第2話 情報屋
集合住宅街なのだろうか、背の高い同じ形のマンションが並んでいる。主婦と思わしき人が立ち話をして、その周りに
小さい子が走り回っていた。
歩きてたどり着いたマンションの一室のインターホンを鳴らした。
「どちら様で?」
「トマト商会から紹介を受けたセバス・チャンです」
ライムントから聞いている合言葉を返したが、符丁を聞いた時、情報屋の性格を疑った。
「今日は私服?」
「フォーマルです。執事ですので」
もちろん私服を着ているが、符丁なので、そう答えたが、わけがわからない。そんな感想とは別に鍵が開いた音がした。
「入っていいよ」
ゆっくりと覗き込むように扉を開けた。すると、目の前に四十代と思われる男性が立っていたが、無視をして脇をすり抜けて中に入って行く。
「おいおい。無視かい?」
人のいる気配がなかったから押し入った。目の前にいたのは、スピーカーといわれるショウケース会場の受付などでよくいるロボットだった。しかも、首だけを百八十度回転させてロボットは話した。それに顔だけでなく首の皺も精工にできているため気味が悪かった。
「スピーカーでしょ? どこにいるの?」
「ロボットだからって無視しないで欲しいな。それに僕は、ここには居ないよ。僕は情報屋だからね。顔を見せるのは特別な人物だけなのさ」
「そうなのですか?」
「そうなんだ。まあ、そのまま真っ直ぐ入って、リビングのモニターの正面のソファーに座ってくれたまえ。飲み物は冷蔵庫にあるよ」
玄関から真っ直ぐ続く廊下を進み扉を開けるとリビングだろう。机とソファーが並んでいる。
L字型に並んだ一番奥のソファーに大人の女性型ロボットがこちらを向いて座っている。そのロボットに促されて、巨大なディスプレイが掛かっている壁が正面になるように並んだソファーに座った。すると、ディスプレイが発光しニューワイズの俯瞰図を映し出した。
スカイタワーと呼ばれる十三番目の塔を中心にドームが囲み、その外側に町を形成している。その町は東西南北に大通りで区切られ、環状道路という幾つもの輪に囲まれていた。
「飲み物は何がいいかしら?」
女性型のロボットが口を開いた。
「……同じ人でしょう? なぜ口調が変わるのですか?」
何となく、同一人物だと勘が働いたのでいってみた。
「精神は肉体の玩具だって、どこかの偉い人がいっていたからかしら。あんまり意味はないわよ」
どうやら、勘は当たっていたが、情報屋にとって些細であるようだ。女性型ロボットは冷蔵庫から適当に缶ジュースを取ると、机の上に二つ置いた。
「どうぞ」
「ありがとうございます。……えーと、名前は何ですか?」
「マキナと呼んで」
「じゃあ、マキナさん。早速だけど、ジュウゴの事を教えて下さい」
「現状では情報不足だけど、簡略して進捗を報告しましょう」
目の前のディスプレーの画面が変わる。右下の隅にタワーを中心とした地図が映り、その一角が点滅している。そして、画面一杯に街の一角の俯瞰図になるだろう四角い箱が並んでいる。
「この場所で、君の探している少年の携帯端末の信号が途絶えた所よ。西部地区の中心から西に行ったダウンタウンね。ここで発信履歴も君を最後に途絶えている」
女性型ロボットを見て先を促す。
「その後の足取りは掴めていないわ。完全に隠匿されている。近くの監視カメラをすり抜けて、壊れた携帯以外の痕跡を残していない」
「なぜですか?」
「何通りか予測できるけど、余程の手練れかしらね。わざと破壊された携帯端末だけ残し、足跡を消している」
「居場所はわかってないのですか?」
「ええ、期待に答えられなくてごめんなさいね」
期待していただけに落胆した。電話に出た後、直ぐにでも動けばもっと違った結果になったかもしれない。でも、今更だろう。後悔しても、現状は変わらない。
ロボットを見ると人間みたいに申訳なさそうにしている。
「でも、携帯をわざわざと残したとなると、生きている可能性が高いわね。追跡できる特定の探索者を待っている可能性が高いわ。理由は不明だけど。現在は手を広げて監視カメラから対象を探しているわ」
「そう……」
天井を仰ぎ見て自分にできることを探す。だが、良いアイデアなんて一つも浮かばなかった。
「がっかりしているようだけど、まだ、始めたばかりよ。落ち込まないで」
「……うん」
「それで、君が来たので、人海戦術を使って探すことにする。マンパワーね」
何を言っているのか理解できず、ロボットに視線を送るとウインクを返された。作り物の顔の上、わざとらしい仕草に何ともやり切れない気持ちに包まれた。
「これから君にあるチームに会って、依頼して欲しい」
「僕が?」
「ええ、そうよ。私が仲介に入ると経費が掛かるし。ケチらないと。君、お金持ってなさそうだしね」
確かにお金は持っていない。携帯端末をいじって銀行の残高をみると、世界共通通貨で三千万以上あった。
