タッチストーン(試金石) ~試金石は人類を試す。ゆえに死は国をも亡ぼす~

氷河じん

第一章 探索 一部

第1話 宮勤め

 僕はすずりに筆を沈め、毛筆に墨を染み込ませる。そして、慣れた手つきで筆先を整え、長方形の紙に筆を置く。それから、神代文字と学んだ文字とも記号とも判別できない文字列を慣れた速さで書き、幾何学模様を足し始めた。


 七宝神宮。通称、『東の宮』といわれる極東の島国の一つの島に来てから、一か月で何千枚と書いた符だった。


「ユズキ様。今日はここまでです」

 ハクスイに止めるよう言われた。


 符に浄化能力が持つ『源気げんき』が入らなくなっていたのだろう。改めて見ると文字から放つ力がなくなっていた。


 やっと終わりかと思うと全身から力が抜ける。


 源気がなくなるとは、隠語が元気で、表の意味でも裏の意味でも、名の通りで気力がなくなる。他の言い方だと、気、または精気、オド、マナ、生命エネルギーである。しかし、広い意味だと全ての物質に宿るエネルギーらしい。パワースポットの自然エネルギーが代表に挙げられる。身近では電気も同じようだ。


 僕はここ一か月の苦行の一つが終わり、筆を置く。そして、だるくなった体を畳の上に転がした。


「書きかけの符はきちんと処理してください」

 ハクスイは言った。


 ハクスイがしかる時の声色は母より怖い。怒りを内に秘めて笑顔で言う。それが怖い。

 渋々、体を起こし、符に丸を書いてバツを書き、区切った所に点を四つ足した。そして、あらためて寝転がった。


「お疲れ様です。ユズキ様、お上手になられましたね」


 僕は付き人とはいえ、年上の女の人から様付けで呼ばれるのは慣れなかった。だが、褒められるとちょっと嬉しい。

 しかし、新しく付けられた名前が女らしいのは納得できない。


「なんで、ユズキって名前なの?」

「知りませんが、姓名判断で良い名前だったのでしょう。よくお似合いですよ」


 ハクスイは邪魔な和服の袖を手で押さえ、木の箱に丁寧な手つきで今まで書いた符や書道道具を片付けている。


「男っぽくない。また、女と間違えられる」

「そうかもしれませんね」


 くすくす笑うハクスイに抗議の目を向けた。


「怒った顔も可愛いですよ」


 納得いかないが、改名に対する抗議は不発に終わり流された。だが、本名がよいかといえば、考えるところだ。


「ところで、これって何に使うの?」

 符を指して問いかけた。


「そうですね。お守りから破魔まで。用途は持ち主しだいかと」


 僕は言われた通りに書いていただけで使い方など知らなかった。つまり、自分で書いておきながら、理解していなかった。

 通称、『宮』では、いわれたことを何も考えずにやってただけだった。いや、覚えることが多すぎて、考える暇もなかったとも考えられる。しかし、一番の理由はやりたくなかったから、考えるのをやめていたというのが本音だろう。


「……ねえ、帰ってもいい」

 片づけをしているハクスイの手が止まった。


「どちらにお帰りになるのでしょうか? ここがユズキ様のお家ですよ」


 何度も繰り返したやり取りに、以前と同じようにハクスイは答えた。

 もう、実の家には帰っていない。初等部を卒業してから義務教育である中等部に通っていない。小中一貫校なので、本当なら中等部になって学校に通っているはずだった。しかし、その通りに進学せずに学校をやめた。なぜなら、今では世界が一変してしまったから。


 通称、能力者。


 霊能力が開花し、さらに仙人ともいえるような力を身に着けてしまった。人であって人でない。人が踏み込んではいけない領域に踏み込んだからだろう。見た目は何も変わっていないが、中身は全く別物らしい。

 特に問題なのが、その中で特異な才能が開花してしまったからだ。


『浄化能力』


 一言でいえば、そうなる。しかも、それに特化した能力で制御できないと物騒な能力になる。居るだけで、浄化され成仏を願う不浄霊が集まりだし、周囲の環境が悪くなる。その不浄霊につられてよくないモノも集まりだし、場が悪化する。そして、自殺者や殺人事件がおきると教わった。


 存在自体が害になる。


 ただし、その力の使い方によって良くもなる。そのために東の宮で働きながら、力の制御の仕方を覚え、正しい使い方を学ぶ。そして、人様の役に立てるために腕を磨く。それが宮にいる意味だった。しかし、その言葉は納得できるが、東の宮に居たくなかった。


 僕は仰向けのまま与えられている部屋を見渡した。

 居場所があるが、旅館に泊まっている。そんな違和感がある。

 まず、建物が新築した和風の平屋である。天井の木目の板張りを通るのは傷一つない渋い柱。そしてイグサの香りがする畳敷きの部屋をふすまで仕切り、玄関から室内までも全てが和風で統一してある。しかも、ほこり一つないような綺麗な部屋。まるでそれは金が無ければ帰れといわれそうな潔癖さだった。

