礼志5  庶出家主祭母2

車胤しゃいんさんの提言はまだまだ続く。


「王のご政道を家のことより優先し、家門の祖宗を個人の恩よりも優先する。これは上公が下士に尽くすべきでなく、父が息子に尽くすべきでないと言われているのと、どう違いましょうか? もし家門の曾祖を尊ぶふるまいが時と場合によっては優先しなくとも良い、などということになれば、祖宗を尊ぶ心は尽き果て、ひいては臣下が君主を仰ぐ思いもが尽きましょう。そのどちらをも手放したところで天下を安んぜようとは、否応なしに至難の事業となりはいたしますまいか?


下官がこうもわたわたと礼の毀損を憂うのは、天下の安寧が突き崩されかねぬ憂いのゆえにございます。太常、すなわち儀式の式辞制定に関わる下官の職掌に関わることである以上、これを見過ごすわけにも参らぬのです。どうか深くご検討くださいませんでしょうか」


この再提議を受け、尚書は上奏する。


「車胤殿の提議を受け、改めて儀礼を司る主管者に問い合わせたところ、確かに禮に基づけば、庶子がひとたび家主として祖廟を祀る責任者となったとしても、生母に対しては家門をあげての服喪とすべきではない、としております。これは家門祖宗を尊ぶゆえでございます。そして近日、この儀礼はすっかり有名無実化しております。國に封ぜられる君も五廟の重さを無視し、士庶や匹夫にいたるまで烝嘗の禮を忘れるありさま。これ以上この風習を改めずにおけば、習俗は更に乱れゆきましょう。ならば是正は図られるべきでございましょう。


すみやかに內外の服喪状況を洗い出し、家門後継者たちから申請される実態を検討の上、車胤殿も提じておられた樂安王の先例こそが従うべき作法であると示すべきであります。


陛下におかれては、ここまでの内容を詔勅としてお示しとなり、国内にて恒久的に守るべき伝統としてお示しくださりませ」


以上のやり取りは承認され、詔勅として発布された。




夫屈家事于王道,厭私恩於祖宗,豈非上行乎下,父行乎子!若尊尊之心有時而替,宜厭之情觸事而申,祖宗之敬微,而君臣之禮虧矣。嚴恪微於祖宗,致敬虧於事上,而欲俗安化隆,不亦難乎!區區所惜,實在於斯。職之所司,不敢不言。請台參詳。」尚書奏:「案如辭輒下主者詳尋。依禮,庶子與尊者為體,不敢服其私親,此尊祖敬宗之義。自頃陵遲,斯禮遂廢。封國之君廢五廟之重,士庶匹夫闕烝嘗之禮,習成穨俗,宜被革正。輒內外參詳,謂宜聽胤所上,可依樂安王大功為正。請為告書如左,班下內外,以定永制,普令依承,事可奉行。」詔可。


夫れ家事を王道に屈し、私恩を祖宗に厭うは、豈に上を下に行うに、父を子に行うに非ざらんか! 若し尊を尊ぶの心、時有りて替え、宜しく之を厭うの情、事に觸らば申さば、祖宗の敬は微く、君臣の禮は虧けたらん。嚴恪は祖宗に微く、致敬は事上に虧く、而して俗の安んじ隆んに化すを欲せるは、亦た難からざらんか! 區區として惜しむ所、實に斯に在り。職の司る所、敢えて言わざるなし。台に參詳すべく請う」と。尚書は奏ずらく:「如の辭を案ずるに輒ち主者に下し詳しく尋ねん。禮に依らば、庶子と尊者の體を為し、敢えて其の私親に服さず、此れ祖を尊び宗を敬せるの義なり。頃より陵遲し、斯くして禮は遂に廢さる。封國の君は五廟の重を廢し、士庶匹夫は烝嘗の禮を闕き、成に習いて俗は穨ゆ、宜しく革正を被るべし。輒ち內外を參詳し、宜しく胤の上ぐる所を聽し、可樂安王の大功を正と為すに依るべく謂いたるべし。請う、告書を左の如く為し、班下內外、以て永制を定め、普く承に依りて令し、奉行すべく事すべし」と。詔じて可とす。


(晋書20-3)




うーん、車胤さんとしては本丸である孝武帝の「越権」をどうにかしたかったんだろうけど、残念ながらそこはどうにもならなかった、と。ならせめて「庶子出身の家主のいい加減な祭祀やめーや」だけはぶっ刺しておきたかったのでしょうね。とりあえず制度にさえねじ込めればそれが孝武帝への牽制にはなるものね。ほんと、こんなくだらねーことに気を回さなきゃいけなかった車胤さんかわいそう。


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