見えない子ども

アルバイト先で出会った陰のある女の子に僕は一目で恋に落ちた。これは僕とその彼女についての物語だ。


僕は猛アタックをして携帯番号を聞き出し必死の思いでデートを取り付けた、名前は涼子ちゃんという。

童貞でろくにデートもした事がない僕は精一杯背伸びをしてホテルの上層階にあるイタリアンのお店を予約した。酒を飲み美味しい料理を食べ良い雰囲気になった所で僕は告白をした。

うつむいた涼子が言う。


「私は生きていちゃいけない人間なの。きっと傷つけてしまうから君の為にも付き合わない方がいいと思う。」


簡単に引き下がらないと決めていた僕は

「大丈夫!必ず僕は君を守ってみせる、だから安心して。」

と酒の勢いもあり思っている事を全てぶちまける。


不意に泣き出す涼子

「本当に守ってくれる?私が消えそうになる時は助けに来てくれる?」


突然の事に驚いたが端からそのつもりだった僕は頷きながら言う。

「君がどこに居ようと必ず助けに行くよ。」


思い出して歯の浮く様な台詞に恥ずかしくなって来たがなんとか続ける事にする。





***




そうして僕達は付き合う事になった。その3日後には同棲を始める、若さとは情動による行動を是とするものなのだ。


彼女が住んでいた六畳一間の狭い家に転がり込みどんな時もいつも一緒にいた。とても幸福な半年間だった。


半年が過ぎた頃僕は彼女と一緒のバイト先を辞め家から遠い場所にある夜の店で働く事にした。ミックスバーという特殊なお店で女装をして酒を飲むという仕事だった。なんとなく女装に興味があった事と面白そうだったので面接を受けそのまま働く事となる。

その店にも慣れて来た頃席についているとボーイのお兄さんがやって来て僕に耳打ちをした。

「乙葉さん(源氏名)の携帯がさっきから鳴り続けているんで確認お願い出来ますか?」


席の人達に断りを入れて席を立ちバックヤードで携帯を見る。涼子からの着信が30件程入っていた。留守番電話を聞くと不明瞭な声で不明瞭な言葉を繰り返している。耳を澄ますと行かなくちゃ、と繰り返していた。すぐに僕は電話をかけ直す、長いコールの後に涼子が出た。

「どうしたん?大丈夫か?何かあった?」


震えているような声で涼子が言う。

「部屋の隅にね、子どもがいるんだ。それで私呼ばれてるから行かなくちゃいけないの。」


異常な事態という事に気付き語気を強める。

「そんな子どもおるわけないやん!気をしっかり持って!今から帰るからこのまま電話切るなよ!」


店のママ(マッチョでダンディーな男性)に今起きている事を話し早上がりをさせてもらう。ドレスを着てかつらも付けたままタクシーに乗り込み運転手に行き先を告げると出来るだけ飛ばしてくださいとお願いをして携帯電話の先の彼女を励まし続けた。

タクシーの運ちゃんは一体どんな気持ちで車を走らせていたのだろうか?

女装した男が野太い声を出しながら何かしら問題が起きている女に向かって励まし続けている車内。

40分程で家に着いた。

家に着くと意外と冷静そうに見える涼子が立っていたので安堵して通話を切る。


「私ね、やっぱり行かないといけないの、だからごめんね洋ちゃん。」


よく見ると右手に剃刀を握っている。左手にあてる。


「止めろ!自分の子どもがお母さんに死ねなんて言う訳ないやろ!どこにおんねん?俺が遊んだるからどこにおるか言うてみ。」


泣きながら涼子が部屋の隅を指差す。僕は見えない子どもをだっこした。あやすように両手を揺らす。彼女が、喜んでるよ!と泣きながら言う。お馬さんだよーと男の子を背中に乗せる。僕には何も見えていないが必死だった。涼子は泣きながら笑っている。

最後に高い高い〜と言いながら両手を上げると涼子が

「あっ、消えた。」

と言った。


どうやら僕は男の子を天まで届くほどの高い高いをした様だ。


その後涼子を抱きしめて頭を撫で続ける。

胸の中で泣いている、ありがとうありがとうと繰り返しながら。


これで涼子の傷も男の子の霊も癒す事が出来たと思った。




***



その3ヶ月後仕事中に電話が鳴った。また着信が30件入っていた。

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