 その上、ネットも引いてなければ、テレビもない。持ち込んだゲームも飽きてきた。楽しみといえば、宮にあるオカルト本の読書と、ライムント・バルテルとの格闘技の稽古ぐらいだ。ライムントは力いっぱい殴っても蹴っても、受けたり受け流したりして遊んでくれる。それぐらいだ。とてもではないが、馴染めないし、馴染みたくはない。


 突然、携帯端末の着信音が鳴った。


 付き人のハクスイを見ると、ハクスイは黙ってうなずいた。それを確認してから、通話のボタンを押した。


「もしもし」

「シオン、俺だよ俺、ヤバイことになった叔母さんに連絡し、ガキィ、……ツー、ツー、ツー、」

「……もしもし」

 突然の破壊音と共に切れた電話に話しかけたが、声は返ってこなかった。


 戸籍上では死んだことになっているにもかかわらず、電話をかけて寄こす上に本名を知っていた。かなり焦っていたが声の主はジュウゴだと確信した。

 折り返し電話をかけると留守番電話サービスに繋がった。即座に切り再度かけ直す。しかし、何度やっても同じだった。


「ハクスイ、どうしよう?」

 僕はハクスイに言った。

「どうされたのです?」

 電話の内容を話すと、保護者に連絡するべきといわれた。


 確かに師匠とも鬼教官とも思っているジュウゴの叔母さんは、バウンティハンターという賞金首を捕まえる仕事をしている。危険なら何とかしてくれるかもしれない。

 ジュウゴの叔母にあたるレイカ・クキに電話をかけた。しかし、留守番電話サービスに繋がった。


「どうしよう? 繋がらない」

「時間を置いて後でかけましょう。その前にイリア様にかけてはどうでしょうか? 同じ都市の近辺にご自宅があります」


 携帯をいじってイリア・ロザートに電話をかける。だが、繋がらなかった。今度はジュウゴの電話をかける。しかし繋がらない。


 ふと、イリアが保護者しているリシュラ・ロザートの顔を思い出した。しかし、手が止まる。思い出すだけでムカつくからだ。何かと突っかかる態度で、チビだの、お豆だの、アホだの言う。しまいには、ナイフを投げてくる。だが、状況を考えると相手を選んでられなかった。


 仕方なく電話をかけた。しかし、繋がらなかった。


 それから、三十分ほど携帯電話と格闘したが、どれも留守番電話サービスにしかつながらなかった。


 僕はハクスイを見た。

「何とかならない?」

 僕はハクスイに助けを求めた。


「少々お待ちください」

 ハクスイは部屋を出ていった。だが、話し声が聞こえてくるので、誰かと通話をしているようだ。


 三十分ほどすると、ハクスイは戸を開けて帰ってきた。

「ご友人のジュウゴ・クキは生きていると推測できます」

 ハクスイはいった。


「推測?」

 僕にはハクスイのいうことがわからない。


「はい。宮の関係者に未来視と過去視ができる人物がいます。その者がジュウゴ君がさらわれるのを過去視で観ました。それに、未来視でもジュウゴ君は生きています。なので、現在も生きています」


 金の宮にいる能力者の力だろう。未来視ができる能力者はそこにしかいない。


「どれくらいの確率?」

「わかりません。これは私の想像ですが、バウンティーハンターのバイトをしているのと関係があると思います。今はこれ以上のことはわかりません」

「探しに行っていい?」

「ダメです。危険です。専門家に任せるべきです」

 ハクスイはずいっと顔を近づけた。


 ちょっと怖い。


「でも、その専門家につながらない」

「でしたら、私の方で専門家を探して依頼します」

 僕はライムントに相談しようと思った。



 僕はジュウゴのことが気になるが、ここでは出来ることがない。国が違うからだ。

 モヤモヤを抱えながら、ライムントのもとに向かった。

 日課となっていた格闘技の稽古に向かうのには早い。だが、話があるのだ。早くて問題はない。


 細い山道を駆ける。そして、山を一つ越えて道場の裏手に出るのだが、今日はお客さんがいた。本当なら、今日は勘弁して欲しいが見捨てられない。

 熊がシカを連れて道の横にいた。

 また、呪いの実験体にされたようだ。


 呪術とは、『呪い』と書くように、『のろい』と『まじない』の二つの意味がある。魔法でいうところの黒魔法と白魔法だろう。のろいは攻撃に、まじないは癒しと大雑把にくくれる。だが、まじないだけでは呪術は極められない。のろいもできて一人前となる。そのための実験対象として、人だけでなく動物にも向けられた。


