礼志6  犯私諱解職請求

393 年、会稽かいけいこう氏・孔愉こうゆの息子である孔安國こうあんこくが侍中となった。すると何かと仕事で名を連ねることの多い黃門郎の王愉おうゆの名が父の名を犯しているからと、自身の就任を取り下げてほしい旨訴えてきた。


これに対する判断は以下のようだ。


「名を避けようと心がけるのは、その名を聞き父親のことを思い出し、悲しみの心を沸き立たさせないようにするためである。この点は過去に下された詔勅等にも示されている。


一方、『禮記らいき』には以下のように示されている。「君子が私的に名を諱むことはない、大夫は公にのみ名を諱む」と。つまり私的都合にて名を諱むことはない。また以下のようにも言われる。「詩書にある字にて名を諱むことはなく、公的文章を読むときにも名を諱むことはない」と。どうして私情が公義を優越したり、家の礼が王制を優越することなぞあろうか!


たしかに過去、とある尚書「安眾男」(※謎。まったくもって何らかの意味を拾える気がしない)の父が中兵曹郎の王祐おうゆうの名と被っていたため解職を要求、変更されたケースは存在する。しかしこれはあくまで時の皇帝による特別対応である。こうした特例をいちいち前例として拾い続けてしまえば、どこまでも私的な事情での配置換えが起こり、際限がなくなってしまう。


朝廷に定められている禮は膨大であり、数多なす官僚が職務を抱え、官職簿にはずらりと任官者の名が連なっている。これらは複雑に絡み合っており、いち官吏の父の名を理由に異動を始めてしまえば、ほぼ際限なく異動が発生し続けることとなってしまう。そのような事態は典法に違えようし、また政治にも多くの手落ちをまねこう」


こうして孔安国よりの提議は却下された。



太元十三年,召孔安國為侍中。安國表以黃門郎王愉名犯私諱,不得連署,求解。有司議云:「名終諱之,有心所同,聞名心瞿,亦明前誥。而『禮』復雲'君所無私諱,大夫之所有公諱',無私諱。又云'詩書不諱,臨文不諱'。豈非公義奪私情,王制屈家禮哉!尚書安眾男臣先表中兵曹郎王祐名犯父諱,求解職,明詔爰發,聽許換曹,蓋是恩出制外耳。而頃者互相瞻式,源流既啟,莫知其極。夫皇朝禮大,百僚備職,編官列署,動相經涉。若以私諱,人遂其心,則移官易職,遷流莫已,既違典法,有虧政體。請一斷之。」從之。


太元十三年、孔安國を召じ侍中と為す。安國は黃門郎の王愉が名の私諱を犯すを以て連署を得ざると表し、解を求む。有司は議して云えらく:「名の終に之を諱むは、心の同じき所を有し、名を聞きて心瞿れ、亦た前誥に明るし。而して『禮』は復た雲えらく「君に私に諱せる無き所、大夫の公に諱せる有す所」と。私に諱せる無し。又た云えらく「詩書は諱せず、文に臨みては諱せず」と。豈に公義は私情を奪し、王制は家禮を屈せるに非ざるか! 尚書は安眾男。臣は先に中兵曹郎の王祐の名の父が諱を犯したりと表し解職を求めど、明詔は爰に發し、曹を換うを聽許す。蓋し是れ恩の制外に出でたるのみ。而して頃に互いに相い式を瞻、源流の既に啟され、其の極を知る莫し。夫れ皇朝の禮は大にして、百僚は職を備え、編官は列ね署され、動相は經涉さる。若し私諱を以て人の其の心遂たば、則ち官を移え職を易うるに遷流已むところ莫し、既に典法に違え、政體に虧有らん。一に之を斷ずべく請う」と。之に從う。


(晋書20-4)




このケースは会稽孔氏と太原たいげん王氏の距離感を背景に見てみたいところではありますね。約十年後、会稽孔氏(孔靖こうせい)のバックアップを受けクーデターを成功、大権を掴んだ劉裕りゅうゆうが王愉を含む太原王氏を誅滅、以降南朝における太原王氏は瀕死状態となります(北から別口でやってきた、完全に系統の違う太原王氏なら史書にも載りますが)。


桓玄かんげんに絡む王愉、ド奸物の王国宝おうこくほう。この時代の太原王氏が相当肩身狭かったのは間違いありません。となると孔安国もそのへんを「こいつとなんざ働きたくねー!」と言い出し、通らばラッキー、みたいに考えたのかもしれませんね。で「んな無理筋通るわきゃねーだろ」と踏み潰された、と。


まぁ、この辺りは完全に妄想、譫妄の世界でございますね。

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