書き入れる。直ぐに検索結果が出てきた。

 しかし、このネットに繋げられるのを早く知っていれば、東の宮での辛さは和らいだだろう。

 返信のメールには住所しか書かれていなかったので、若干の不安を感じながらも、ナビゲーターのルート案内をみる。どうやらタワーを中心に四つに分けた西の住宅街のようだ。


 スカイロードというAIの決めた空の道を浮遊式の車が飛んでいる。タクシーにしようか考えたがやめた。いくらするかわからいからだ。素直に、モノレールを乗り、東部地区からドームへと向かう。そして、タワーを囲むドームの外周部を回わるモノレールに乗り換え、西部地区に入いる。それから、また乗り換えて郊外の駅で降りた。

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