あやかしの宴
僕が昔働いていたバーで知り合った中にとある芸人さんがいた。
名前は谷原さんという。
事故物件に住みながらその経験談を持ち前の話術で情緒豊かに語りここ数年怪談界隈でメキメキと頭角を現した谷原さんは知る人ぞ知る心霊体験の語り部だ。
僕が東京で仲良くなった押井さんという人が谷原さんの熱烈なファンという事もあり、押井さんたっての希望で僕を含めた3人は怖い話を聞きながらの食事会を開く事となった。
僕が店のセッティングを頼まれたのでどうせならと高級しゃぶしゃぶの個室を用意した。
後で調べると自分では行けないようなとんてもないお店で、有名人や政治家が訪れる様なお店だったらしい。
***
当日、通された席は音楽も流れておらず完全に密室になっており怪談を聴くにはこの上ない場所である。
壁にはこの日の為に用意されたかのように鬼と子供の絵が飾られていて偶然にしては出来すぎだと僕は寒気を覚えた。
明らかに異様な絵でドラマのトリックに出てきそうなロケーションだ。
ビールで乾杯し自己紹介もそこそこに谷原さんの話を聞き始める、夕方6時過ぎの事だった。
谷原さんは怪談本も出していて僕も押井さんもそれを熟読しておりそこに書かれている身の毛もよだつ様な話の裏話などをたっぷりと聴く事が出来た。
その後怖い話と美味しい食事を堪能した僕達は二次会で店を磯○水産に変え終電辺りで解散する運びとなった。
話はここから始まる。
ほろ酔いの僕は飲み足りなかったのでコンビニで酒とつまみを買い、家で電気を消したままテレビでYouTubeを見ているとそのまま寝てしまった。
暗闇の中、不意に目が覚めてテーブルに置いてある目覚まし時計のライトを付けると夜中の3時になるところだった。
テレビの画面は真っ暗になっていて辺りは静寂に包まれている。
突然スマホから音が鳴りSiriが作動した。
「大丈夫なの?あくらか皆他フラ沸かされてま」
意味のわからない羅列が並ぶ。
もちろん僕は喋ってはいないしSiriを呼び出してもいない。
怖くなって電気を付ける。
不意に今日聞いた怖い話がフラッシュバックしてきて心臓が早鐘のように脈打っている。
誤作動の可能性もあるのでスマホをそばにあるテーブルに置き、残っていた缶チューハイを一気に飲み干した。
少し時間が経ってから僕は布団を頭から被り朝を待つ事にした。
早く夜が明けて欲しいとあれほど願った事など今まで一度も無い。
電気をつけっぱなしにして寝てしまおうとウトウトし始めたその時2回目のSiriが作動する。
「そばにいるのね神栖市 見るてといます今からい」
鳥肌が止まらない、誰かがこの部屋で話している、怖いそして寒い。
僕はウィスキーをストレートで呷り強引に眠る事にした。
スマホの電源は落とす。
そして僕は金縛りに遭った。
右側を下にして寝ていた僕の身体は動かなくなり目を閉じているのに部屋が見えている。
ベッドとテーブルの間に黒い人影が跪いていて僕の顔を覗きながら両手を繋いでいる。
叫び声を上げ飛び起きると朝になっていた。
恋人つなぎをされていた強い力が手に残っていて両手の指の間が圧迫されたように赤くなっていた。
怖いもの見たさの軽い気持ちでノコノコと行った結果、僕はどうやら女の霊を連れて帰ってきてしまったらしい。
それから当分の間何をしていても誰かに見られている様な視線を常に感じていた。
そんな話だ。
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