第49話 謎の入部希望者の正体は

 守沢の口から出て来た凶報。

 一夜明けて、昨日のアレは聞き間違いか何かだろうと決めつけて、まだ明けない梅雨空の中を登校する。


 スマホの中ではホノカが雨傘を差していて、それだけが心のビタミン。

 よく見ると、手作りのてるてる坊主がつるしてある。

 ああ、心がリフレッシュされる。


 よし、今日も1日頑張ろう。


「おはよう。来間くん。新入部員、楽しみだね」

「……おはよう。小早川さん。朝から気が滅入るなぁ」


 学校のヒロインによって、僕は現実に引き戻された。


 現実のアップデートはまだか。

 重大なストレスが発生している。

 運営は速やかに対処して、詫び石を配布せよ。


「どんな子だろ? 男の子かな。女の子かな。私は女の子だったらいいな」

「ちょっと待って。僕は入部を認めるとは言っていないよ」


 ここで僕は実にシャープな思考にたどり着いた。

 考えてみれば、文芸部の部長は僕じゃないか。

 つまり、謎の新入部員がいくら入部届を生徒会に出そうとも、文芸部の長たる僕が首を縦に振らなければ、正式な入部は叶わない。


 よし、叩き返そう。


「ダメなの? 私は入れてもらえたのに? 後輩、欲しかったな」

「ダメだね。小早川さんが特別だったんだ。うちは新入部員募集してないし」


「あ。私、特別だったんだ? ……そうなんだ。ふふっ」

「小早川さん、前から言おうと思ってたんだけどさ。君はちょいちょい特殊な解釈をするよね」


「だって、お前が信じるお前を信じろってカミナが言ってたもん」

「うん。カミナの兄貴は良いことを言うよ。ただ、小早川さんはシモンじゃないよね?」


「来間くん。人は誰しも、アニメのキャラに自分を重ねるんだよ」

「ああ、うん。その点に関しては概ね同意だけどさ。……うん、もういいや」


 僕のプランの中では、「学校のヒロインに新入部員を門前払いさせる」というものもあったのだ。

 今や、知らぬ者のいない小早川美海。

 彼女の一言は、一般生徒のそれと比べてもかなりの重さを持っている。


 「うちは間に合ってます」と、新聞の勧誘をバッサリとなます斬りにする肝っ玉母さんよろしく、彼女を防波堤にする作戦。

 これは結構アリだと思っていた。


 しかし、多くの部活ものアニメを見てきた小早川さんにとって、「後輩ができる」というイベントは、憧れ以外の何物でもないご様子。

 ダメだ、彼女を引っ張り出したら、余計に面倒が増える。


 僕はそう結論付けて、1時間目の英語の授業を受けた。


 メアリーがレストランで紅茶とコーヒーを間違って注文して、「コーヒーは苦くて飲めないので取り替えてもらえますか」と店員さんに告げていた。


 相変わらずメアリーはドジっ子。

 彼女が新入部員ならば、僕だって諸手もろてを挙げて歓迎したさ。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「小早川さん。部室に行くよ」

「うん。もう準備出来てるよ」


『むーむー! 大晴くん、昨日の反省をバッチリ生かしてのレディファースト! ステキです!! これはホノカポイント大量ゲットですよぉ』


 その言葉が聞きたかった。

 小早川さんに親切にすれば、ホノカのご機嫌がよくなって、家に帰ってからのイチャコラタイムが実に捗る。


 つまり、小早川さんはボーナスキャラ。


「おい、来間! 1年の男子が呼んでるぜ!」

「えっ? 僕を?」


 隣の席の大川くんが親切にも、僕に来客を知らせてくれる。

 しかし、1年生に知り合いなんていない僕に、誰が何のご指名だろうか。

 呼ばれたからには行くけども。


 ちょっと待て。

 まさか、彼が入部希望者か!?

 その可能性は充分にある。


 呆けた気持ちを引き締めて、僕は廊下へ向かう。


「あ、す、すみません。久留米くるめ先輩、お時間取らせまして」


 そこには、ひょろっとした男子が待っていた。

 身長は高いが、体重が見るからに軽そうで、しっかりご飯を食べた方が良いとアドバイスをしようか迷うほどだった。


 あと、僕の名前は来間くるまだ。

 なんだ、久留米って。

 濃厚な豚骨ラーメンは好きだけど、そんな理由で改名してたまるか。


「何の用かな?」

「あの、え、ええと。これ、受け取って下さい!!」


 そしてひょろっとした彼は、僕に手紙を差し出した。

 入部届かラブレター。どちらかである。


 封筒にはハートマークが。

 これって、ラブレターなんじゃないか。


 別に同性愛を否定するつもりはないし、二次元のカノジョと交際している僕が多様な形の恋愛をとやかく言う筋合いもないけども。

 僕には心に決めた人がいるので、これは受け取れない。


 その旨を彼に伝えたところ、「ち、違うんです」と食い下がる。

 気持ちだけ受け取っておくよと言おうと思ったところ、彼は続けた。



「これ。こ、ここ、小早川先輩に渡してください!!」

「ああ、そういうこと。ダメだよ。渡せない。どうしてもって言うなら、自分で渡してくれるかな」



 僕の毅然とした態度に臆した彼は、トボトボと引き上げて行った。


「むぅ。私のラブレター。来間くん、ひどいんだぁ」

「いたなら自分で応対しなよ……。だって、ラブレターで呼び出すにしたって、それを僕に託すような恋愛観の人は悲しい結末が待ってると思って」


『むーむー。大晴くん。本当のところを教えてください!』



「1回でも小早川さんの窓口になったら、絶対に次から次へと求愛のために三次元が行列作ると思ったから、絶対に断ろうと最初から思ってました!!」



 僕の素直な告白に、ホノカも小早川さんも頷いた。

 ひょろっとした1年生よ、告白というのは、こうやってするものだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「結局、入部希望者が誰なのか分からない上に、その影に怯えないといけないと言うのが、僕にとっては非常に腹立たしい」


「なるほど。来間くんは、結構独占欲が強いんだね」

『そうですねぇ。大晴くん、結構束縛するタイプですよぉ』


「ぐっ。今はその話はいいじゃないか! とにかく、僕たちの過ごしやすい文芸部を守るんだ! みんなで協力をしよう!」


「うん。来間くんが言うなら、そうする」

『大晴くんの部活ですもんねー』


 なんかよく分からないけども、僕たちの心は一つになった。

 来るなら来い、入部希望者よ。


 三次元にはこの壁を突破できない事を教えて差し上げよう。



「おっすー! 来間ー! 入部希望者連れて来たぞー! 感謝しろー!!」

「え゛っ!?」



 噂をすれば影が差す。

 そして、口はわざわいの元。

 今日はこの2つから、お好きな方をお選びいただきたい。


 僕は第一種戦闘配備で、敵を迎撃しなければならなくなった。


 ついでに、守沢はやっぱり死神だと思う。

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