何のお金だろう? イリアさんが入金したのか? 一切の覚えがなかった。しかし、ジュウゴを救うなり、探すには金が必要だ。 このお金を使うことを決心する。後で減った分は、イリアさんに相談するしかないだろう。
「今日はもう帰りなさい。長旅で疲れたでしょう。明日から動いて貰うから、今日はゆっくり休みなさい」
「……どこで?」
「……ホテルでも、どこでも」
どうすればよいかわからず首を傾けると、ロボットがため息を吐いた。
その夜はマキナにホテルの泊まり方を習い、指名された綺麗なホテルに泊まった。
マキナさんの情報では、西部地区の大学が多い学生街に、そのチームがいるらしい。名前は『白い翼』という大学のサークルである。しかし、それは表の顔で実態は高等科の生徒を含むスカイライダーという暴走族らしい。
彼らが使う全身装甲型パワードスーツは、強化外骨格とも言い、運動能力を向上させ、関節や筋肉を保護する。そして、全身装甲は内部に緩衝材が入っており、衝突や落下による衝撃から身を守ってくれる。
それを着たスカイライダーとは、スーツの足の裏に加速式ローラーブレードを装備した違法の暴走族である。深夜に壁を登り、風を切りながら屋根の上を家から家に渡り滑る。恰好はいいが、迷惑な人々だ。
しかし、『白い翼』はローラーブレードを付けず、身体能力を高めパワードスーツの限界を引き出し疾走を目的にする集団で、その世界では有名であり一線を超えているらしい。しかし、ローラーブレードを付けないため嘲笑されている一面もある。
よく考えたらパワードスーツでマラソンしているだけだから。
そんな考え事をしながら、ホテルで朝食をとっていた。彼らに会うのは大学の講義が終わった夕方になる。
また、欠伸が出る。
理由は満足に寝れなかったからだ。浄化能力を持つゆえ引き、暗闇に光がともるように陰のものを寄せてしまう。普段なら結界を張って魑魅魍魎から身を守って寝るが、昨夜は違った。宮では建物自体に結界が張ってあり、気にすることもなかった。だが、昨夜は気づかずに寝てしまった。
あまりの寝苦しさに起きたのは深夜の二時だった。普段は閉じている能力を開放すると、黒い靄がまとわりついていた。
触れると不快なだけでなく、源気も奪われる。寝ている間も身を守らなければならなかった。
体の周りに源気を纏うように『
朝食を食べ終えると、荷物を漁る。自分で書いた符が何枚かあったが、これを使うには用途が中途半端に思えた。やはり、結界を張るしかないのだろう。携帯端末を操作し、水晶を置いてある店を検索した。人工で作られた水晶では力が弱いので、天然ものを置いてあるだろう店をリストアップしていく。提示されている値段を見ると、やはり高い。しかし、必需品と思って金銭を渋るのを諦めた。
モノレールに乗って北部地区に向かう。様々な店が並び、マニアックな物から一般的な物まで取り扱っている道具街がある町の駅で下りる。ルートガイドに従い人ごみの中を歩いていく。イルミネーションされた街道沿いの樹木や、どこからか聞こえる陽気な音楽が流れている。
民族衣装なのか様々な格好の人が行き交い、世界共通語ではない言語が飛び交っている。観光客なのだろう。変わった玩具を手に取り、楽しげに談笑している。そんな観光地を離れ、裏通りに入っていく。そして、問屋と小規模の店が並んでいる一角に入った。
目的の店はパワーストーンを扱う店だ。早速、一軒目を探し当て入る。キレイにしている店で様々な石が並び、小さな石は台の上に区分けされて敷き詰められている。
「いらっしゃいませ」
女性店員の声が響く。店員が笑顔で見ていた。普通の店はロボットがほとんどなのだが、問屋であるためか、人が接客していた。
店内の客は僕一人しかいないので、何となく気まずい。どうしようか考えて、応えるように声をかけた。
「水晶を探しているのですが、ありますか?」
「これなど、どうかしら?」
中央の台の区分けされて敷き詰められている親指ほどの水晶を指で持ち掲げた。
あっても困らないけど、結界として使うには小さすぎた。
「もっと大きなものはありませんか?」
手で大きさを示すと店員は難色した示した。
「こちらになりますね」
店員に壁際の一角に誘導された。
十二センチほどのちょうどよい高さの六角柱の水晶が並んでいる。値段は高い。小遣いで買う値段ではなかった。
しかし、必要なので我慢して水晶に手をかざす。源気を当てて相性が良いか確かめた。反発がなく、源気が素直に入る二つを手に取る。だが、あと二つ足りない。
「これと同じサイズのものは、まだ、ありませんか?」
「ありますけど、お金は大丈夫?」
「大丈夫です」
腰からリールを伸ばしてポケットの中の携帯端末を見せた。お財布代わりだからだ。
店員の顔色が変わった。驚いている。ホテルでのチェックインでも同様に驚かれたが、この携帯端末にどんな意味があるのだろう?
