第14話 飛んで火にいる小早川美海

「あんたが作ったこのおかしな空間が、どれだけ学校の風紀乱してると思ってんだ! 責任取れ、責任を!!」

「やれやれ。ちゃんとお金で解決したでござるよ」


 守沢もりさわ高虎たかとら先輩が何やら盛り上がっているので、僕はホノカと盛り上がることにした。

 『楽しそうですねー』「ねー」と言い合っていたら、守沢が僕を見る。

 肉食獣と目が合ったら、簡単にそらしてはならない。


 基本を怠った僕のミスだった。


「そもそもぉ! 来間がこの部活を辞めたら良いんじゃん! そしたら、文芸部は廃部で、この贅沢空間も晴れて学校の備品よ!!」


「うわぁ。なんかむちゃくちゃ言い出したよ」

「守沢氏は昔からむちゃくちゃ言っているでござるよ、大晴くん」


「うがぁぁぁ! その喋り方がいちいち腹立つ! なによ、今度は何にはまってんの!?」

「るろうに剣心でござる! イメージは佐藤健くんでござる!!」


「見た目が良いから嫌味に聞こえないところがまたっ!! くそぅ! 味方! あたしも仲間が欲しい! 2対1なんて卑怯だ!!」


 じゃあ、僕の事は触れなくて大丈夫。

 2人で続きをどうぞ。本当に気にしないで。

 彼女とイチャイチャしておくから。


 ……画面にホノカがいなかった。


 『美海さんのところに行って来ます』と書置きだけが表示されている。

 ああ、どうしてこんな事に。


「そう言えば、手土産を持参したでござるよ! 銘福めいふく堂の水ようかんでござる! よく冷えているから、みなで食べようぞ!」

「…………。別に食べたくなんかないし!?」


「先輩、三次元がツンデレキャラすると、なんかこう、腹が立ちません?」

「同意でござる。そこはかとなくイライラするでござるね!」


 高虎先輩が持って来た水ようかんは、値段を聞くと冗談かな? と思えるくらいには名の知れた、老舗しにせの銘菓。

 そう言えば。

 去年は守沢を黙らせるために、よく和菓子を用意していたなぁと思い出す。


「守沢、食べたいの?」

「はあ!? 副会長を買収すんな!」

「じゃあ、いいや」


「食べたいです! ごめんなさい! 今日は何しても怒んないから! 銘福堂とか、絶対美味しいじゃん! お願い、食べさせてぇ!!」


 生徒会が誇る鬼の副長、水ようかんに散る。

 なんてことをやっていると、更に人が増える。

 僕の聖域が荒らされていく。


「こんにちは。あの、ホノカちゃんに誘われて来たんだけど、お邪魔なら帰ります」


 小早川さんがやって来た。

 お邪魔かそうでないかと聞かれたら、それはもうお邪魔なのだが、そこにホノカの意志が加わると、全ては反転する。


「そんな事ないよ? まあ、入りなよ」

『ふっふふー! 言ったじゃないですかぁ、美海さん! 大晴くんはいつでも歓迎してくれるって!!』


 これで小早川さんを拒絶する理由がまた一つ減ってしまった。

 惚れたが負けとは、まさに僕の事。

 誤解のないように言っておくが、ホノカに、僕が、である。


 別人格はどうでもいい。

 ほんの少しだけ他の三次元より興味がある程度。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 高虎先輩が、小早川さんに軽く自己紹介をする。


