山奥の老婆

僕が高校一年生の頃の話だ。


必死の思いで入った高校は所謂平凡で賢くも賢くなくもない全国でも真ん中辺りの高校で


小学校からサッカー部に入っていたので特に何の考えもなく僕は部活に入る事にした。


同じ学年で入ったのはたった五人しかおらず万年一回戦敗退の弱小を絵に描いたようなチームだったがそんな部活でも夏になると遠出をして合宿を行う。


あれが夢だったのか幻だったのか今となっては分からないがハッキリと光景が浮かぶ。


何時間もかけて長野の山奥までバスで行き芝生のコートで朝から晩までボールを蹴り続けた。


指導するのは鬼監督として有名でスパルタが服を着て歩いている様な教師、脳筋が考えそうなメニューが多く2泊3日の合宿は朝5時のマラソンから始まる。


山道を寝起きで10km走るのだ。


先輩から合宿はきついぞと脅されていたが想像を遥かに超えてきつかった。


僕達が泊まっていたのは冬はスキー客の為のペンション、夏の閑散期には格安で合宿用に貸し出すという改築を繰り返しウィンチェスターハウスのようになった奇妙な建物だった。


昼飯もおかしく初日着いて早々冷やし中華とごはんだけで漬物もマヨネーズもなし

あれほど食べるのに苦労した昼飯は後にも先にも無い。




***



一年生の5人は同じ部屋に泊まる事になったのだがそれがまた輪をかけておかしな部屋でそこだけ離れのようになっていて他の先輩達の部屋から大分遠い場所にあった。



そして何よりもボロボロの和室で電気をつけているのに暗い。


蛍光灯は明々と付いているにも関わらず暗いのだ。


まるで誰かの部屋の様で客を泊める様な部屋には思えなかった。


部屋は12畳程だっただろうか、床の間には掛け軸がかかり物寂しげな着物を着た女が立っていた。


明らかに異様な雰囲気なのに誰も何も言わない。


嫌な気分になったが寝るだけなので心の中に留めておいた。


2日目、練習が終わり風呂に入って飯を食べ束の間の自由時間を楽しんだ後就寝時間になった。


それは夜中の12時頃だったと思う。


明日も朝からマラソンかと憂鬱になりながら持って来ていたウォークマンで僕は19の曲を聴いていた。

仰向けになり頭の下で手を組んで歌詞を呟いている、と


気づくと老婆が僕の腰から生えていた。



それ以外の表現が思いつかない。

僕のへその辺りから上半身だけを出し見下ろしている。


白髪でボサボサの長い髪を左側にまとめていてニヤリと笑ったかと思うと霧散する様に消えた。





起きた事が理解できずに飛び起きる。


夢を見たのかと思ったが僕はずっと歌詞を脳内で口ずさんでいたので寝ぼけていた訳でもなかった。幻でも見たのだろうか?



混乱したが恐怖は無く疲れていたのでそのまま寝てしまった。


次の日ペンションでおかあさんと呼ばれている人に尋ねる。


「昨日寝てたら部屋にお婆さんがいたんですけど気のせいですかね?気のせいですよねーハハハ」


あくまで寝ぼけていた様に笑いながら話す。


笑いながらおかあさんが言う。


「えーどこにいました?」


思い切って僕は答えた。


「僕の腰辺りから上半身だけ出していました。」


真顔になったおかあさんが言う。


「誰にも言わないで下さいね。」


その日の昼食の唐揚げが僕のだけ2つ程多かったのは誰にも言っていない。

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