第12話 平常運転な学校のヒロイン

 昨日は色々とあり過ぎた。


 ホノカと初めて学校生活を共にしたし、ホノカの存在が早速外部にバレるし、挙句の果てにその1人はホノカと同一人物だと分かるし。

 僕の脳が休息を求めて、深い眠りに落ちるのも致し方なかった。


 既に言い訳からスタートしている時点で、朝の様子はお察しである。


「まずい! 完全に寝坊した!!」

『わたし何度も起こしたんですよ? それなのにー! 彼女のモーニングコールを無視だなんて、ひどいですぅ!!』


「違うんだ! そんなつもりは全くなかったんだよ!! 信じて、ホノカ!」

『もぉ。緊急事態につき、処分は保留とします。ところで、わたしにお手伝いできる事はありますか?』



「今日も可愛いホノカでいてくれたら、それだけで僕は幸せ!」

「むーむー! そういうお話じゃないんです! 実務的な事ですよぉ!!」



 とは言え、もう朝ごはんを食べている余裕もなければ、弁当の用意なんて悪い冗談。

 顔を洗って歯磨きだけして、僕はイヤホンとボールペンカメラのホノカセットを身に着ける時にだけ慎重を期し、慌てて家を飛び出した。


 別に、皆勤賞狙ってやるぜ的な勤勉な学生生活に憧れなんてないので、遅刻する分には何の問題もない。

 ただ、クラスが変わってまだ1ヶ月。

 その間に遅刻者は0。


 これはもう、遅刻したら悪目立ちするなと言う方が無理。


 どうして誰か1人くらい遅刻しておかないんだ! と、理不尽な怒りをどこかの誰にぶつけながら、僕は校門が締められる30秒前に滑り込んだ。


「おお! なかなかいい反射神経! ギリギリセーフだな! かっかっか!」

 遅刻者チェックがまさか担任の田尾先生だったとは。


 これは本当に九死に一生を得ていたパターン。

 日頃の行いがこんなところで僥倖となるとは、人生マジメに生きるに限る。


「いやー、どうにか間に合ったよ、ホノカ。……ホノカ?」


 返事がないので、スマホの画面を見ると、ホノカの書き文字で『揺れが酷くて酔ったので、美海さんのところに避難です!』と書き残されていた。


 人生なんて、どう生きたって変わらない。

 空っぽのスマホ画面を見て、僕は考えを改める。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 教室に入ると、予鈴が鳴るには早いため、クラスメイトたちは雑談中。

 そして、僕の後ろの席のヒロインさんは、クールなので自分からその雑談に加わったりはしない。


 その態度が、『小早川さんとの会話』に更なるプレミアム感を付与しているのは間違いなかった。

 なお、本人は気付いていない様子。


「おはよう。来間くん」

「ああ、おはよう。小早川さん」


「大変だったね、朝。ホノカちゃんから聞いたよ」

「ぐっ……。まあ、自業自得だよ。朝ごはんまで食べ損なうレベルは久々だけど」


「あの。これ、良かったら。食べて?」


 小早川さんが、自分のテーブルにコンビニのパンを5つ並べていた。


「これは?」

「来間くんがご飯食べてないってホノカちゃんから聞いたから。食べて?」


「いや、気持ちはありがたいけど、理由もないのにもらえないよ」

「む。理由、あるもん」


 不服そうな小早川さん。

 語尾に「もん」が付くだけで、クールな雰囲気の牙城がじょうは崩れるなぁとも思った。


「是非聞かせてよ。納得したら、小早川さんの言うとおりにする」


「やたっ! あ、こほん。来間くんは、昨日わたしの事を三年生の先輩から守ってくれた。それから、文芸部の部室に入れてくれた。最後に、ホノカちゃんと出会わせてくれた。これだけの理由があるよ」


 小早川さんの中に、見つけたくないのにホノカの影を見てしまう。

 この子も相当な意地っ張りだ。


「分かった。貰うよ。コッペパン」

「遠慮しなくてもいいよ。ジャンボメロンパン、どうぞ」


「いやいや、マジでそんなに食べられないよ」

「えっ? コッペパン一つでお腹いっぱいになるの?」


「満腹にはならないけど、昼までは充分もつかな」

「そ、そうなんだ。へ、へぇー」



「あのさ、小早川さん。それ、全部昼に食べるつもりだったの?」

「ちがっ、違うよ! ぜん、全然、全然違うよ!?」



 理由はどうあれ、朝飯を恵んでくれたヒロイン様を必要以上にからかうのはヤメておこう。


 田尾先生がやって来て、出席を確認し始めたのを合図に、僕たちの会話は終わった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 休み時間、そして昼休みと過ごして来たが、小早川さんからの接触はなかった。

 こう言うと、僕が彼女と喋りたくて仕方がないようで実に不服なのだが、どうして話しかけてこないのかなという疑問は解消されなかった。



 自分がホノカのオリジナルだって僕が知ったのに、どうして何も言ってこない?



 三次元の人間関係にまったく興味のない僕ですら、さすがにちょっとは関心を示して「お加減どうですか?」くらいのアプローチはするし、それでリアクションを得ようと努力くらいはと思うのに。


 放課後になり、部室へ移動した僕は、ホノカに聞いてみた。


「小早川さんって、何考えるのか全然わからないよ」

『むーむー。どういうことでしょうか? 質問の意味が分かりません』


 前述した、オリジナル人格問題について彼女の対応が常識的ではないからと、端的にホノカへ伝えた。

 すると、彼女がすぐに答えをくれる。


『そんなことですか! それはですね、わたしが美海さんに言っていないからです! 大晴くんが気付いたという事を!』

「ああ。そうなんだ。納得。……でも」


 納得と言った直後に「でも」と言う、日本男児にあるまじき僕。


『どうしてホノカが言わなかったのか、ですかぁ?』

「さすがだなぁ! うん。ホノカの性格だったら、秘密はいけません! とか言って、彼女に伝えるんじゃないかなと思った」


 すると「むっふっふー」と、腰に手を当ててドヤ顔をするホノカ。

 気を張っていないと、疑問なんてどうでもよくなりそうなくらい可愛い。


『それは内緒です! きっと、近い未来に、美海さんの口から語られると思います!』

「あ、なるほど。自分で言うって話が付いてるんだ」


 ドヤ顔がしゅんと落ち込んだ顔になったかと思えば、フグのようになるホノカ。

 もう、そのすべてが愛おしい。


『大晴くん! 頭がいいのは良い事ですけど、察しがよすぎるのは良くないと思います! 女の子的にはノーです!! ぷんぷんです!!』


「ごめん! 僕は何も察してなかった!!」


 ホノカの前では、自己主張なんてものはちりに等しい。

 ふうっと吹けば、遠くの方へ飛んでいく。



 それからしばらくBLEACHの続きを一緒に読んでいたところ、スマホにメッセージが届いたとホノカが教えてくれる。


『差出人は、松雪まつゆき高虎たかとらさんだそうです。今日、これから行っても平気かい? との事ですが、どなたですか?』


 気晴らしにちょうどいい人から連絡が来た。


 「いい人だよ」とホノカに答えて、「お待ちしています」と返事を送った。

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