第17話 ホノカさん、コスプレに目覚める

 今日も1日お疲れ様。

 しっかり授業を終えた僕である。


 いつから勤勉な高校生になったのかとは、酷い言い掛かりだ。

 ホノカが応援してくれるなら、僕にとっては英語も数学も物理も公民も、全てが彼女の「ファイト!」を貰うためのスタンプラリー。


 正直、ゲーマーの端くれとしても、このスタンプラリー方式に目覚めてから授業が待ち遠しくって仕方がない。


 「方程式を解け」とか「この時の作者の気持ちを述べよ」みたいに、課題が発注されるとクエストスタート。

 制限時間内に正しい答えを導き出すだけで、報酬に可愛い彼女から「頑張っている大晴くんはカッコいいです!」と最高のエールが貰える。


 オマケに、そのエールにも多彩な種類があるため、フルコンプするには常に授業をマジメに受ける必要がある。

 逆に言えば、それだけでお手軽に耳が蕩けそうなエールが手に入る。



 なんだよ、これ。神ゲーかよ。



 学校の授業が退屈だと嘆く同士諸君にも是非お勧めしたい。

 ただし、ホノカは僕の彼女なので、耳がとろけそうなエールは自分で見つけてくれ。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「来間くん。今日も部活?」

「そうだね。これから楽しい部活だよ」


「そうなんだ。本当に楽しそうな顔してる」

「そう? 僕、あんまり表情に思ってること出ないんだけど。よく分かるなぁ」


「うん。だって、学校の男子の中で一番見てるのが来間くんだから」


 この言葉を「実はあなたの事が好きなの」と曲解する輩が世の中にはいるらしい。

 にわかには信じられない事だけど、実在するとインターネットも言っていた。


 小早川さんはクールで口数も少ないため、セリフから感情を読み解くことは困難だが、1ヶ月くらいの交流で、僕の中でついにパターンが解読され始めた。

 ゲーマー舐めんな。


 今のは「いつもお世話になっております」という意味である。


 僕の事を見る時は、だいたい彼女が困っている時な訳で、よく見ているという事は、つまりそれだけ僕に救われているという結論にたどり着く。

 よって、証明完了。


「まあ、僕に出来ることがあれば言ってよ。じゃあ、また明日」

「ありがとう、来間くん。うん。またね。さようなら」


 わずらわしい教室よさらば。

 書を捨てよ町へ出ようと、偉い人は言った。

 確か、お名前は寺山修司。


 お話は分かりましたが、僕は今日も部室に籠ります。

 何なら本も読みます。


 そこにホノカがいるから。


 町へ出る機会が訪れたら、御作ぎょさく、拝読させて頂きます。



◆◇◆◇◆◇◆◇



『大晴くん、大晴くん! コスプレするんですよね! 美海さんと!』


 聖域に着いた途端、ホノカが心をモニョっとさせる事を言い出した。

 なんだか、そんな事になっているらしいけど、僕は正式に受諾したわけじゃない。

 その旨を、200倍くらい薄めてやんわりと、彼女に伝えてみると。


『大晴くんがやってくれるなら、もちろんですが、ホノカもしますよ!!』


 心が躍った。

 心臓の高鳴りで脈打つ胸を押さえつつ、僕は聞いた。


「するって、何を? まさか……。コスプレ?」

『はい! コスプレです! 実は、美海さんとちょっとだけデータを集めているんです!!』


 いささか事情が変わって来た。

 ホノカは普段、ネットワークから洋服のデータを拾ってきて、自分で着る服を制作している。


 データだから、一瞬だろうと侮るなかれ。

 うちのホノカさん、何かをする時に人間と同じ工程を踏む事をお忘れか。


 例えば食事の話。

 高カロリーのものばかりデータから摂取していると、普通に太るし、再現した料理の味にも好みがある。


 つまり、着る服だってオーダーメイド。

 それなりの時間と労力を支払って、ホノカがコツコツ作り上げるのだ。


 うちの制服はすぐに用意したなぁと思い、先日聞いてみると、親父が予め作っていたらしく、僕の前での早着替えは驚かせようとしたとの事。

 ホノカの基本ネットワーク内にあるメイド服など、数種類の衣装も例外だとか。


『ふっふふー! ここでステキなお知らせがあります! 聞きますか? 大晴くん、聞いちゃいますかぁ!?』

「ぜひ! ぜひ聞かせて!!」


 悪だくみ顔のホノカになら、何をされても悔いはない。

 まかり間違ってその行為により、仮に命を落としても、僕は天国で笑っていられる。


『もうですね、コスプレの衣装が1つ、仕上がっているのです! ホノカ、毎晩夜なべをして頑張っちゃったのです!!』

「ホントに!? すごい! 見たい、見たい!!」


『当然お見せします! お見せしましょう! ……と言いたいところですが、条件が1つあるのです。悲しき宿命なのですよ!』


 どんな条件でも飲むつもりである。

 針を千本飲めと言われたら、1000日ローンを組んで、1日1本のペースであればやってやれないことはない。


 ならば出来ない事なんてない!


 と思ったのだが、これは困った事になった。


『美海さんとのコスプレ、みんなでお揃いのものにしましょう!』

「えっ。お、お揃い?」


 僕は、コスプレのくだんの攻略法を既に考えていた。

 うちの制服を着て、「学生のコスプレ」と言い張るつもりでいたのだ。


 コスプレにルールなしとは、うちの高虎先輩のお言葉。

 ならば、「てめぇこの野郎、それはなしじゃねぇか」と先輩も言えまい。

 完璧な抜け道を見つけていた僕。


 それが、揃いのコスプレとなると、僕も何某なにがしかのキャラに扮する訳で。

 しかもそれが記録として残る訳で。


 結構な勢いで嫌だなぁ。


 誤解しないでもらいたいのだけど、僕、コスプレを見るのは大好きなのである。

 男女問わず、作り込まれた二次元世界の表現は、2.5次元と呼ぶに相応しく、僕のオタク魂に熱く訴えかけてくる。


 ただ、僕はあくまでも鑑賞派であって、演技派にはなれない。

 こればっかりは性分だから、譲ろうにも譲れない。


『えへへ。あのですね、チアリーダーが可愛いねってお話で美海さんと盛り上がりまして! 第一弾は、ホノカ・チアリーダーバージョンです!!』


 性分……。譲れない……。


『ちょっとスカートが短くなり過ぎちゃったり、ノースリーブの寸法があやふやだったりで、完璧じゃないですけどぉ……』


 しょう……ゆず……。



『それでも、見たいですかぁ?』

「僕、コスプレ頑張るよ! だからお願い、見せて下さい!!」



 ホノカのチアリーダーコスプレは、何と言うか、もう、尊くて言葉が出なかった。

 自分がこの世に生まれて来たことと、その後にホノカが生まれてくれた事を神に感謝するしかなかった。


 何の後悔もない、晴れやかな気分だ。

 性分? 譲れないもの? 何の話をしているのか。


 譲れないものなら、そんな簡単に出してくるんじゃない。

 もうそんなもの、丸めて屑籠くずかごにダンクシュートだ。

 捨てろ捨てろ、燃えるゴミだ。


 僕も男だし、ホノカの前ではなおさら男らしくありたいと思っている。

 もはや、前言は撤回できない。


 やってやろうじゃないか。その、コスプレとやらを。



 僕は知るよしもなかった。

 この時、ホノカによる、別の恐ろしい計画が動き出している事実を。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る