 その実験対象にされたシカを、山の主である大きな熊が、呪いを解除してもらうために連れてきた。


 この熊は最初は呪われて暴れていた。僕は知らずに通ったために殺意を向けられた。だが、稽古をつけてくれるライムントに助けられた。

 宮の高官の未来視で事前に連絡があったようだ。ライムントは連絡をもらって待ち構えていたらしい。


 倒された熊は息があったので、呪いを浄化して源気をつぎ込んで熊の体を活性させた。熊は持ち前の体力で死ぬことはなく生きて山の中に帰っていった。


 その後は、僕が山中を通ると、時々、果物を持って顔を出すようになった。そして、実験体にされた動物を連れてくるようになった。その度に僕は浄化している。

 野生のシカのため、直接は触れないはずだが、クマが「ガルッ」と唸ると、シカが前に出て頭を下げた。僕はその頭を触って源気を流す。浄化の源気が体に行き渡るとのろいは消えていた。


 シカにペロッと頬を舐められた。

「ガルッ」

 クマが唸った。

 クマは頭を何度か縦に振ってから、シカと山の中に帰っていった。



 僕は山中を走り道場の裏手に出た。

 クレーターのように凸凹した地面が広がっている。ここがライムントとの稽古場だ。

 歩きづらい場所である。しかし、踏み込んでできるクレーターのため仕方ない。誰も整地しようともせず、雑草さえも生えていない。芝生を生やそうとしても意味がないし、必要なかった。


 ライムントは能力者となった時に知り合った。ライムントは『パスファインダー』という能力者の資格持ちなので、一年間は試験会場で奉仕期間だがヒマを持て余しているらしい。そのため、顔を出すたびライムントは嫌な顔をせず、楽しそうに稽古という遊びに付き合ってくれる。


 今日も気配を感じたのか、似合わない東洋系の道着を着てライムントが裏口から現れた。


 僕はすぐにジュウゴのことを相談した。


「おいおい、パスファインダーならよくある話だが、一般人で、それはないな。多分、何かに巻き込まれたのだろう」


 ジュウゴが巻き込まれた理由は思いつかない。そもそも、何に巻き込まれたのか判断できなかった。


「何に巻き込まれたのかわかりますか?」

「情報が少なすぎてわからない。ただ、手を打つ必要があるのはわかる。途中で途切れた電話には危険だから助けてくれ、という内容だろう? ならば、急いで手を打つ必要がある」


 今更ながら理解した。ジュウゴが危険な状態であることに。


 バウンティーハンターという賞金稼ぎを目指しているから、多少は危ないことをしていると思っていた。だが、そのジュウゴがよほどのことがない限り、遠く離れている人間にまで危険を伝えることはない。そうなると、かなり危険な状態かもしれない。あの携帯電話の切れ方も気になる。


「どうすればいいの? 連絡もつかないし、宮からも出られない。どうすればいい?」

「まあ、焦るな」

 ライムントに真っ直ぐな目をして肩をがっしり掴まれた。


「いいか。まず、一つ目。宮から出られる。お前の意思で出て行けば強引に引き止めはしない。それと、二つ目。今からでは最終便の船に間に合わない。だから、今夜は明日に備えて荷物をまとめておけ」

「出られるの?」

「ああ」

 ライムントが自信を持って答えた。


「そうなの? でも、後見人のおばあちゃんはダメって」

「それは昔の話だ。今なら力の使い方はわかるだろう」

「うん、少しだけど」

「それなら、問題ない。オレを相手に遊べるのだから。……でだ、これからのことだが、こっちで手を打っておく」

「何をするの?」

「まず、宮に一言入れておく。それから、ちょうどいい情報屋がいる。そいつに頼む。そいつに今回の仕事をしてもらう。荒事の向いてる。ただし、依頼人はあくまでお前だからな。その点は注意しろ」

「それで大丈夫なの?」

「ああ、今やれることはこれくらいだ。だから、慌てず構えていろ。明日から忙しくなるからな」

「んー? でも、行ったことない街だよ」

 一人目の師匠であるイリア・ロザートはその街に住んでいる。しかし、行ったことはなかった。


「それについては心配するな。その情報屋には話を通しておくから」

「……うん」

「まあ、俺のほうからも、言い含めて連絡するから問題ないだろう」

「……うん」


 初めての土地に、初めての人探し。ライムントが紹介してくれる情報屋。どれも、不安があった。僕にできるのかわからない。

 漠然とした不安が残るが、そんな気持ちをよそにライムントは携帯端末をいじっている。おそらく、情報屋に依頼しているようだ。


 しばらくすると、携帯端末を閉じた。

「これでよし」

 ライムントは僕に向き直った。


「修行を始めるぞ。どうせ帰っても、素直に寝れないだろうからな」

 ライムントは距離を取る。そして、構えて誘うようにクイクイと手で合図を送ってきた。

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