深夜の老人の話

これは僕がバーテンダーをしていた時に起きた出来事だ。


カラカラとドアのベルが鳴り白髪で眼鏡をかけた老人が入ってきた。


会った事のない初めての客だった。


精気がなく虚ろでどこを見ているか分からない目をしていて何よりメガネが異常に汚れていたのをよく覚えている。


その時他に客は無くカウンター越しに僕は老人と向かい合う。

注文を取り酒を作り伝票を書いている時に老人が声をかけて来た。


「聞いて欲しい話があるんやけどなー。」


ザラつく様なガラスを擦る様な抑揚のない声で老人が続ける。


「私今日で定年退職してなー昨日見た夢でなー高校生の時に付き合ってた女が出て来てなー私の上で腰振ってんねん。これってその女が今も私の事好きやから会いに行った方がええんかなー?」


完全にアウトである。完全にあっちに行っちゃってる人の話し方で完全にあっちに行っちゃってる人が話す内容である。


急に暴れられるのが怖いので相槌を打つ僕。


「そうっすねー、でもその女の人今どこにいるのか分かるんですか?」


「それが分からへんねん。もう何十年前の話やろー?だから卒業アルバム見て住所わかったら行ってみようかな思ってなー。」


怖い、この場所には僕と完全に頭がフライアウェイしている老人しかいない。


なんとか話を変えようと僕は試みる。


「そうっすよねー、でもお客さんモテそうやから最近いい感じのおねえちゃんとか居ないんすかー?」


「今その女の事話してんのに何で他の女の話になんねん!!」


完全に墓穴を掘った。老人のボルテージが上がり口角に泡が湧いている。

人生の中でも一二を争う程の心にもない謝罪をして腹を括り、その話を聞く事にした。


「でなーその女の腰使いがめちゃくちゃエロくてな起きたら射精しててん。ほんまこれは会いに行かなあかんやろーあいつも俺の事夢に見て×××しとるわー!」


本当に帰って欲しい。

でも一応お客さんなので無碍にするわけにはいかない。袋小路である。


「まあええわー!兄ちゃん聞いてくれや!今日な夢に昔付き合ってた女が出てきてな私の上で腰振ってんねん…」


同じ話のリピートである、落語のうどん屋を現在に持ってきたらこういうアレンジになるかと疑うレベルの繰り返しである。


ただこのジジイはさっきからウーロン茶しか飲んでいない、酔ってない怖い。


それから冗談抜きで2時間同じ話をエンドレスリピートで聞いた僕はだんだん夢か現実か分からなくなり、そして考えるのを止めた。



不意にドアが開き常連のお姉さんが入ってきた。


急に馴れ馴れしく絡み出すフライアウェイジジイ。


なだめる僕、戸惑っているお姉さんに急に毒づく頭フライアウェイジジイ。


「なんやねん、女やったら男に酒注ぎましょうかとか聞かんか!今日エレベーターで一緒に乗った女は私の方に向かって微笑みながら何階ですか?って聞いて来たぞ!」


これは完全にアウトだと思いお代は結構ですのでお帰り下さいと強制出禁。


自分でジジイの分のウーロン茶代を払ったのでした。


人って怖いよね。

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