第38話 ガチオタヒロイン、なんかオシャレになる

「おお……。すごいなぁ」


 先に言っておきたいのは、別に小早川さんの容姿に好意を抱いたとか、そういうアレではない点をハッキリさせておきたい。


 ただし、その変身ぶりと言うか、変貌ぶりと言うか、別人ぶりに僕が驚いた事は否定しない。


 「一緒に歩いて、友達とかに噂されると恥ずかしいし」なレベルだったファッションが、その辺歩くだけで読者モデルにスカウトされる次元に底上げされたら、そりゃあ三次元に興味のない僕だって驚く。

 と言うか、慄く。


「変じゃない、かな? やっぱり、変だよね? 私、服脱ぐね。多分裸の方がマシだと思うから。うん、絶対にそうだもん」


 どうしてこの容姿で自分に自信を持てないのか。

 恐らく、多くの人がそう思うだろう。

 だが、小早川さんの代わりに答えると、根本的なところに見解の相違がある。



 オタクって、自分の事、ダサいって自覚があるからね。



 「多分ダサい恰好してるんだろうな」と思いながらも、「服屋に着て行く服がない」とか言い訳をして、そのうち妥協するのがオタク。

 「だって、この服買うお金でゲーム中古で2本買えるじゃん」とか言い訳をして、自分のダサさを認めるのがオタク。


 そんな理屈の上で生きている僕たちは、もうショップの店員さんに「お似合いですよ」とか言われた時点で被害妄想がスタートする。

 小早川さんのように、三次元からすれば恵まれ過ぎている容姿を持っていたとしても、それは変わらない。


「いや、似合ってると思うよ。多分。可愛いと思うよ。多分」

「来間くんの本音は、多分に集約されてると思うの。その目は詐欺師の目だもん」


 ひどい言い掛かりをつけられた。

 頑張って三次元を褒めてあげたというのに。


「小生も見事に洋服を着こなしていると思うでござるよ!」

「松雪先輩はモデルさんみたいな体型で、何着ても似合うからそういう事言うんです」


「ええ……。小早川氏がそれを言うでござるか? 下手すると、その辺のちょっとブスな女子に石投げつけられる発言でござるよ?」


 どうやら、最終手段に打って出る他ないようである。

 僕は、小早川さんをスマホでパシャリと撮影して、そのデータを家のパソコンに送信。

 そのまま、電話をかける。


「あ、親父? 今送った服のデータをさ、ホノカの基礎ネットワークに移してくれる? うん、そう、大至急。5分でやって」


「大晴くん。親父殿がいくらジェバンニだからって、無茶を言うなぁ……」


 電話を切って、7分後。ホノカが頭上に電球のアイコンを表示させた。

 2分オーバーか。まあ、許容範囲だな。


「ホノカ。急で悪いんだけどさ、その服着てくれる?」

『むーむー! なるほどです! ホノカは理解しました! 大晴くん、優しいですねぇ』


 僕は「このままじゃ夕方までかかりそうだから、仕方なくだよ」と、本心を言う。

 ホノカが『ツンデレさんですねぇ』と笑って、着替え始める。


 訂正するタイミングを失ってしまった。

 言っておくけど、違うから。同士諸君には分かってもらいたい。



◆◇◆◇◆◇◆◇



『じゃん! 着替えましたよぉ』


 ああ、尊い。

 白いブラウスの上に、黒いワンピースを重ね着しているホノカ。

 もう、ずっと眺めていたい。地球が爆発しても、僕は見つめるのをヤメない。


「ほほう。考えたでござるな、大晴くん」

「いや、もうこれしかないなって、ずっと思ってたので。小早川さん」


「むぅ。なんか、私の恰好見て、内緒で悪口言ってたでしょ?」



 こじらせているなぁ。まあ、僕も彼女の立場だったら同じ事を思うだろうけど。



「いいから、ホノカを見てごらんよ」

「ホノカちゃん? ……わぁ。なにこれ、可愛い。すごくオシャレ」


 学校のヒロインのミステリアスは、ポンコツで出来ているのではないか。

 そういぶかしんでも後ろ指はさされない気がしてならない。


『美海さんとお揃いですよ! 双子コーデです!!』

「えっ。そうなの?」


 この子は鏡を見ていないのかな。

 いや、もしかすると、本当に見ていない可能性がある。


「小早川さんとホノカのスタイルってほとんど一緒でしょ? 違うのは髪とか瞳の色くらいだし。だから、ホノカに似合ってるって事は、小早川さんにも似合ってるって事なんじゃないかな。……多分さ」


「そ、そうなの? ホノカちゃんはファッションモデルみたいに見えるんだけど」

「じゃあ、小早川さんもそうなんじゃない?」


「ぶっきらぼうな中にそこはかとないツンデレオーラを感じるでござるね!」

「高虎ー! なにこの甘い展開! ちょっと、弥子やこ姉さんもう5、6着見繕うわ! それでもお釣りがくるわ、この甘酸っぱさ!!」


 松雪家がちょっとうるさい。

 そういう、不愉快な見方をするの、ヤメてもらえますか。


『大晴くんが、美海さんのために知恵を絞ってくれたんですよ! ほら、ホノカの事、隅々まで見て下さい! とっても可愛くないですかぁ?』


 ホノカまでそんな事を言うのか。

 しかし、ホノカの発言は全てにおいて優先される。

 ああ、僕のアイデンティティが侵食されていく。


「うん。すごく可愛い。もう、愛してるって言ってもいいくらい。好き」

『つまり、美海さんも愛され系の可愛らしさを手に入れているんですよ!!』

「そう、なんだ? うん。でも、ホノカちゃんが言うなら。信じられる、かも」


 女の買い物は長いというのは、昔からのネタであり、もはや古典と呼んでもいい。

 サザエさんだけでも数十回その手のエピソードを見た記憶がある。


 まさか、僕がこの身でそのネタを体験する日が来ようとは。


「はいはい、美海ちゃん! こっちとそっちと、これも試着してみて! サイズ合ってたら全部持って帰って良いから! お金はいらないからさ、誰かにどこで買ったのって聞かれたら、うちのお店の名前言ってね!!」


 弥子さんは商魂たくましい系の女性だった。

 確かに、小早川さんの着ている服がどこで売られているのか。

 気にする三次元は多くいるだろう。


 こうして、長いおつかいクエストは終了した。

 最後に、小早川さんが僕の服のすそを引っ張って、呟く。



「来間くん。私のために、ありがとう。あのね、すごく嬉しかったよ」

「別に。小早川さんのためにした訳じゃないから。気にしないで良いよ」



 リザルト画面のランク?

 まあ、甘めに査定してBってところなんじゃないの?

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