第47話 打ち上げ!!

 焼肉・ビバリーヒルズ。

 なんか高そうなお店に連れて来られた僕たち。


「ちょ、来間! なんか高そうなんだけど!? あたし、財布に5000円しか入ってないんだけど!?」

「安心すると良いよ。僕は3000円しか入ってない」


「私、知ってる。お金が足りなかったら、皿洗いするんだよね?」

「うん。小早川さん。それはね、昭和のアニメの話だね。普通はお金が足りないのに焼肉食べたら、警察に通報されるんだよ」


『むーむー。大晴くん、大晴くん。ホノカが壱成博士のクレジットカード情報を用意しましょうか?』

「その手があったか! いざという時は、それで乗り切ろう!」


 最近は、親父のありがたみを肌で感じる事が多い。

 伊達に父親名乗ってないなぁ。頼りになるよ。


「いやはや、駐車場が混んでいて困ったでござる。お待たせしたでござるな! さあ、入りましょうぞ! 皆の衆!!」


 店構えは高そうだけど、中に入ったらそんなでもなく、安価でサンダルの底みたいに固い肉を提供してくれる、そんな大衆的な景色が待っている。

 僕の希望はこんな感じだったのだが。


「いらっしゃいませ」


 すごく身なりの整ったおじ様が頭を下げて出迎えてくれた時点で幻想は霧散して、現実がにこやかに挨拶をしてきた。

 親父、申し訳ない。


「予約していた松雪でござる」


 ホテルマンのように丁寧な物腰のおじ様を前にして、頑なに侍キャラを貫き通す高虎先輩はオタクとしては立派だと思うが、何故だろう、尊敬できない。

 多分、僕のレベルが低いせいだろう。

 もっと精進しなければ。


 そして通された先はお座敷で、敷いてある座布団のフカフカ具合で全てを悟った。

 ああ、高級焼き肉店だ、ここ。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「みんな、好きに注文して良いでござるよ! ここの会計は小生が持つゆえ! 遠慮はなしで、盛大に飲み食いするでござる!!」


 高虎先輩が、一言で僕たち全員の好感度をマックスに跳ね上げた。

 特にそれが顕著だったのは、守沢である。


「ま、マジ!? こんな高そうなとこで、奢ってくれるん!? め、メニューに値段書いてないんだけど!」

「もちろんでござる。今回のコスプレイベントの言い出しっぺは小生。みんなには付き合ってもらった訳でござるし、なにより年上として、恰好をつけさせて欲しいでござるよ」


「松雪先輩! あたし、あんたの事を誤解してた!!」


 ついに守沢が高虎先輩を先輩と呼んだ。

 出会ってから1年と数か月。

 歴史的な瞬間の目撃者になる日が来ようとは。


 その後、注文しろって言われても何を頼んで良いか分かりません状態な僕たちを見て、高虎先輩が「とりあえず」と言って山ほど肉を注文した。


 そして運ばれてくる、見るからに高そうなお肉。

 目の前に置かれたコーラだけが見慣れた顔で、なんだか心底ホッとした。


「うむ、僭越ながら小生が一言。今日は、実に楽しい1日でござった! 次のイベントも良いものにしましょうぞ! では、乾杯!!」


 なんだか不穏な予告がなされた気がしたけども、聞こえなかった事にして、僕たちはグラスを掲げた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「うまぁー! 松雪、これ超うまい! なんか、口の中で溶けたぁ! ただ事じゃないよ!!」

「それは結構でござるな。小生が焼くので、みんなは食べるでござる!」


「ホノカ、お店のホームページに繋がった?」

『はい! わたしも今からお肉を焼きます! ほわぁー! 美味しそうですぅー!!』


 スマホの中のホノカが、七輪を並べて、お肉を焼いている。

 ああ、ずっと見ていられるなぁ。


「来間くん。焼肉ってすごいね。私、初めて」

「アメリカってバーベキューするんじゃないの?」


「うん。するみたい。でも私はしたことないよ? ああいうのって、お友達同士でやるから。うちの家族もアウトドア派じゃなかったし」


 なんだか学校のヒロインについて、悲しい情報が追加された。

 じゃあ、初めての焼肉を心の底から楽しむと良い。


「タン塩ってなに? ハラミって言うのは?」

「食べてみようか。説明するより、そっちの方が早いよ。先輩、こっちのお肉取ってもいいですか?」


「もちろんでござる!」

「ありがとうございます。はい、小早川さん」


 ネギ付きタン塩とハラミ、小早川さん、いざ実食。


「ほわぁぁぁ! おいしい。来間くん、来間くん。すごくおいしいよ。どうしよう」

「良かったね。慌てて食べないで、よく噛んでね」


『美海さん! ホルモンも美味しいですよ! 食べてみてください!!』

「あ。それ知ってる。ヘドバンするんだよね」

「うん。それは別のホルモンだね。盛り上がるけど食べられないヤツ」


「松雪! あたしビビンバ食べていい!? あと、あとね! この熟成肉ってのも食べたい! なんか、テレビでやってた! 美味しいんでしょ?」

「守沢氏はガツガツ行くでござるなぁ。見た目通りの肉食系女子! 好きなだけ頼むでござるよ!」


 こうして、楽しい時間はあっという間に駆けていく。

 時間の経過に合わせて、僕たちは1日を通して失ったカロリーの補給に成功していた。


 思えば、昼に軽くゼリー飲料を飲んだくらいで、食事は取らなかったのだから、ただでさえ美味しい高級焼き肉を最高の形で味わった僕たちだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 高虎先輩の車で家まで送迎。

 何と言う、至れり尽くせりか。


「じゃあ、またね! お疲れー!!」

「写真のデータは明日にでも送るでござるよ。では、ご免!」


 守沢が帰宅。そして次は僕とホノカの番。


「ありがとうございました。高虎先輩。じゃあ、お先に。小早川さん」

「うん。また学校でね」

『2人とも、お気を付けて! おやすみなさいですー!!』


 走り去って行くハイエース。

 ホノカが満足そうに笑うので、思わず理由を聞いてみた。


 すると彼女はもう一度柔らかい表情を見せてから、言うのだ。


『大晴くんのところに来てから、ホノカは色々なものを貰いました。ステキなお名前も、楽しい日常も。それから、たくさんの思い出を。わたし、大晴くんの彼女になれて、幸せです!!』


 僕も思わず笑顔になり、短く返事をする。


「それはお互い様だよ。僕もホノカが来てくれて、世界が一変したもの。これからも、ずっと一緒に、色々な事をしていこうね」

『はい! これからも、よろしくお願いします、大晴くん! えへへ』


 実際、ホノカと出会わなければ、僕は毎日変化のない時を過ごしていただろう。

 それはそれで充足していたと思うけど、この生活を知ってしまったからには、もうあの頃には戻れない。


 明日が来るのが楽しみで仕方がないのだから、これはもうどうしようもない。

 恋人ができると世界が変わると誰かが言っていたけども、あれは本当だったのか。


 転がり始めたボールは、加速度的にスピードを上げていく。



 さあ、カノジョと、次は一体何をしようか。





 ——第一章、完。

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