幼さと病熱

桜通りは名前の通り春になると満開の桜が沿道を覆い尽くす。元々川だった場所を埋め立ててこの通りを造ったという。


地元では花見の名所として、普段は散歩やマラソンの人達で賑わっている。市街地に沿って作られている為カブトムシは取れない。




***




こどもの僕はある時カブトムシを取りたくななり、祖父と一緒に砂糖水やハチミツを混ぜ合わせたエサを作って夜の内に二人で桜通りの木に塗りに行った。

いつも優しい祖父で親父に昔は鬼だったと聞かされても信じられない程孫の僕達に甘かった。

きっと祖父はこの場所では取れないことを知っていたのだろう、それでも僕に付き合ってくれたのだ。これは祖父との大事な思い出の中の一つ


朝早く肩車をされて見に行ったが案の定何も無く落胆した僕は祖父にジュースを買ってもらい家に帰った。



そしてその次の日僕は入院した、小学三年生だった。祖父は自分のせいだと言ってとても落ち込んでいたという。


髄膜炎ずいまくえんという病気で高熱が続き生死の境を彷徨った。

その時の記憶は今思い返しても奇妙で夢なのか現実なのか未だに判別が付かない。


担ぎ込まれたのは大部屋の六人部屋でそこの患者が全てだった。

付き添いの母に言ってもあれは違う人で親戚のおじさんではないとまともに取り合ってくれなかった。

一人ならともかく和歌山の叔母さんや従兄弟のお兄さんがベッドに横たわり僕の一挙一投足をジロジロと監視している。


隣同士でヒソヒソと僕のダメな所を話し続けて、カーテンを閉めてもカーテンの隙間から目だけを出して覗いて来る。それが恐くて頭から布団を被り震えていた。

--脳が焼き切れそうな程の高熱で見た幻だったのだろうか。


脊髄に太い針で注射をされて長い手術を受けた。

朦朧もうろうとする意識の中僕は祖父とカブトムシを捕まえる夢を見た。カブトムシを祖父に見せた途端カブトムシは蝶に変わり飛んでいく、そんな夢だった。



手術が終わり自分のベッドに戻ってくると親戚に似た人間達が集まって来て痛かった?痛かった?と聞いて来る。 僕は何も答えず意識を失うように眠りに就く、それから1ヶ月程入院をした。

僕が回復していくにつれ親戚の顔をした人間達が一人消え、二人消えて退院する頃には誰一人として居なくなっていた。


手術を終えて快方に向かっている時もこちらを見ている人間の顔は親戚そのものだったので記憶に残り続けている。


脳が誤作動していたのか、本当に似た人達だったのか、それともそれ以外の何かだったのか、今となっては分からないしきっと分かることもないのだろう。



オチも無く恐怖体験でもないが何となく不気味で奇妙な話なのでここに記しておく。




あのカブトムシの季節がまた巡ってくる。

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