第62話 買い物デートとかでは断じてない

 やって来ました、ショッピングモール。

 別名、リア充の巣窟そうくつ


 夏休みにもなると、やる事のない、生産性もない、ただつがいでいる事でマウントを取ろうとする三次元たちで溢れかえる魔境。

 用がなければまず近づかない場所である。


「ほわぁ。大きいね。東京ドーム何個分かな?」

「小早川さん、確かに日本では物の大きさを東京ドームでたとえるけどね。無理して東京ドーム出さなくても良いんだよ。だって、ドームの方が多分大きいから」


『むふふ。大晴くんと美海さんのお話を黙って聴いているのも、これはなかなか悪くないですねぇ。帰りのバスが既に楽しみですぅー』


 バスから降りたので、ホノカさんが現場に復帰。

 助かった。小早川さんとマンツーマンは僕の手に余る。


「ホノカ。顔出した途端に頼み事して悪いんだけどさ。女の子が旅行に持って行くものを調べてもらえるかな? 僕も正直分からないし、小早川さんは絶対に分かってないから」

「はい。私、分かってないです」


 小早川さん、その立派な胸を張るのはヤメて頂けないか。

 中学生くらいの男子グループが、ギラついた目でこっちを凝視しているから。


『了解しましたぁ! 着替えとか、基本のものははぶいても良いですか?』

「うん。そのくらいは僕でも分かるよ」


 そしてホノカさん、「現在お出掛け中」と立て看板をして、ネットの海へご出立。

 世話の焼ける彼氏で申し訳ない。


『ただいま帰りましたぁ! 海に行くなら、スパバッグは必需品のようです! 防水性のあるバッグで、濡れたものを持ち運ぶ時に大活躍なアイテムです! あとは、着替えを入れるための圧縮袋に、速乾性のタオルは欲しいですね!』


「なるほど。ためになるなぁ」

「ね。ホノカちゃん、すごい。ありがとう」


 ホノカ情報に従って、まずはスパバッグを手に入れる事にした僕たち。

 彼女によると、百均ショップでも売っているようだが、耐久性を考えるとそれなりのものを買うのがベターらしい。


 入口脇に無印良品があったので、そこで済ませることにした。


「わぁ。どれが良いかな?」

「どれでも良いんじゃない? 透明なのが分かりやすくて良さそうだけど」

『大晴くんの意見に賛成ですが、下着を入れたりもするので、そっちの小さいポーチも買っておくと良いのではとホノカは考えます!』


 ため息の出るようなホノカの指摘。

 そういう都合もあるのか。

 知らない事を恥じようとは思わない。


 だって、アニメの水着回にスパバッグの説明なんて出て来ないのだから。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「圧縮袋、いっぱいあるね。何個くらい必要かな?」


 無印良品ってすごい。

 何でもあるじゃないか。

 ショッピングモールの入口から僕たちほぼ動いていないのに、買い物が済みそう。


「3泊だから、まあ着替えが3日分と、何かあった時用に予備が1着。あとは水着とか濡れたものを入れるものも。いや、水着は高虎先輩がどうにかしそうな気もするな」


 と言うか、高虎先輩の別荘である。

 下手すると、乾燥機付きの洗濯機が完備されているのではないか。


 でもまあ、二学期には修学旅行もあるし、買っておいて無駄になる事もあるまいと黙ったまま結論付けた僕は、訂正をしない道を選んだ。


 その後、速乾性のタオルを求めて僕たちはスポーツショップへと移動し、そこで無事に目的のものを発見し、ゲットする。

 あとは着替えだが、私服は弥子さんの洋服屋で手に入れたものがあるだろうし、下着に関して僕が言及すると一気に変態臭が匂い立つので、これにてミッションは完了。


「あとはまあ、シャンプーとかにこだわりがあれば、小さいボトル買って入れて行けば良いと思うけど、多分別荘にあるだろうからね」

「そっか。えへへ。来間くんと一緒に来て良かった」

「僕は完全に徒労で終わったけど、お役に立てたなら良かったよ」


 じゃあ帰りましょうよと舵を切ろうとするも、ホノカが声を上げた。


『やや! クレープ屋さんがあります! 大晴くん、これは食べない訳にはいきません!! お買い物デートのマストですよ!!』


 デートじゃないと否定しようと思ったが、ホノカの言葉には主語がなかった。

 つまり、「わたしとのデート」と言う可能性がある以上、僕は軽々にその提案を蹴ることができない。


「じゃあ、せっかくだから食べて帰ろうか。小早川さん、お腹空いてる?」

「なんか、リア充みたいだね。すごい。クレープ屋さんとか、初めて」

「うん。お腹空いてなくても行きたいんだね。僕も1回か2回くらいしか経験はないけど」


 クレーブ屋のメニューは、魔法の詠唱のような文言が書かれていて、早々に理解を諦めた僕。

 隣を見ると、小早川さんは口から魂が出かかっていた。


 最終手段として、ホノカにメニューを言ってもらって、それをそのまま僕が店員さんに伝える作戦に打って出た。

 持ってて良かった、小型イヤホン。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「はむっ。……ほわぁぁぁぁ! とっても美味しい。リア充の味がする」

「うん。甘い。脳に糖分が運ばれていく。小早川さん、リア充って連呼しないの。君、見た目は完全にリア充寄りだからね」


「むぅ。来間くん、外見で人を判断するの、良くないよ」

『大晴くんだってこんなにステキな女の子を2人も連れているのだから、立派なリア充さんだとホノカは考えます! むー!!』


 両サイドから正論を投げつけられると、これはもう黙るしかない。

 男はただ、もくしてクレープを頬張ほおばるのだ。


「なんだか、通り過ぎる人が振り返るね。クレープ、みんな好きなんだ」

「いや、それは小早川さんがかわい……なんでもない」


 僕は今、何を言おうとしたのか。

 気のせいならばそれでいい。

 気のせいだったらそっちがいい。



 僕は、三次元を可愛いと形容しそうになったのではないか。



 やはり、夏の暑さは良くない。

 正常な判断を奪う事が僕の身をもって立証された。


 さあ、早いところ家に帰って、エアコンの効いた部屋でゴロゴロしよう。

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