第50話 入部希望者の後輩女子が来たので、追い返そうと思う

 守沢がよくない親切を発動させて、満面の笑みで部室のドアを開けた。

 心張しんばぼうを最近仕掛けていない不用心が裏目に出てしまった。


 だって、人が出入りする度にアレを仕掛けるの、結構面倒だから。


「ささ、入りなよ! この部屋、超快適だから!」


 その快適な部室を叩き潰そうとしていたのは誰だったか。

 今では、冷蔵庫にマイ水ようかんを常備している守沢。

 これだから三次元は嫌なんだ。


「失礼します! 自分、玉木たまき陽菜乃ひなのと言います! 文芸部に是非入りたいと思い、本日は守沢先輩の許可を得て伺いました!!」



 なんか、すごく元気なのが来た。

 一瞬で分かる、住む世界の違う感じ。

 あと、守沢。勝手に許可を与えないでくれるかな。



「わぁ。玉木さん。よろしくね」

「ヤメて、小早川さん。勝手によろしくしないの」


 あくまでも文芸部の部長は僕だ。

 断固として、新入部員は拒否する。


「小早川先輩! お会いできて光栄です! 自分、ずっとお話したいと思ってました!!」

「そうなの? えへへ。嬉しい」


 だから小早川さんを部活に入れるのは反対だったんだ。

 何を今更と言われるかもしれないが、僕が恐れていたのはこのパターン。


 小早川さんのファンが押しかけて来るんじゃないかと、ずっと危惧していたのだ。

 実際に、現実のものになっている訳だし、僕の懸念は正しかった。


「あのね、玉木さん。うちの部は、新入部員募集してないんだ。僕たちの代で廃部にするつもりなんだよ。だから、特に一年生の部員はダメなんだ」


 我ながら、完璧な理論武装。

 まず、新入部員を拒絶するそれらしい理由を述べた上で「二年生ならワンチャンあったんだけどね」と付言する事で納得せざるを得なくするという、高度な話術。


 オタクは口下手だというのは、誤解である。

 むしろ、オタクは発言しない間も常に色々考えているので、有事の際には雄弁になる。



「おわぁ! 来間先輩!! 来間先輩からお声をかけて頂けるなんて、恐れ多い!!」

「うん。君も人の話を聞かないタイプだな?」



 そもそも、なんだ恐れ多いって。

 僕は自分が知らないうちに、学校内ではぐれメタル扱いされ始めているのだろうか。

 確かに、レベル上げをしている最中にはぐれメタルと遭遇したら、恐れ多いね。


「やー。あたしもビックリしたんだけどさー! 陽菜乃ちゃん、来間に憧れて入部を決めたらしいんだよ! いやー、ホントに驚いた!」


 何を言ってるのかな、守沢は。

 チアシューター撃ち過ぎて頭がおかしくなったのかな。


 ますます話が面倒な事になってきた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「自分、来間先輩の雄姿を目の当たりにして、色々と学ぶならこの方しかいないと、心に決めたのです! 実は物陰に隠れてお顔を見たりしていたのですが、実際にお話をすると、ひゃー!! 興奮してどうにかなってしまいそうです!!」


 僕を見て興奮する時点で、確かにどうにかなっているのは間違いない。

 しかし、魂胆は分かっている。


 オタク男子を女子が適当におだてたら、なんかいい感じに勘違いして入部を認めるだろうとか、そんなところだろう。


『大晴くん、入れてあげましょうよー! こんなに元気な女の子が仲間になってくれたら、お部室が明るくなりますよ!!』

「ダメだよ、ホノカ。もう部室の照明は充分過ぎるくらい明るいから。これ以上はむしろ目に悪い」


 僕も学習する男である。

 もう、守沢の時のようなミスは犯さない。


 ホノカの存在だけは気取られないようにしなければ。

 本当に、もう、展開が見えるんだ。


 ホノカの存在がバレる。ホノカと玉木さんが仲良くなる。ホノカが「大晴くん!」と潤んだ瞳で僕を見る。そして僕が折れる。



 絶対にこのパータンじゃないか。



 負けパターンが分かっているなら、わざわざその流れに乗る必要はない。


「いいじゃんかー。来間ぁー。陽菜乃ちゃん、バレー部辞めて来たんだよ?」

「そうなんだ。じゃあ、速やかにバレー部へお帰り頂いて。まだ間に合うから」

「自分のためにお気遣いを……!! 恐縮です!!」


 話が通じないタイプは、もう小早川さんで枠が埋まっているんだ。

 玉木さん、キャラ被りは致命的だから、バレー部にお帰りなさい。


「ね。玉木さん。タマちゃんって呼んでもいいかな?」

「くはぁ! 小早川先輩にあだ名をつけてもらえるなんて!! 恐縮です!!」


「あー。いいな! 美海ちゃんも、そろそろあたしのこと名前で呼んでよー!!」

「あ、そうだね。じゃあ、牡丹ちゃんって呼ぶね」

「やっふー!! 美海ちゃんとの仲良しレベルがアップしたー! 来間、何て言うんだっけ? あんたの好きなゲームで、こーゆうの」


「好感度かな?」

「そう、それ!! 好感度が爆上がりで、アゲアゲなんだけど!」


 好感度はアゲアゲになるものじゃないんだよ。

 ハートを1つずつ増やしていくものなの。


『大晴くん、大晴くん! 貴重な後輩キャラですよぉ! しかも、大晴くんの事を慕ってくれてます! これは逃すべきではないとホノカは考えます!!』


 今日も今日とてアウェー戦。

 だけど、僕は屈しない。


 そう思っていたのだけども。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「来間先輩のシルバー司令官、最高でした!! 自分、興奮したっす!!」



 どうしてそれを知っているのか。



 僕がシルバー司令官であることは、トップシークレットのはず。

 小早川さんには厳重に口止めしておいたし、守沢は自分のコスプレバレを嫌っているから、僕のコスプレの話を人にするとも思えない。


 玉木さんがすぐに答えを教えてくれた。


「チアーズを悪者から守る姿、マジで興奮しました!! ジャッジメント・シルバーアックス!! 痺れました! バッチリ写真にも撮りました!!」


「玉木さん。確認なんだけどさ。君、この間のコスプレイベントに、いた?」

「おっす! 自分、近隣のコスイベは完璧に網羅してるっす!!」


「あの、シルバー司令官が僕って、どうして分かったのかな?」

「だって、周りの皆さんに来間くんって呼ばれていたので! 小早川先輩が一緒におられましたし、同じ学校かなと思いました! 珍しい名字ですし!!」


 少しの間、僕は考えた。

 この声の大きな後輩女子を野に放っておいて、大丈夫だろうか。

 僕の平穏な学校生活が脅かされたりしないだろうか。



 愚問だった。



「……ようこそ。文芸部へ。入部届は守沢に受理してもらってね」

「あ、ありがとうございますっ!! 自分、いい写真撮りまくるっす!!」


 元から逃げ道なんて用意されていなかった。


 負けイベントって、人生においても定期的に発生するものなのか。

 ……アップデート、急いでくれ、運営さん。

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