第61話 夏合宿の準備とか言って小早川美海に呼び出される来間大晴

 夏休みは予定のない日に昼まで寝るのが至福。

 むしろ、このために夏休みがあるのではないかとさえ思っている。


『大晴くーん! おはようございます! メッセージが届いていますよぉ!』

「んあ。おはよう、ホノカ」


 そして、彼女に起こされる昼下がり。

 完璧である。もはやこれ以上を望むのは神への冒涜。


「ふぁぁ。メッセージ、誰からかな?」

『美海さんです!』

「小早川さんか。何だろう? 読んでくれるかな」


『はい! ——来間くん。おはよう。あのね、思ったんだけど。まどマギって水着回ないよね。でも、調べたらまどマギのコラボ水着とか水着フィギュアはあるの。これは、原作から逸脱していると思えるけど、少し考え方を変えると、原作ではなかった水着姿を補完できる事を考えると個人的にはアリだと思うの。来間くんはどうかな。ところで』


 僕は何度繰り返すのだろう。

 何回繰り返してもインキュベーターにしてやられるほむらちゃんの気持ちが少しだけ分かる気がする。


「ホノカ? ホノカさん? 念のために聞くけど、今ので何割くらい消化した?」

『2割程度です!!』


 小早川さん、今日も元気そうで何より。

 三次元との電話なんて、特に相手が異性であれば時間の無駄だとしか思えないけども、小早川さんに関しては電話してくれた方が助かる。


 僕の概念をぶち壊すのが本当に上手だなぁ。


「いつものように、要点をまとめてくれると嬉しいな」

『ふむふむ。ええと、リア充みたいに旅行とかしたことないから、準備の仕方が分からないよ。助けて、来間くん。……が主題だと思われます!!』


 文芸部の、高虎先輩プレゼンツ夏合宿は明後日に控えている。

 乗り気じゃなかった僕ですら既に準備を終えているというのに。

 文武両道の学校ヒロイン、どうしたんだ。


「林間学校とか、修学旅行の感じで平気だよって返事してくれる?」

『はーい! ……お返事が来ましたぁ!!』

「早い!! ああ、了解とか、そういう感じ?」


『私、林間学校も修学旅行もアニメか漫画かラノベかゲームでしか経験した事ないよ。とのことです! あと、猫が号泣しているスタンプが6個続いています!!』



 どうやら僕は、小早川さんを傷つけてしまったらしい。



 日本男児を自称する以上、女子を傷つけたら責任を取るのが美しい国の習わし。

 ああ、僕の怠惰な1日が今日も理不尽に奪われる。


 ホノカに「ショッピングモールに行こうか。準備、手伝うよ」と返信してもらって、僕は顔を洗い、歯を磨き、適当にパンを食べて出かける準備をする。



◆◇◆◇◆◇◆◇



『大晴くんは面倒見の良い、とってもステキな彼氏さんです! むーむー!!』

「これは面倒見が良いんじゃなくて、巻き込まれているんだよ」


 ホノカと日陰で雑談していると、陽炎かげろうの向こうから小早川さんが駆けて来た。

 このクソ暑いのに、走らなくても良いものを。

 僕は「ああ……」と天を仰いで、自動販売機でアクエリアスを買った。


「はぁ、はぁ。ごめんね、来間くん。お待たせ。ふぅ」

「時間までまだ10分もあるのに。……はい、これ飲んだらいいよ」


「来間くん。優しい。えへへ」

「違う。僕は小早川さんに熱中症で倒れられたら面倒だから、仕方なく水分補給を促しているだけであってだね」



「ふふっ。美味しい。来間くん、ツンデレ」

『大晴くんは立派なツンデレさんなのです!!』



 僕は本心を言うだけなのに、ここのところすぐにツンデレ扱いされるのは何故か。

 実に不本意である。

 ハルヒとかシャナとか大河とか、古き良きツンデレに謝りたまえ。


 ただし、ホノカは何を言っても問題ない。


「ほら。バスが来た。早いところ行って、さっさと済ませよう」

「うん。……来間くん。バスの乗り方が分からないかも」

「ああ! もう! 僕が全部するから! 小早川さんは着いて来て!」


『おおー! 大晴くん、男らしさマックスです!! これは高得点!』

「ね。来間くん、頼もしい。ありがと」


 帽子を被ってきて正解だった。

 こんなところ、うちの学校の生徒にでも見られたら大惨事だ。


 ドラえもんのひみつ道具に石ころ帽子と言う、被ると路傍ろぼうの石のような存在感になれるものがあるが、既に路傍の石のような存在感の僕が帽子を被っても、まったく同じ効果が期待できるのだ。


 時代がドラえもんに追いついている。

 あと80年も経てば、かのネコ型ロボットも量産されるのだから、これは納得。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「来間くん。来間くん。ショッピングモールってどんなとこ?」

「あ、このパターン。さてはまた知らないね?」


「むぅ。知ってるもん。ゾンビが襲ってきたらバリケード作って立て籠もるところでしょ」

「全国のショッピングモールに怒られそう。なんか、色々な店が集まってる、オシャレな商店街だよ」


「え。それって、オタクが行っても平気なところ?」

「小早川さんはさ、自分の外見にもう少し自信を持った方が良いよ。そのうち、その辺のブスな三次元に殴られると思うんだ」


「その時は、来間くんに助けてもらうから平気だもん」


 小早川さんとの会話はなかなか嚙み合わない。

 話題がオタク関係だったら結構な勢いで歯車がガッチリ合うのに、どうしてなのか。


 まあ、アメリカ暮らしが長いからなんだろうと結論付けて、僕は窓の外を指さした。


「あそこだよ。この辺りで一番大きなショッピングモールだから、必要なものは全部揃うと思うよ」

「そっか。来間くんは物知りだね」


 「小早川さんが世間知らずなだけだよ」と喉元まで出かかったが、頑張って飲み込んだ僕を誰か褒めてくれても良いと思う。


 公共交通機関の中なので、ホノカが喋ってくれないのがことのほか辛い。

 運転手さん、スピードを上げてもらえませんか。

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