第37話 三次元女子を傷つけることなく正しいファッションを学ばせる、Sランククエスト

「いやはや、小生のワガママに付き合ってもらって申し訳ないでござるよ、小早川氏。知り合いのショップがちょうど新作の洋服を着てくれるモデルを探していたのでござる。何と言う渡りに船! 協力してくれて助かるでござる!」


 高虎先輩のセリフでもう、作戦の内容は伝わったと思う。

 内容が重複する情報を与えられても、同士諸君の労力を無駄に消費するばかり。

 であれば、僕はもう何も言わない。


 ちなみにこの作戦の内容を知っているのは、僕と高虎先輩とホノカ。



 救済される者だけが何も知らない、優しい世界。



 ホノカには、先ほど隙を見て情報を共有した。

 小早川さんのとんでもファッション遺伝子がホノカの中にも根を張っていたらどうしようかと震えたが、そこは僕の自慢の彼女。

 「あっ、やっぱり美海さんの服って前衛的だったんですね!」と納得してくれた。


 前衛的って言うか、時代が追い付いていないんだよね、彼女にさ。


「私でお役に立てるなら、喜んで協力します」

「いやぁ、本当に助かるでござるよ」


 現在僕たちは高虎先輩の運転する車で移動中。

 3月に免許を取ったばかりとは思えない、同乗者に快適だと思わせる確かなドライビングテクニック。


 以前「どうしてそんなに手慣れてるんですか?」と聞いたら、「昔、父上にハワイで教わったのさ」と答えてくれた。

 おいおい、ハワイ万能かよ。そんな感想を今更覚えるのはもぐりである。


 多分、高虎先輩は銃の撃ち方も、水上バイクの運転も、セスナの操縦もハワイで親父に教わっている。

 有事の際にはこの人から離れないようにしよう。


『楽しみですねぇ! 松雪さんのお知り合いの方も、やっぱりオシャレ上級者なんですか? むーむー!』

「知り合いというのは、実は従姉妹なのでござるよ。大学を出てショップの経営を始めたのでござる。小生に似て、変わり者でござるよ。なっはっは!」


 高虎先輩のインプレッサが件のお店の前に到着するまでの間、僕たちはコスプレについて談笑を楽しんだ。

 まさか演じる側の話で盛り上がれるようになるなんて、人生って言うのは本当に一寸先は闇だか光だか、分からないものである。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「おっす! 高虎! 待ってたわよ!」


 ショップにお客はおらず、店主のお姉さんが出迎えてくれた。

 タイトなジーンズを着こなす、なんだか男前な美人。

 三次元的には、かなり恵まれた容姿であるかと思われる。


 さすが、ディーン・フジオカの系譜。


「紹介するでござる。こちら、従姉妹の松雪弥子やこでござる」

「どもー! これも何かの縁だし、今後ともご贔屓にね!」


 名前が某有名女優とニアミスしているが、大丈夫だろうか。

 同士諸君、松雪で始まるかの有名女優の名前を、ものすごく早口で言ってみて欲しい。

 そこで、もう一度問いたい。


 大丈夫であろうか。


「弥子姉さん、連絡した通りでござる。あとは任せるでござるよ」

「あいよ! 美海ちゃんだっけ? スタイル良いね! これは着せがいがありそう!!」


「来間くん。大丈夫かな? 実は、私ね。こういうお店で服を買った事ないの」

「うん。知ってた。……ああ、いや。なかなか入り辛いよね、服屋さんって」


「そうなの。なんか、店員さんに話しかけられると、申し訳なくて勧められたもの全部買っちゃいそうだから。アメリカにいた頃、2回ほど挑戦した事があるんだけど、シンボルエンカウント方式だと思って、店員さんが接近して来たらお店から逃げるの」


 ちょっと分かりみが深いと思ってしまう自分が憎い。


 だけど、僕は小早川さんより少しオシャレ上級者。

 「オタクは黙ってユニクロ着とけ」という、インターネットに伝わる格言を順守しているから、多分大丈夫。


 ネルシャツにチノパンが一番落ち着くけど、5回出かける機会があれば、2回しかそのチョイスはしないから。


「とりま、こんな感じっしょ! 美海ちゃんのスタイルなら、正直なに着せても似合いそうだけど! さあさあ、試着室へご案内ー!!」

「うあ。あの、私、試着室も始めてで。あの、急に開けられたりしません? 下着姿になったタイミングでカーテンが開いたりしませんか?」


 小早川さんがTo LOVEるに怯えながら連れ去られた。

 やれやれ。これでようやく話ができる。


「先輩、助かりました。まさか、アパレル関係にまでツテがあるとは」

「いやいや、じい様の遺産でどの家も好き勝手やってる家系だからね、うちは。必然的にこういうお店関係に就いてる人間が多いんだよ」


 高虎先輩、侍キャラをキャストオフ。

 普通に喋られると、もはやただのイケメンなので困る。


『ほわぁー! なんだか色んな服があるんですねぇ! 良いなぁ、美海さん!』

「ホノカもやっぱり服に興味あるんだ? 女の子だもんね。分かった、ちょっと待ってて」

『むーむー? どうするんですか、大晴くん?』


 弥子さんの元へと駆け寄って、僕はネゴシエーションを試みる。

 コミュスキルは取得しない主義だけど、ホノカのブーストがあれば無敵。


「すみません。あの、何着か服の写真を撮っても良いでしょうか? 実はですね、僕の彼女が……」


 ホノカの事を包み隠さず説明する。

 僕の立派な彼女のことを話すのに、何を臆する必要があるのか。

 洋服に興味のある好奇心旺盛な女の子だ。


「ほうほう。なんとなく分かった! いいよいいよ、好きなだけ撮って! 写真撮られたからって減るものでもないし!」


 弥子さん、実に話の分かる人だった。

 松雪家はみんなこのタイプの人なのだろうか。


「ホノカ、気になる服を教えてよ。それで、写真をたっぷり撮って、作ってみたらどうかな? ホノカの裁縫スキルなら、きっとステキな服が作れるよ」

『わぁ! ホノカのために……! むーむー! そういうところ、大好きですよぉ!!』


 心が満たされた。


 小早川さんはまだ帰って来ないことだし、ならばと僕とホノカは、6着も欲張って写真を様々な角度から撮らせて頂いた。

 ご協力に感謝。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ほら! 美海ちゃん、恥ずかしがってないで、こっち来なって!!」


 クールになんでもこなす小早川さんが、珍しく二の足を踏んでいる。

 これはまた、レアなレース。


「だ、だって、こんなリア充みたいな服、私には似合わないと思います」

「何言ってんの! 似合ってるかどうかは、みんなに見てもらってから考えなよ! ほらほら! はい、こっちに来てー!」


「や。あの、私。ホントにダメなんです。実はトランセルなんです、私」



 学校のヒロイン、かたくなる。


 果たしてバタフリーに進化できるか。

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