礼志10 修学問上奏 上

394 年、謝石しゃせきの上奏によって太学生百人が増員された。この上奏を把握するに当たって、宋書礼志は以下のような前提を示す。


・217 年、曹操そうそうが諸侯教化のために泮宮はんきゅうを建立。

・224 年、曹丕そうひ洛陽らくように太學を建立。

曹芳そうほうの治世中、劉馥りゅうふくが教育強化を上奏→却下。

・272 年、有司が司馬炎しばえんに太学拡充を上奏→276 年、284 年にそれぞれ拡充。

では孫休そんきゅうが 258 年に太学設立。

東晋とうしんが立つと王導おうどう戴邈たいぼう荀崧じゅんすうがそれぞれ太学の必要性を上訴→設立しようとしたところで王敦おうとんの乱にあい頓挫。

・337 年、成帝せいてい袁瓌えんかい馮懷ふうかいが上疏→設立されるも穆帝ぼくていの 352 年に殷浩いんこうによる西征に伴い廃止。

・335 年ころ、武昌ぶしょうにて西府軍の総督となった庾亮ゆりょうは學官を設置→340 年に死亡したそばから廃止。


以上の来歴を踏まえ、このように語る。


「人は仁と義とにてそのふるまいを律し、良き人としての性分を促進するために、禮と學とを修めます。こうした理は自然と発生するものではございますが、とは言え教え導くべき何者かがおらねばなりません。ゆえにこそ洙水しゅすい泗水しすいとのはざま、すなわち魯国ろこくにて儒学は立ち上がり、詩経、書経は典籍の基礎としてあまねく世に示されております。詩に載る思いを深く味わい尽くし、礼に則ることで導かれる和の境地にあることを喜ぶ。こうした体験の共有を経て、王の聖徳は世に行き渡ります。そして聖徳が世を覆い、初めて民はむつみ合うことが叶いましょう。


とは言え、統治教化とは永劫に続くものでもございません。すでに多くの先例が、その継続に励まねば絶えてしまいかねないことを示しております。故に光武帝こうぶていは全土の掌握が済み次第速やかに文治にお切り替えになり、曹操そうそう様もある程度までの国土拡充が済むと学問を奨励されました。いにしえの王たちもまた文治の堕落を、このように恐れておられました。


いま、陛下は大晉よりの天命をお受けになるも、これまでは苻堅ふけんを始めとした群悪による患いを多くしておりました。陛下のご聖徳そのものになんの疑いこそ無かろうとも、ではあまねく行き渡っていたかと問われれば、そうとも言い切れはいたしませんでした。学府も興ったと思えば廃れ、安定しておりません。これにより官吏らによる統治の管理、民衆による農業紡績の収益も不安定となっております。この状態で、いかにして周の文王がお導きになったような治世を到来できましょうか? 故にこそ臣は敢えて遠く下席の身であるにも関わらず、伏して陛下にご奏上せねばなるまいと、日々寝ても覚めても詠嘆してまいりました次第にございます。


いま、北賊を大いに打ち破ることにより、陛下の威信は大いに振るい、戦乱も収まらんとしております。まさに麗しき風が天下の民を至德の境地へと導かんとしておるのです。ここでいま、広く禮樂を世に示さずして、弘敷すべからずして、どうして輝かしき治世を目の当たりとできましょうか?


ゆえにこそ、ここに國學を興復し、多くの後進を育て上げ、各地にて礼楽を広めるための鄉校を復興されるよう乞い願い奉ります。多くの美しき宝玉に彫刻を施せば、素晴らしき財宝が生まれようというもの。その他からは人々を感化させ、大いなる徳を世に示しましょう。


倦まず学業の振興に勤めれば、必ずや道理は夜に通じ、人々は争うように克己精励し、學は世に行き渡ることとなりましょう。




孝武帝太元九年,尚書謝石又陳之曰:

立人之道,曰仁與義。翼善輔性,唯禮與學。雖理出自然,必須誘導。故洙、泗闡弘道之風,詩、書垂軌教之典。敦詩悅禮,王化以斯而隆;甄陶九流,羣生於是乎穆。世不常治,道亦時亡。光武投戈而習誦,魏武息馬以修學,懼墜斯文,若此之至也。大晉受命,值世多阻,雖聖化日融,而王道未備,庠序之業,或廢或興。遂令陶鑄闕日用之功,民性靡素絲之益,亹亹玄緒,翳焉莫抽,臣所以遠尋伏念,寤寐永歎者也。

今皇威遐震,戎車方靜,將灑玄風於四區,導斯民於至德。豈可不弘敷禮樂,使煥乎可觀。請興復國學,以訓冑子;班下州郡,普修鄉校。雕琢琳琅,和寶必至,大啟羣蒙,茂茲成德。匪懈于事,必由之以通,則人競其業,道隆學備矣。


孝武帝太元九年、尚書の謝石は又た之を陳べて曰く:

人の道を立つるは、曰く仁と義と。善を翼け性を輔くるは、唯だ禮と學と。理の自然と出づると雖ど、必ずや須く誘い導くべし。故に洙、泗は弘道の風を闡き,詩、書は軌教の典を垂る。詩を敦くし禮に悅び、王化は斯を以て隆まらん。九流に甄陶し、羣生は是に於いて乎か穆す。世の治むること常ならず、道は亦た時に亡ず。光武は戈を投げ誦を習い、魏武は馬を息め以て學を修む。斯文の墜つるを懼るは、此の至れるの若きなり。大晉の命を受け、世の阻多きに值い、聖化の日に融ぜると雖ど、而して王道は未だ備わらず、庠序の業も或いは廢され或いは興ず。遂に陶鑄に令し日用の功を闕かしめ、民性は素絲の益を靡くし、亹亹たる玄緒、翳りて抽さる莫し、臣の遠きに尋ね伏して念じ、寤寐し永歎せる所以なり。

今、皇威は遐震し、戎車は方に靜まらんとす。將に四區にて灑玄の風は斯民を至德に導びかんとす。豈に禮樂を弘敷すべからずして、煥として觀せしむべからんか。請うらく、國學を興復し、以て冑子を訓じ、班下の州郡に普く鄉校を修すべし、と。琳琅を雕琢せば和寶は必ずや至らん、大いに羣蒙を啟し、茲に成德を茂らせん。事に懈す匪ざれば、必ずや之の由にて以て通じ、則ち人は其の業を競い、道は隆まり學は備わらん。


(宋書14-1)




謝石さんの奏上は、うーん、まぁ駢文じゃないし、あとさすがに重複多すぎだろって感じはしますね。言いたいことはわかるし、熱意は伝わるんだけど。

亹亹みたいな字句に一瞬にして「あっ詩経の大雅文王じゃん!」って気付けるようになったのは、やっぱり大きいですね。まぁでも書経が上がってたり、しかもそもそも礼志だしで、書経周礼儀礼礼記あたりは修めておいたほうがもっと理解も速まるんだろうなぁとも思うんですが、……うーん、たぶんそこまで気力が及ばない。やれることをやっていこうな。


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