第二章

第48話 ついに守沢牡丹まで部室に入り浸り始めた

 期末試験の最終日。

 午前中で解散となり、試験期間中は封鎖されていた部室棟にやっと入れる。


 僕は速やかに生徒会室で鍵を受け取り、部室へ直行。

 実に1週間ぶりの我が城である。

 エアコンのスイッチを入れたら準備オッケー。


 冷蔵庫も空にしておいたので、早速買って来た麦茶を入れる。

 文芸部では麦茶が常備されている。

 これは、夏でも冬でも変わらない。


 理由は、高虎先輩が好きだったから。


 今は卒業生の氏であるが、この部室を残してくれた偉業に敬意を表して、僕も高虎メソッドに従っている。


「もぉ。どうして置いて行くの。来間くん」

「いや。別に一緒に行く約束してなかったじゃない。小早川さん」


 なんだかご機嫌斜めな学校のヒロイン。

 レディファーストで常にエスコートまでこなす英国紳士をお探しならば、どこかよその部活に行ってもらった方が話が早い。


『むーむー。大晴くん、そういうのはよくないと思います! ちゃんと美海さんを誘ってあげるべきですよぉ。むー』

「ね。ほら、ホノカちゃんもこう言ってるよ」


「ぐっ」


 最近、小早川さんはホノカを口実に使うという反則技を覚えた。

 僕のウィークポイントを的確に突いてくるあたり、さすがガチゲーマー。

 実に効率の良い戦い方を熟知している。


「こ、今度からは気を付けるよ。……できるだけ」


 こうなると、僕の旗色は極めて悪い。

 抵抗を試みたところで、無駄な努力になる可能性の方が高い。

 ならば、弾薬と精神力の浪費は避けるべきだろう。


「来間くん。来間くん。今日はガチチアの何話を見る?」

「あ、ガチチア見るのは決定なんだ。別に良いけどさ」

『ホノカは8話が良いです! 水着回、最高です!!』


「うん。水着回、いいよね。次のコスプレは水着にしようか」

「それ、前も言ってたね。僕は参加しないからね。水着回にシルバー司令官いないし」

『大晴くんがやる気なら、ホノカも水着のコスプレしますよぉ?』


 水着をコスプレと呼んで良いものか。

 これは、レイヤー界隈かいわいでも幾度となく議論を呼び、その度に建設的な意見が飛び交い、その結論は未だ明示されていない難問である。


 ただ、ホノカが水着をコスプレと呼ぶのなら、それはもうコスプレなのだ。

 そして、ホノカの水着が見られるのなら、僕は仮面を被った海水浴客に扮するのも一向にいとわない構え。


「よし! 高虎先輩に相談しよう!」


「わぁ。来間くんがやる気になってる」

『むーむー! 大晴くんはなんだかんだ、ワガママを言ったら聞いてくれる、優しい彼氏なのです! むー!!』


 そして、ガチチアの鑑賞会が始まった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「おっすー! やっとるかね、みんなー! 牡丹ちゃんが見回りに来たぞー!!」


 守沢がやって来た。

 強権をぶら下げて高圧的な視察をしていた鬼の副長はどこへやら。


「あ。守沢さん。今、ガチチアの水着回見てたんだ。一緒に見る?」

『牡丹さんも水着回マラソンしましょう! 次が3回目です!!』

「マジで? 見る、見る! イエローちゃんの水着が可愛いんだよねー!!」


 おい、鬼の副長。

 平然と居座るな。仕事しろ。


「お、そだそだ、来間ー」

「はいはい。活動報告書ね。もう書いてあるよ」


「や、それはまだいいや。水ようかん持って来たから、冷やしといてくれる?」

「ちょっと待って。守沢さ、うちの部員じゃないよね?」

「えー。いいじゃん! どうせちょくちょく遊びに来るんだからさー。冷蔵庫だって、スペース空いてんだし! あ、言っとくけど、勝手に食べるなよー?」



 僕の、僕とホノカだけの城が、どんどん酷い環境になっていく。



 地球の環境問題に僕は熱心な訳ではないが、環境破壊は由々しき問題だと思う。

 その一旦として、僕の居城も外来種による侵略でその環境が脅かされている。


「レッドの水着、いいよね。レッドなのに緑のボーダーなのがいい」

『ですよね! ブルーちゃんの小さなお尻を見て、自分のお尻を隠すためにスカート付きのビキニにするエピソードとか、超エモいですぅ!』


「あたしのイエローちゃんの水着も見てよ! 口尖らせながら、フリフリの水着を照れて誤魔化すところとか、いいよねー!!」


「わぁ。守沢さんが分かってる。高みに近づいたね。嬉しい」

『牡丹さん、いっぱいお勉強しましたもんね! 偉いです!!』

「やー! そう? やっぱり、コスプレしてから、妙に愛着が湧いちゃってさー!!」



 僕の部室が。



「守沢。他の見回りに行かなくてもいいの?」

「あー。あとちょっとだけ。これ見たら行くから」


 聞き分けのない子供を持つ、世のお母さんたちの苦労が僕には分かる。

 この「ちょっとだけ」は、だいたいちょっとじゃ済まない。


 切り口を変えよう。

 なんとしても、守沢だけは追い出さなければ。

 今、彼女の存在を許すと、今後も入り浸りになる未来が見える。


「守沢。活動報告書の書き方でちょっと分からない事があるんだけど」

「えー? 置いといて。あとでやるから」


 晩ごはんできたよって言ってるのに、いつまで経っても部屋から出て来ない子供を持つ、世のお母さん。

 心中お察しいたします。

 そこで質問なのですが、この場合、どうするのが正解なのでしょうか。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「いやー。良かった! 超堪能した! この部室、居心地いいよね!」


 守沢のヤツ、あれから3話も見続けるとか、僕の想定を軽々超えてきた。

 挙句の果てには「次はいつコスプレする?」とか言う始末。


 文芸部に馴染んでこないで欲しいんだけど。

 三次元は三次元で、マジメに生きて欲しいんだけど。


「また来てね、守沢さん。いつでも大歓迎」

「いや、小早川さん。それはちょっと」


『牡丹さん、次は一緒にゲームしましょうね! 4人でスマブラできます!!』

「……また来るといいよ」


 自分の意志の弱さが憎い。

 でも、ホノカが望むなら、僕の意志なんて二の次、三の次。


 忸怩たる思いに打ちのめされていると、守沢がさらに不吉なことを言うのだから堪らない。

 君は、死神かなにか?


「そういえばさ、来間。さっき、報告が上がって来たんだけど。文芸部に入部届出てるよ。あんたが認めるとか、優秀な人材でも見つけたん?」

「はあ!?」



 寝耳に水とはまさにこの事。

 藪から棒。青天の霹靂へきれき。同士諸君、お好きなものをどうぞ。


 僕は寝耳に熱した油かな。

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