宵闇の祓い

僕はあの時確か20歳で、季節は夏の終わり

その引き戸は開け放しのまま、宵闇よいやみの中に風鈴の音が鳴っていた。






**






ある日家族ぐるみの付き合いがあるけいちゃんという友達のお母さんから僕は奇妙な相談を受ける。

それは僕が多少の霊感を持っていると知っていたからだった。


ここ数年自分が重い病気を患いその後すぐに父親が急死、夫が失業と悪い事が重なった為おはらいに行こうと思っている

あまりそういうものを信じてはいないが近況を話した所、昔からお世話になっている知人にとある高名な霊媒師を紹介されたので一緒に来て欲しい、胡散臭かったり騙されていると感じたら教えてもらいたい、という内容だった。



不思議な体験を集めている僕は快諾かいだくし日にちを教えてもらい慶の両親と僕の三人でそこへ向かう事になった、慶ちゃんは興味が無いと言って付いては来なかった。


神社仏閣のやけに多い場所に辿り着き僕達は車から降りる、辺りを見渡すとそこは昭和にタイムスリップしたかの様な住宅街でどこからともなく線香の匂いが漂って来る。



ここよ、と指差された場所を見ると


古い『もんじゃ焼屋』が建っていた。



僕は混乱し慶のお母さんに尋ねる。

「あれ?ここで会ってます?」


「不思議でしょ?時間を予約してここで料理を頼むとついでに霊視してくれるんだって。」


「ついでって…」


僕がイメージする霊媒師とは全く違っていて驚いた。

奥まったマンションの一室で水晶玉に手をかざす顔の見えないミステリアスな美女を想像していた。


まず慶の父が引き戸をガラガラと開けて入り次にお母さんが入ろうとした途端


「あんた凄いの憑いてるから入ってこんといて!」


しゃがれた大声が響く。


慶母の後ろから中を覗くといたって普通のもんじゃ焼屋で鉄板の備え付けられたカウンターの中に老婆が立っていた。


そしてゲップなのか嗚咽おえつなのか分からない音を出し続けている。ゲフ、ゴフッ


「あんたとんでもないな、ここまでのは久しぶりや。ちょっと待ってや。」


老婆は小上がりにある不動明王像を拝み出した、ブツブツと経文の様なものを唱えている。それが数分続いた後、慶母は店に入る事を許された。


老婆は店の引き戸を開け放して小上がりに僕達を案内する。


「じゃあまずは何か注文してもらわんとなあ。」


メニューを見ると何の変哲も無い普通のもんじゃ焼きと一品料理が並んでいる。


二人が料理を頼んでいる時に僕は店の中の様子を伺う、壁には有名人と老婆が笑顔で写っている写真が大量に貼られていた。


誰もが知っているプロレスラーや与党の大物議員、海外の大統領などがここに来ている。加工などではなくどうやら本物の写真の様だ。


ビールを注いでもらい乾杯をすると老婆がもんじゃ焼きを目の前の鉄板で焼き始めた。


僕はこの場所に何をしに来たのか思い出して少しばかり混乱する。


焼き上がりを食べ始めた頃、老婆が近くの椅子に座ると突然、話し始めた。


「あんたの§∮⌘#、〇〇自殺しとるやろ?それがずっと助けてくれって後ろで泣いてんねん。仲良かったんやろ?もう悪霊みたいになってもうててな、だいぶタチ悪いもんに変わってもうてる。可哀想に。」



ゲップ ゲフ ゲッ


「そんで家相もあかん、西側をコンクリで龍脈埋めてもうてるやろ?そりゃ土地の神さんも怒るわ。まあすぐには出来んやろ、今間取り書くから家具の位置変える所から始めよか。」


ゲフ ガブ エップ


老婆は紙とペンを取り出すと一階から順に間取りを書き始めた。

僕達は声を出す事を忘れる程驚く、この老婆 は完全に慶ちゃん一家の家を把握している。


かと思えば急にペンを置き電話を取るからと言った10秒後位にベルの音が鳴る。

予約の電話らしく少し話し込むと老婆が戻ってきた。ドッキリだとしてもやり過ぎだと僕は思った。


「ここのベッドが窓際なんがあかん、めちゃくちゃ寄って来てる。箪笥の向きも東向きに変えなな、水場も全然掃除してへんやろ。悪いもんの吹き溜まりみたいになってもうてるやんか、ちゃんとせなあかんで!」


慶の両親がまるで先生に怒られる生徒の様に反省している、本当になんなんだこの老婆は。


「ほな今から〇〇ちゃんを救い上げる?(うろ覚え)から凛さんここに座って手を合わせてくれる?透さんと洋君は座って見てて。」


不動明王の像の前でお祓いを始める、入って来た時より大きく激しく経文を唱える。一時間程それが続いただろうか、慶の母はずっとしくしくと泣いていた。


その時僕は引き戸の外の光景を見ていた。


忘れられない風鈴の音、深い闇、ずっと三輪車に乗った小さな男の子がいて、店の周りをかれこれ二時間は回り続けている。


こんな時間に親もおらず一人で三輪車を漕ぎ続ける子供、もしかしたら僕にしか見えていなかったんじゃないかとも思う。



**



自然に名前を呼ばれて気がつかなかったが何で老婆は僕達の名前が正確に分かっていたのだろう?


もし万が一探偵などを雇って前もって家族構成や家の間取りを調べていたとしたらきっと僕は慶と呼ばれているはずだ。

ここに僕が来るのは完全にイレギュラーなのだから。


それに金儲けの為ならばそれは全く割に合わないと言わざるを得ない。

慶の両親に後で聞いた所、食事代、お祓い代、数珠や人型ひとかた諸々含めて一万円だったというのでボッタクリでは無いと僕は判断した。



それから老婆に言われた通りに二人は取り憑いていた者を丁寧に川へ還したという。


その後の事はあまり積極的に聞かなかったが悪い事にはなっていないと思う。




そんな事があった。


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