或る欠損

これは僕が若い頃今はもう無くなってしまった変なバーでアルバイトをしていた時の話だ。


繁華街のバー、そしてまだ暴対法が出来る前だったのでヤク◯屋さんが肩で風を切って歩いていた時代、常連さんの中にも小指が無い人がいたり職業自称殺し屋の人の前にお酒を溢したりいろんな組の幹部が集まり会議をする中10人分のカクテルを間違えて渡したりと僕は命の綱渡りの様なバーテンダー生活をしていた、遠目に見ると人生は喜劇である。


そんな一癖も二癖もある客の中にサムさんと呼ばれる小指の無いダンディーなおじ様がいた。


その街では所謂いわゆる顔役という人で一度その人に連れられて街を歩いた時どこに行っても黒服やホストやチンピラ達が直角にお辞儀をして挨拶する、まるで大名や殿様、天上人の様な扱いを受けるそんな存在だった。


僕もカウンターにサムさんが座ると緊張し過ぎて過呼吸になり、ミスが出来ないというプレッシャーでいつも押し潰されそうになる。

普段は物腰が柔らかでユーモアがあり陽気な人だったが筋の通らない事に対しては非情になり切れると手がつけられなくなるので絶対にあの人を裏切る様な行動や言動を慎めと店長に耳にタコが出来るほど言われていた。


まだ若かった僕は薄いサングラス越しに見える目に殺意が宿らない事を祈るばかりだった。



***



そんなある日の事、夜中の11時頃にサムさんともう一人常連のボーさん(普通の会社員)が一緒にやって来てカウンターに座った。余り見ない組み合わせなので僕は不思議に思う。


明日はボーさんの誕生日だと店の前で聞いたサムさんはお祝いの為にシャンパンを開けると言う。

恐縮そうに大きな体を縮めて畏るボーさん。

僕の方を見ながらサムさんが言う。


「こういう祝い事はきちんとしとかないとな。坊主分かるか?やってもらった事とやられた事は絶対に忘れたらあかん。」



もう怖い、とんでもなく怖い。

ボーさんではなく僕に言うのが特に怖い。

ただ今でもこの言葉は僕の胸に残っている。

分かりましたと震えながら頷く僕、ニカリと笑い冗談だ、さあ乾杯しようとサムさんが言った。



それから1時間程ボーさんと僕はサムさんの色んな体験談や考えている事などを聞いた。ここには書く事は絶対に出来ないが相当な修羅場を潜って来た様でまるで映画の世界の出来事、死生観も武士の様な考え方をしていて腹の括り方が違うと僕は思った。


12時ちょうどになった時カウンター横の入り口の扉が勢い良く開き5、6人の人間が一斉に雪崩こんできて手に持っていた



***




クラッカーを鳴らした。



一瞬の出来事に固まるカウンターの二人、僕はこのサプライズを知っていたのでなんとも無かったが二人はいきなりの爆音に硬直した様だ。


愛されキャラのボーさん、その誕生日を祝う為に駆けつけた面々が奥のテーブルに座りその真ん中にボーさんが腰掛ける。


盛大な宴が始まったその時一人カウンターに座るサムさんが僕に手招きをした。サングラス越しの目が肉食獣のそれだった。

耳を貸せというジェスチャーをしたサムさんは僕の耳元でこう囁いた。


「撃たれたかと思ったわ、3年ぶりに。」


僕は二度とサムさんの前でクラッカーを鳴らすまいと固く誓った。

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