第11話 小早川美海がホノカの人格のベースだった件

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 話が急すぎて! なに、どういうこと!?」


 思春期とは、父親の前で狼狽うろたえるのが恥ずかしい年頃。

 だから、たとえどんなに驚いても何もなかったような顔をしていなければならないのが男の子のジャスティス。


 とは言え、これはいくらなんでも平静を保つには無理がある。


 僕のやっとできた二次元の恋人のオリジナル人格が、学校で後ろの席にいるアメリカ帰りの学校のヒロイン。


「まあ落ち着け! ひじがカレー食ってるぞ!」

「これが落ち着いていられるか! 何ならひざにもカレー食わせてやる!」


 ホノカがここにいない事が、今となっては最大の幸運だった。

 ここまで挙動を不審にした醜態を彼女に見られるのは耐えられない。


 そうだ、落ち着こう。

 ホノカが戻ってくる前に、どうにか頭の中を整理させる必要がある。


「親父。説明を頼む。ある程度は落ち着いたから」

「お、おう。お前、ホントにホノカちゃんと会ってからたった3日でものすごい変化を遂げたなぁ。父さん、軽く引いてる」


「いいから、早く! ホノカが帰って来るでしょうが!!」

「落ち着いてないじゃん! 分かった、順を追って話すから」


 僕は「とにかく要点だけをかいつまんで!」と要求する。

 情報を聞いた後でこっちはそれを噛み砕かなければならない訳であり、その行為には相当なエネルギーが必要だと思われたからだ。


「アメリカで人工知能の研究プロジェクトが立ち上がって、父さんもそこに参加していたんだけど、ああ、その辺はいいのね。分かった。プロジェクトでは、0から人工知能の形成をする事よりも、人工知能の成長の方に比重を置く事になったんだ」


「理論はサッパリだけど、理屈は分かるよ。赤ん坊に言葉から覚えさせるより、基礎知識を持った相手に色々と行動を取って、リアクションを期待する方がその研究に有益だって事でしょ?」


 親父は「理解が早くて助かる」と頷いて、続けた。


「そこで募集をかけたんだ。人工知能のオリジナルの人格になってくれる、10代の女子を。ああ、どうして女性なのかと言うとだな、将来的に求められる人工知能の役割を考えると、現状では女性の方がよりベターで」


「うん。その話はいいや」


「お前、冷たいなぁ。それで、募集条件の一つに、日本人と言う括りをつけた。これは、父さんがプロジェクトリーダーだったからだな。何年も家を空ける訳にはいかなかったから。大晴を1人にしたくないし」


「うん。その話もいいや」



「ちょっと良い話してるのに、冷たすぎないか!? 親の顔が見たい!」

「そう言うのも今はいいから。核心に行って。早く、すぐに、急いで」



 親父はふくれっ面で、「じゃあ端折はしょるからな」と言った。

 中年のおっさんのふくれっ面ほど不愉快なものはないなと思った。


「とにかく、協力者になってくれたのが、小早川美海さんだったんだよ。体型のデータを取らせてもらって、思考パターンを組み込ませてもらったんだ。心理テストを何百問、何千問とこなしてもらって」


「思考パターンをトレースしたって事は……。ホノカは小早川さんのクローンって事になるの!?」


 親父は少しだけ首を傾げて、思案顔をする。

 そして、「うむ」と、勝手に分かった風な顔をしてくるので、残ったカレーの鍋に頭から叩き込んでやろうかと思った。


「その表現はある意味では適切だけど、それでは小早川さんに対してもホノカちゃんに対しても失礼だな」


 親父の言う事も理解ができた。

 「確かに。悪かったよ」と僕は謝る。


「適切な呼び方が見つからないけど、強いて言うなら、一卵性双生児かな。遺伝子情報がまったく同じで、小早川さんと同じ教育をある程度の年齢まで受けさせたあと、別々に暮らし始めた、と言う風に考えてもらえれば、理解できるかい?」


「ああ、何となくは。要するに、今のホノカと小早川さんは、別人って事だよな?」

「いや、同じ人かそうでないかで言えば、同一人物の方が近い。より踏み込んだ表現をすれば、小早川さん、あるいはホノカちゃんの別の人格、と言えるかもしれないな」



 やっぱり同一人物じゃないか。



 そう思ったところで、スマホの画面にホノカが戻って来た。

 そして、彼女は言う。


 『すみません。お話聞こえちゃいました』と。



◆◇◆◇◆◇◆◇



『えへへ。バレちゃいましたか。壱成博士も口が軽いんですからぁ! むーむー!』

「いや、これは父さんが軽率だったなぁ。反省するよ」


 僕は、怖いけど、本人に聞いてみることにした。

 別に問いただそうなんて思っちゃいないけど、知ってしまった以上、理解はしておきたい。


「ホノカはどの程度、小早川さんと似ているのかな? もちろん、言いたくない事は聞かないよ」


 僕の質問と言うか、お願いを聞いたホノカは、『ふふっ』と柔らかく笑う。


『大晴くんはやっぱりとても優しい人ですね! そうですねぇ、ホノカは思考をトレースさせて頂いたので、基本的な考え方は同じです。こしあんと粒あん、どっちが好きか、とか。目の前に猫がいます、何柄ですか? と聞かれたら、2人とも三毛猫さん! と答えるとか』


「うん。……多分、理解できてると思う」


『ただし、それはあくまでも考え方のベースのお話であって、わたしは美海さんが15歳の時に生まれたので、そこから先は別々の人生を歩んでいます。だから、今もまったく同じ考えをするかと言えば、答えはノーです』


「まあ、考え方が似ているのは間違いないだろうけどな。ホノカちゃんと小早川さん、似ているところもあるけど、それ以上に違うところの方が多いだろう?」


 親父の補足説明が、実にわかりやすい。腹立たしい事に。

 確かに、今日の放課後、小早川さんの笑い方にドキッとしたのは、ホノカの笑い方に少し似ていたからだったのだろう。


 だけど、親父の言うように、性格からして2人は全然違う。


 ホノカは好奇心旺盛で少し意地っ張りなところがあり、僕に対して時々お姉さんのように振る舞う。

 片や、小早川さんはクールでどこかはかなげ。喜怒哀楽もよく観察しないと判然としない。



 そう考えると、2人は同一人物でもあり、他人でもある。



 僕はそう結論付けた。

 声を大にして言っておきたい事は、その情報が付加されたからと言って、ホノカの存在が僕の中で変わることはないという事実だ。


 僕の長年追い求めて来た、自分だけの二次元世界に住む彼女。


 それだけが真実であり、それ以外はどうでもいい。


「最初はどうしようかと思ったけど、なんだ、話を聞いてみたら、そんなに大したことじゃなかったよ。オリジナルモデルがいる事も知ってた事だし。僕にとって、ホノカはこれからもホノカのままだ」


 ホノカは『そう言ってくれると信じていましたぁ!』と、目を輝かせる。

 その表情だけで、もう心は満たされているのだから、僕と言う人間もなかなか安い。


 だけどホノカは、最後にこう付け加えた。


『ただ、できたら美海さんとも仲良くしてあげて欲しいです! わたしのお姉ちゃんみたいなものですから! お願いしますね? 大晴くーん!』


 「嫌だ」と言ったら済むのに、この笑顔の前では否定が罪となる。


「な、なるべく、できるだけ、どうにか善処するよ……」



 こう答えるのが、今の僕には精一杯だった。

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