第10話 驚愕の事実
学校を出たら、タイミング良く夕焼け空が鮮やかな時間。
それならば、少し寄り道して河川敷を通らない手はない。
「ほわぁー! これは絶景ですね! こんなステキな場所を知っているなんて、わたしの彼氏は物知りです! 知ってますか? 女の子は綺麗な景色を好きな人と一緒に見られるだけで、ちょっぴり幸せになるんですよぉ?」
生まれて初めてその目で見る夕焼けに感動するホノカ。
そんな彼女を見ていると、僕も自然と頬が緩む。
これまで活躍させる機会が少なかった表情筋だけど、これからはたくさん仕事をしてもらう機会が訪れそう。
そんな予感をするには充分な茜空だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「ただいま」
『ただいま戻りました!
壱成と言うのは、親父の名前である。
実にどうでもいい情報だけど、それがホノカの口から出たものならば説明するのが僕の仕事。
「帰ったか! どうだった、ホノカちゃんとの1日は! ん? 息子よ!」
鬱陶しいテンションで絡んで来る親父。
かまってちゃんな中年のおっさんほどウザい生き物もいない。
それなのに、僕ってヤツは。
「最高だった! こんなに1日が充実してた事はないよ! ありがとう、親父!!」
「そうか、そうかぁ! 大晴がこんなに機嫌がいいのも初めてだなぁ!!」
親父の熱に押し上げられるように、僕は気付けば中年のおっさんと熱い握手を交わしていた。
なんてことだ。
気を取り直して、晩ごはんでも作ろう。
ホノカと一緒にクッキング。
「ちょっとホノカちゃん、借りるぞー」
「僕は肉親でも、ホノカを奪うと言うなら、
「ちょ、ヤダ、怖い! メンテナンスだよ! 今日は初めて受ける刺激が多かっただろうから、軽い健康診断するだけだって!!」
『大晴くんはステキな彼氏ですけど、ちょっぴり過保護ですよね。そういう優しいところも好きですけど!』
「なんだ、それならそうと、早く言ってくれたら良かったのに」
「おい! 分かった風な口を利くからには、まず手に持った包丁を置いてくれ!!」
結局、ホノカは親父に連れ去られてしまった。
しかし、それがメンテナンスと言う大義名分に守られていては、僕も打つ手がない。
買い置きの食材から、「カレーか肉じゃがの二択だな」と思い、途中まで下ごしらえをする事にした。
仕上げの工程に入る頃には2人も戻って来るだろうから、その時に希望を聞こう。
ホノカの。
親父? 親父なんて、その辺の草でも食べてりゃいいんだ。
それなのに、僕の手料理が振る舞われる時点で僥倖。
希望に沿ったメニューを提供してやる必要性はまったく感じない。
『やや! エプロン姿の大晴くんを発見! いいですねぇ、お台所に立つ男の子! ホノカもお料理スタイルにチェンジします! えいっ!』
髪型がポニーテールに。
うちの制服の上にエプロンを付けたホノカがそこにはいた。
「ホノカちゃんな、何の問題もなかったぞー。むしろ、色々と知識を増やしたことで、成長が促進されて……。大晴、お前なんで泣いてるの?」
「ホノカが、あまりにも尊くて……。つい……。いや、玉ねぎ切ってたから。親父、晩ごはん、カレーと肉じゃが、どっちが良い?」
「えっ、どうしたお前! 急に情緒不安定になるなよ! 父さんすごく心配!! あと、カレーが良いな! 辛いヤツで!」
ホノカをこの世に生み出してくれた親父。
その偉業を考えれば、晩ごはんのリクエストくらいは聞いてあげるのもやぶさかでない僕だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ホノカと親父と、3人で食卓を囲む。
家族で食事を共にするのって、こんなに素晴らしい事だったのか。
『ひゃいっ!? か、辛いれふー。こ、こんなに辛いなんて……』
「はい!? どういう事!? ホノカ、大丈夫!?」
「父さんが説明しよう! ホノカちゃんは大晴の隣で、調味料をどれだけ使ったか、具材は何分煮込んだか、肉は100グラム何円だったか。その他諸々の情報を全て視認して取り込む事により、今、我々が食べているカレーとまったく同じ味を再現しているのだ!!」
親父がうるさい。
今はホノカの一大事だ。黙ってカレー食ってろ。
「ホノカ! 牛乳! 牛乳飲んで!!」
『は、はぃ! んんーっ、ぷはぁ……! 大晴くんのカレーは大人の味がしましたぁ……』
「ごめん。まさかホノカも食べるとは思わなくて。2度と親父にそそのかされて辛い食べ物を作ったりしないから、安心して!」
「ええ……。父さんのだけ別で作ってくれてもいいじゃん」
やっぱり親父には、その辺の草でも食べさせよう。
変な気まぐれなんて起こすものじゃない。
大事な彼女に悪い事をしてしまった。
『大晴くん、壱成博士! お二人の好きな野球中継を見ませんか? 現在、イーグルスが1点負けてますけど、一死満塁の大チャンスですよ!』
そう言って、ホノカはテレビを起動させ、チャンネルを合わせる。
ホノカの行動承認は全て既決しているため、彼女はインターネットをはじめ、サイバー世界では完全に自由を手に入れている。
「ありがとう、ホノカ! おっ、チャンスで浅村だ! これは期待できる!」
「ここは手堅く、犠牲フライで良いだろ! まずは同点だ! まだ5回の表なんだから、焦る必要なし!」
『あはは! 2人はやっぱり親子ですね! 好きな野球チームが一緒なんて、ちょっと微笑ましいです!』
「腹立たしい事に、小さい頃から親父がイーグルス応援するものだから、気付いたら僕も
「おい、ひどいじゃないか! 割と楽しんでるくせに!!」
『なんだかんだ言っても、仲良しさんですね、2人とも! あ、ちょっとすみません!』
ホノカの頭の上に「!」とアイコンが表示される。
こういう、ちょっと古めかしい感情表現も、何と言うかいかにも二次元って感じで僕は好きだなぁ。
いや、大好きだなぁ。
『ごめんなさい。美海さんから通話申請が来たので、ちょっと行ってきます!』
「えっ!? 行って来る!?」
ホノカは、相手の情報端末に『マーキング』と呼ばれる、ホノカの受け入れ地点の役割を果たすアプリをインストールしていれば、その間を自由に行き来する事ができるらしい。
という説明を、たった今受けた。
それはすごい技術だけど、ホノカが出かけてしまうなんて。
『では、行ってきまーす! 大晴くん、いい子にしていてくださいね!』
「えっ、あっ!」
そして画面からホノカは消えて『お出掛けモードに入りました』という、彼女の手書きの文字が代わりに表示される。
「小早川さんか! なんだ、早速仲良くなったのか、彼女たちは」
「はあ? なんで親父が小早川さんの事知ってんだよ? ……マジか。身内から犯罪者が出るとか。親父、着いて行ってやるから、警察」
「ひどい言いがかり!! 小早川さんはアレだよ! ホノカのオリジナル人格の提供者! なに!? もしかしてお前、知らないの?」
驚愕の事実だった。
つまり、どういうことだ!?
人格が一緒ということは、元を正せば同じってことだから?
——要するに、ホノカと小早川美海は、同一人物!?
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