「あの、もしかして松雪まつゆき先輩って、武士の末裔まつえいとかですか?」


 小早川さんでも冗談とか言うんだ。

 だけど、ちょっと滑っているなぁ。

 そんな彼女の顔は、真剣そのもの。


 ……からかおう。


「そうなんだよ。高虎先輩は、お父さんがプロの武士でね。おじいさんもプロの武士。その先代は腰に刀を差してたかな」

「す、すごい! 私、武士の人って初めて見ました! 感動です!」


「これは、どうしたら良いでござるか? 小生しょうせい、キャラを崩した方が良いでござるか?」


「えっ? キャラ? キャラってなんですか?」

「うっわ、来間くるま、サイテー」


 守沢は固い。

 ちょっとした冗談じゃないか。


『大晴くん……。ホノカは悲しいです』


 冗談だって、言っていいものと悪いものがある。

 「武士が実在する」と言う嘘がそれに該当するかどうかの判断はひとまず保留。


「ごめん! 小早川さん! 先輩、ファッション武士なんだ!」

「ファッション武士とは、またパワーワードを生み出したでござるなぁ。草を禁じ得ないでござる!」


「そっかぁ。武士って、絶滅してたんですね。あ、全然平気です。はい」


 小早川さんが目に見えて落ち込んでいる。

 廃刀令を憎んだらいいのか、幕末の開国派を恨んだらいいのか。

 分かるのは、彼女の機嫌を損ねると、ホノカの機嫌も損なうと言う事実。


「こ、小早川さん! 水ようかんをあげるよ! ほら、いいところのヤツだよ、これ!!」

「それは事実! うまーっ! なにこれ、もう芸術品じゃん! 美海ちゃんも食べなって! これはガチだから!」


「えっと、水? ようかん? ようかんって、日本のお菓子、だよね」


 生まれてこの方アメリカ育ちの日本人を舐めていた。

 羊羹ようかんの説明からしないといけないのか。


『美海さん、美海さん! 羊羹についての情報と、水ようかんがどのように違うのか、ホノカが纏めました! これを読んで下さい!』


 小早川さんが「なるほどー」とか「あ、そうなんだ」とか、感想を漏らす。

 知識武装したところで、いざ実食。


「まあ、食べてみたら分かるよ。口に合わなかったら無理しなくていいから」

「うん。来間くんが言うなら、食べてみる。……はむっ」


「どうかな? 風味とか気にな」

「…………っ! ほわぁぁぁ……。あっ! こ、こほん! 美味しいね、これ!」


 彼女に何か言うのは野暮なようだった。

 小早川さん、こんな顔もするのか。

 もしかして、クラスでは無理しているのではないか、とか思ったりもしたが、割とどうでもいいので僕も水ようかんを堪能する。


「それにしても、帰国子女でござるか! 小早川氏はコスプレに興味はござらんか?」

「ヤメろ! 松雪! 美海ちゃんにオタク趣味押し付けんな!!」

「守沢はオタクをバカにするの、よくないなぁ。あと、相手は先輩なんだから、一応敬語使いなよ」


 「尊敬する相手に使うのが敬語でしょ!」と言い切った守沢。

 その物怖じしない姿勢はすごいと思う。

 だけど、君が3つ目に取り掛かっている水ようかん、持って来たのは先輩だ。


「コスプレ、知ってます。アメリカでも人気があって」

「おお! そうでござる! 今や、国境を越える日本の誇るべき文化!」

「私も、機会があればやってみたい、かもです」



「えっ!? 小早川さんが!? ……あっと。失礼」



 あまりにも意外だったので、大きなリアクションを取ってしまった。

 リア充の王道を行く小早川さんに限ってそんな事はと思うものの、高虎先輩だってそう言えばリア充寄りの人だった。


 思い返せば、ホノカの素晴らしさも一瞬で理解していた彼女。

 僕の中で、小早川さんの評価が少しだけ上方修正された。


「あの、来間くん。その、お、おかわり貰ってもいい、かな?」

「どうして僕に……ああ、いや。うん、食べていいと思うよ」


 ホノカのお願いである『小早川さんと仲良くせよ』が重くのしかかってくる。

 いつもホノカと一緒な僕は、つまり、今後もずっと、小早川さんと仲良くしないといけないのか。


 だけど、考え方によればそれも愛の試練のような気がして、やる気が湧いて来る僕。

 愛のクエスト発生とか、Sランク判定取りに行かなきゃゲーマーの名折れ。

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