そんな疑問を他所に、店員は台の下の引き出しを引き在庫を出す。
「こちらで全てです」
先と同じように水晶をチェックして足りなかった二つを見つけた。一つの店で探し切れてよかったと安堵する。水晶探しに転々と探しに行きたくなかった。
「この四つを下さい」
「はい、かしこまりました。梱包しますので、少々お待ちください」
店員はレジの横で、水晶一つ一つに緩衝材を巻き始めた。
退屈なので小さい方の水晶を見る。何個か相性が良いのがあった。何かに使えるかもしれないと、レジに持っていく。
「お待たせしました」
店員が品物が入った袋を出した。
携帯端末を操作した後、読み取り機に当てる。電子音が鳴り会計が終わった。
「こちらの小さい方はサービスさせてもらいました」
「ありがとうございます」
「またのご来店をお待ちしています」
店員の満面の笑みで見送られた。
ドアが閉まると深く息を吐き出した。5万もかかった。快適な睡眠のためとはいえ、散財だった。これなら、ゲームソフトが10個ぐらい買える。必要だとはいえ、高い買い物だった。
歩いて駅に向かう途中、公園に寄った。荷物をリュックサックに入れるためだ。
リュックサックを開けて、手のひらより少し大きいサイズのポーチを取り出す。これは『壺中の天地』という壺の中に仙境という別世界が広がっている仙道の技を、道具入れという異空間に仕立てたものだ。名前は『
浄化能力は呪い、つまりのろいやまじないも霧散させるから、その手の道具は限られている。下手に呪具や神具を触れられない。呪具は触れると、施されている術が解け、神具は逆に過剰に反応して壊れることもある。
ポーチを開き、中に買った水晶を入れる。これでかさ張らず、重い思いをせずにすんだ。
ふと、リュックの中からハクスイに渡された封筒が目についた。チケット類はないが、中を見ると地図が書いてある紙があった。
どうやら、宮の出張所らしい。ここに泊まるように書かれていたが、嫌な予感がしたので見なかったことにした。
昼食に何を食べるかネットを見ながら考える。この国でよく食べられるハンバーガーはボリュームがありすぎると聞いたので見送る。近場の飲食屋を調べると、膨大な数が上がった。頭では処理しきれないので、適当に指をさして情報を拡大させる。だが、拡大された飲食店の写真を見て、静かに閉じた。高級レストランに行く勇気などない。仕方がないので、近場のラーメン屋を探して昼食とした。
変わったラーメンというか、ラーメンと呼んでよいのかわからないものを食べた。緑色の麺は違うだろうと頭をひねる。つけ麵ではなく、スープを麺にソースの様にかけるのは最早別の食べ物だ。味はまあまあだったので良しとするが、文化の違いをまざまざとみせつけられた。
打ちのめされた様な気分で、道の端にあるベンチに腰を下ろす。ペットボトルのジュースを飲みながら、ネットを検索する。夕方までまだ時間がある。ジュウゴが襲われた場所を見ておきたかったが、マキナさんによって止められている。僕の浄化能力が痕跡を消す可能性があるからだという。痕跡はないといっていたが、能力者が探す痕跡は、普通と違うということだろうか?
朝のメールには最低限の指示しかなかったが、いつの間に能力を知ったのだろうか? 疑問が尽きない。それに、そんな疑問には答えてくれそうもない。あまりにも素っ気ない上に、他にも気を割いている感じがする。おそらく、この件は抱えている仕事の一つということだろう。だから、自分ができることを考える。だが、一つとして良い案が浮かばなかった。
ふと、街の喧噪の中で気になる会話が耳に入った。
ネットで検索する。会話の通り、建国三百周年で式典やパレード、秘蔵の品が展示されるようだ。
町の様相がイルミネーションなど浮かれている雰囲気なのは、記念式典のせいなのかと納得した。さらに検索すると、汎用型二足式戦闘機がドームの東西南北のゲートでお披露目されている。
これは見たい。いや、見ておかなければならない。
そう思うと、近場の駅へ向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます