第56話 そんなはずないのに、意識してしまう

「来間くん。おはよう。偶然だね」

「お、おはよう。小早川さん」


 僕は何をたじろいでいるのか。

 ちょっと待て、どこかがおかしい。


 相手は、銀髪碧眼ぎんぱつへきがんの美少女でスタイル抜群、文武両道な学校のヒロイン。

 それは分かっている。そして、それがどうした。


 そんなもの、彼女と出会った時から変わっていないのに、何を今更。

 しかし、そうなると、この現象に理由がつけられない。



 僕は今、小早川さんの事を意識したのか?



 いやいや、まさか。そんなバカな。

 自分でも分かっているじゃないか。

 学校のヒロイン。それがどうした。


 どんなに容姿が優れていようとも、相手は三次元。

 何を恐れる事がある。

 何をおののく事がある。


「ん? 来間くん、どうしたの? 私、なにかおかしいかな?」

「い、いや! 全然おかしくないよ? いつも通り、いつもと同じ」

「そっか。えへへ。良かった」


 これは良くない。

 何か、原因は分からないけど、これは悪い予兆だ。


「おっすー! 美海ちゃん、来間、おっはー! なに、早いね、2人とも! まだ生徒会室開けてないから、部室にも入れないっしょ!」

「ああ。良かった。守沢は今日も三次元だ。気の毒なくらい個性のない姿を見ていたら、心が落ち着いたよ。ありがとう」



「なんか分かんないけど、ケンカ売ってんな? チアシューターで撃ち抜くぞ?」

「守沢が僕の中で初めて役に立ったんだから、もっと喜べばいいのに」



 とりあえず、外は暑いので早いところ部室に避難するが吉。

 守沢の後ろにくっ付いて行って、部室の鍵をゲットする。


「1時間くらいしたら後輩が来るからさ、そしたら部室行くねー!」

「うん。待ってるね、牡丹ちゃん」

「無理して来なくて良いよ。お気遣いなく」


 鍵さえ手に入ればこっちのもの。

 部室でエアコン付けて、冷えた麦茶を飲むのだ。


「おはようございまっす! 先輩方! さすが、お早いっすね! 自分、一番乗りのつもりで来たのに、まだまだっす!!」


 玉木さんが部室の前で待っていた。

 朝から元気である。松岡修造属性の持主だな。


「さあ、中に入ろう。暑いし湿度は高いし、今日は外に出る日じゃないよ」


 そして僕の城へと帰還。

 三次元が増えたけど、そこはもう気にしたら負けなので、気にしない。

 僕は意外と負けず嫌いなのだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ホノカ先輩! これ見て下さいっす! 今年の水着特集してる雑誌があったから、買って来たんすよ! 一緒に見ましょう!!」

『わぁ! それはステキです! あと、ホノカ先輩って響きがいいですねぇ。元気ハツラツ美少女な後輩に呼ばれるのはなかなか……。じゅるり』


 僕の恋人が部室に入って5分でさらわれた。

 玉木さんはフットワークが軽いので、注意しておかないとすぐにこうなる。


 しかも、オタクの知識とリア充の知識、両方を持ち合わせているのが実に厄介。

 その結果、水着のトレンドとか言う、僕が絶対に持ち得ないリア充情報で、僕のホノカを誘惑する。


 おのれ、ハイブリッドオタクめ。


「来間くん。来間くん。水着特集なら、私も持って来たよ」

「おお。夏アニメの水着特集! 今日発売だよね、この雑誌」


 小早川さんが取り出した雑誌も水着が満載。

 ただし、こちらは二次元の水着である。

 これこそオタクの正しい夏の嗜み。小早川さんは分かっている。


「一緒に見よ? ガチチアも載ってるよ」

「マジか。それは必見だね。見よう、見よう」


 不用意だった。

 ガチチアの水着に誘われて、ほいほいと小早川さんに接近したため、お互いの腕が触れる。

 制服は夏服なので、半そで。


 つまり、素肌が触れあってしまった訳である。


「おわっ!? ご、ごめん!」

「ん。えっと、何についてのごめん?」


 しっかりしてくれ、僕の脳細胞たち。

 こんな、三次元とのちょっとした接触事故で何を慌てているのか。

 車体がちょっとした段差に乗り上げた程度でわめくなんて、どうかしている。


「いや、うん。なんでもない」

「そっか。あ。見て、来間くん。チアレッドの水着。しかもアニメで着てたヤツとは違うバージョンだよ。アニメ雑誌はこうじゃないと。うん。グラビアで見ても、やっぱりチアレッドは腰から下がエロいよね。お尻と太もも、最高だもん。ね。来間くん。来間くん。この水着のコス、私に似合うかな?」


 先に言い訳をさせてもらえると助かる。

 これは、条件反射である。


 僕の脳は回転が速いゆえ、小早川さんのチアレッド水着コスを想像してしまったのは、優秀な頭脳を持ったがための悲劇。

 別に、そこにいやらしい感情なんて存在しない。


 ただ、脳裏に小早川さんの水着姿が浮かんだだけ。

 それだけの事である。


「うん。似合うんじゃないかな? チアレッドの方が似合うと思うけど」

「うん。それは仕方ないよね。三次元は二次元を越えられないもん」


 そして、こういう時に限って、僕の持論と全く同じ感想を述べる小早川さん。

 何が問題かって、そんな些細なことにまで意識をしている僕のコンディション。


 今日は体調が悪いのだろうか。

 大人しく家に帰った方が良いのではないか。


「おっすー! 手が空いたから牡丹ちゃんが来たぞー! およ、陽菜乃ひなのちゃんとホノカちゃんが仲良くしてる! 来間、ヤキモチ焼かなくていいの?」


 今日は守沢に助けられる日らしい。

 僕の思考は、一旦小早川さんと言うデンジャーゾーンからの離脱に成功。


「僕は寛大な男だからね。後輩にもホノカの素晴らしさを布教してるんだよ」

「おっす! シルバー先輩は最高っす! ホノカ先輩が惚れるはずっす!!」

『もぉ! 陽菜乃ちゃん、そんなにハッキリ言われると恥ずかしいですよぉー』


 やれやれ、危ないところだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 守沢のファインプレーを認めた僕は、その褒美に冷えた麦茶を淹れてやることにした。

 この僕が三次元にお茶汲みをするなんて、ほまれに思うと良い。


『やや! 大晴くん! 松雪さんからメッセージが届いています!』

「高虎先輩? なにか約束してたっけ? 内容を教えてくれる?」


『えっと、新しい衣装を作ったから、見せびらかしたいそうです!! もう学校の近くに来ているみたいですよ! お返事しても良いですか?』

「もちろん。ホノカに任せるよ」


「えー。松雪、またコスプレの衣装作ったん? ヤダー。あたし、困るんだけど!」

「守沢に着せるとは言ってないんだけど。はい、お茶」


 守沢はすっかり二次元に染まったなぁ。

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