第74話 海釣りをしよう!

 僕は釣りセットを担いで、ホノカと一緒に防波堤の先へ。

 さすがはプライベートビーチ。

 当然だけど、僕たち以外に人がいない。


 僕は釣りに興味があったのだけど、これまでチャレンジができないでいた。

 それは何故か。

 初心者がいきなり海釣りなんて、ハードルが高すぎる。


 技術面の話はしていない。

 そんなもの、とっくに予習済みだし、分からない事があればホノカに聞けば済むじゃないか。


 僕が問題にしているのは、主に環境についてである。



 初心者の僕が海釣りなんかに行ったら、ベテラン釣り師のおっさんに絡まれる。



 ただでさえ、家に1人面倒なおっさんを飼っているのに。

 どうして自分のインドア派と言う戒律を破り、アウトドアに出掛けてまで他所のおっさんに絡まれないといけないのか。


 この手の話をすると「いや、実際はそんなことないよ!」と言う人がいるけども、それを鵜吞みにしてのこのこ出かけて行って痛い目に遭うまでがワンセット。


『大晴くん、大晴くん! ここはアジやキス、クロダイにマゴチが釣れるみたいです!』

「マゴチ! 放課後ていぼう日誌で見たヤツだ!」

『あはは! 大晴くん、ずっと楽しみにしてましたもんね! 釣れると良いですねぇ!』


 その後、仕掛けをセッティングしたら準備完了。

 僕とホノカだけの、静かな時間が始まった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



『いい天気ですねぇ』

「本当にそうだね。ホノカ、暑くない?」


『はい! バカンスデバイスのおかげで、とっても快適です! 水着ですし!!』

「水着姿の彼女と一緒に海釣りとか、最高だなぁ。おっ! また釣れた!!」


 どうせ何も釣れないで終わるんだろうと邪推した同士諸君は、ちょっと心が濁っているのではないだろうか。

 ホノカのナビ、完璧な仕掛け、普段から釣り人が来ないので無警戒な魚。


 これだけ条件が整っていて、逆に釣れない理由を聞きたい。


 現在、キスが2匹。マゴチが3匹。アジが1匹。

 釣り始めて2時間でこれは、良し悪しが分からないから自慢して良いのか判然としないが、僕としてはなかなか満足している。


「やー! 釣れとるかね、そこの君!」

「わっ! 結構魚が入ってるじゃないっすかー! やりますね、来間先輩!!」



 僕の趣味の時間、終了のお知らせ。



 よりにもよって、うるさいのが来てしまった。

 これなら、小早川さんの方がいくらかマシだ。


「まあ、それなりに。2人とも、水着じゃないか。泳いでおいでよ」


「ノンノン! 甘いなぁ、来間は! 今、あたしらは肌を焼いているのだよ! ほら、夏休み明けにこんがり小麦色の肌してたら、なんか良い感じじゃん?」


 小学生みたいな事を言い出した守沢。


「玉木さんも守沢にそそのかされたの? せっかく肌が白いんだから、無理して焼くことないのに。守沢は元からなんか黒いけど。……心が」


「いや、自分はですね、その。何と言いますかー。ちょっと、のっぴきならない事情で、牡丹先輩にお付き合いしていると言いますか。おっす」



「陽菜乃ちゃんはね、美海ちゃんにティーバック穿かせられそうになって、逃げて来たんだよねー!」

「なんでそれ言うんすか!? 今、必死に誤魔化してた自分の努力がぁ!!」



 守沢にデリカシーを求めるとは、玉木さんもまだ甘い。

 文芸部のデリカシーランキングは、1位がホノカ。2位に僕。


 あとはどんぐりの背比べ。全員で最下位争いだよ。


 と言うか、守沢に至っては別に文芸部じゃないしね。

 玉木さんは、頑張って3位を死守すると良い。


『やや! 大晴くん、引いています!』

「お、ホントだ! これは引きが強い! 何だろう!? 大物の予感! そりゃ!!」


 先にごめんなさいをしておこうかと思う。

 僕は知識武装を済ませているとは言え、釣りは今日が初めての若葉マーク。

 だから、勢い余って釣り上げた獲物が後ろに飛んでいくのも致し方ないこと。


 だから、これから起きる惨劇は僕のせいじゃない。


「ぎゃあぁっ!? なんかぬるっとしたのが! ひゃっ!? な、なにこれぇ!!」



「タコだ」

「タコっすね」

『大きなタコさんです!!』



 大物のタコが、守沢の水着に良い感じに絡まっていた。

 玉木さんも真横にいたのに、運の悪い三次元。

 日頃の行いの差かな?


「ちょ、ちょっと! 誰かこれ、取ってよぉ! ぬめぬめしてんだけどぉ!!」


 僕は、何となく思い浮かんだことがある。

 玉木さんと目が合うと、彼女も頷いた。

 ああ、やっぱりそう思うよね。



「守沢、エロ同人みたいな目に遭ってるなぁ」

「そっすね。これは、まごう事なきエロ同人のパターンっす」



「こ、このオタクども! アホな事言ってないで、早く取ってってばぁ!!」

『ホノカ、この事実を美海さんに伝えに行って来ます!!』


「ホノカちゃぁぁぁん!!!」


 その後、わずか3分で駆け付けた小早川さんによって、タコは1度引きはがされ、そののち、守沢の太ももに絡みついた。小早川さんがそうした。

 黙ってタコを掴んだかと思えば、迷いのない動きで守沢の太ももにタコの足をセットする彼女には有無を言わせぬ迫力があり、僕たちは黙って見守った。


 そして、「タマちゃん。シャッターチャンスだよ」と言う小早川さん。

 玉木さんが断るはずもなく、「合点承知の助っす!!」と、嬉々として写真を撮る。


 プライベートビーチに「美海ちゃぁぁぁん!!!」と、守沢の叫びが響いた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「お帰りでござる! 大晴くん、大漁だったみたいでござるな! おや、小早川氏と玉木氏も満足気でござるね。そして守沢氏、どうしたでござるか、その脚」

「松雪ぃー。みんながあたしの事、いじめたぁー!!」


 タコの吸盤のあとがついた守沢の脚。

 良かったじゃないか。


 夏休みが明けるまでその痕が残っていたら、後輩とかに自慢が出来るよ。



 エロ同人みたいな目に遭ったってさ。

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