礼志18 帝陵拝謁

司馬懿しばいはその遺言で「皇帝以外が先帝の陵墓に参拝してはならない」とした。司馬師しばし司馬昭しばしょうは遺言に従った。司馬炎しばえんは司馬昭、司馬師の陵墓には臣下を参拝させたが、司馬懿の陵墓には参拝させなかった。司馬衷しばちゅうの代に至り、再び臣下の陵墓参拝は取りやめられた。


晋の東遷後、元帝げんていが死ぬと、諸公がその陵墓に参拝した。これはおそらく彼らに取り元帝が皇帝と言うより、ともに苦楽を乗り越えた同胞という意識が強かったためであろう。とはいえその友愛の情を優先するのは、明らかに西晋時代とは異なった方針である。


成帝せいていの時、皇后(おそらく成帝皇后の杜氏としではなく、明帝めいてい皇后の庾文君ゆぶんくん)が毎年明帝陵を参拝。ただこれは識者により非禮に当たると判断され禁止となり、以降は例外のなきように、とされた。


とはいえ穆帝ぼくていの時代には、康帝こうてい皇后の褚蒜子ちょれいしが臨朝及び参拝。この点はまだまだ幼い皇帝の代理であるから仕方がない、という結論に至った。


孝武帝こうぶていが死ぬと、弟の司馬道子しばどうしが命じる。

「いま、陛下が未だ元服なさっておらず、わしが陛下の代わりに国事を取り仕切っておる。ならばこの一年に限っては、わしが年始の陵墓参拝をなさればなるまい」

とはいえその参拝は服装も、やり方もでたらめであり、まるで礼にかなっていなかった。


桓玄が東晋朝の実権を握ると、いとこ桓謙かんけんを通じ、安帝あんていに上奏させる。

「臣下らが陵墓を参拝するようになったのは東遷以後のこと、もともと晋では禁じられていたことです。だのにいつの間にか有名無実化されておりました。武帝の詔に基づけば、諸侯諸王ですら陵墓に参拝させてはならぬ、とあるのです。どうして百官の参拝が許されましょう。武帝陛下のみことのりを遵守すべきであると考えます」


この上奏は採用されたが、桓玄が劉裕により打倒されると、再び東晋元来のルールに戻った。




晉宣帝遺詔:「子弟羣官,皆不得謁陵。」於是景、文遵旨。至武帝猶再謁崇陽陵,一謁峻平陵,然遂不敢謁高原陵。至惠帝復止也。逮江左初,元帝崩後,諸公始有謁陵辭陵之事,蓋由眷同友執,率情而舉,非洛京之舊也。成帝時,中宮亦年年拜陵,議者以為非禮,於是遂止,以為永制。至穆帝時,褚太后臨朝,又拜陵,帝幼故也。至孝武崩,驃騎將軍司馬道子命曰:「今雖權制釋服,至於朔望諸節,自應展情陵所,以一周為斷。」於是至陵變服單衣𢂿,煩瀆無準,非禮意也。至安帝元興元年,尚書左僕射桓謙奏曰:「百僚拜陵,起於中興,非晉舊典。積習生常,遂為近法。尋武皇帝詔,乃不使人主諸王拜陵,豈唯百僚。謂宜遵奉。」於是施行。及義熙初,又復江左之舊。


晉宣帝は遺詔すらく:「子弟の羣官は皆な陵に謁せるを得ず」と。是に於いて景、文は旨に遵う。武帝に至りて猶お再び崇陽陵を謁し、一に峻平陵を謁せど、然して遂に敢えて高原陵には謁さず。惠帝に至りて復た止みたるなり。江左の初に逮び、元帝の崩ぜる後、諸公の始めて謁陵辭陵の事有りしは、蓋し眷同友執に由り、情に率いて舉すこと洛京の舊に非ざるなり。成帝の時、中宮は亦た年年に拜陵し、議者は非禮なりと以為い、是に於いて遂に止み、以て永制と為す。穆帝の時に至り、褚太后の臨朝せるに、又た拜陵せるは、帝の幼きが故なり。孝武の崩ぜるに至り、驃騎將軍の司馬道子は命じて曰く:「今、權制釋服せると雖ど、朔望諸節に至り、自ら應に陵所に情を展じ、一周を以て斷を為さん」と。是に於いて陵に至り單衣・𢂿に變服し、煩瀆せること準に無かば、禮に非ざるの意なり。安帝の元興元年に至り、尚書左僕射の桓謙は奏じて曰く:「百僚の陵を拜すは中興にて起ち、晉の舊典に非ず。生常を積習し、遂に近法と為る。武皇帝の詔に尋ぬらば、乃ち人主諸王をしてをして拜陵せしむらざらば、豈に唯だ百僚なるや。宜しく遵奉すべしと謂ゆ」と。是に於いて施行さる。義熙の初に及び、又た江左の舊に復す。


(宋書15-4)




うーん、これはどういうことなのかな。東晋は皇帝一尊の状態を突き崩した、ただし后が混じってくるのは外戚の権力伸長につながるから拒否、あくまで貴族連合体のバランス維持を求める、という感じ? で、桓玄としては貴族連合体から少しでも権力を削減し自らが皇帝に登った際の独裁権を確保しようとした、けど劉裕のクーデターによってチャラになった、かなあ。


桓玄に簒奪されて、しかも木っ端将軍にまんまと安帝奪還されて、みたいな醜態をぶち決めた以上、義熙以降の貴族連合体はもはや立つ瀬がないわけですよね。なら東晋以来のシステムに戻したところで、それはもはや「権力調整」の役目は果たさない。あるのは、単に「桓玄の方向性を否定する」ことのみ。


にしても司馬懿に遺詔とかさらっと書くんじゃねえよ。皇帝だったこと一度もなかったじゃねえか。 

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