第9話 ホノカと小早川美海、出会う

「ただいま。小早川さん連れて来たよ」

「おじゃまします。……わぁ、すごいところだね」


 この宝の山を前にしても、小早川さんのクールキャラは崩れない。

 僕なら鼻息ふんふん言わせて、興奮を隠しきれないだろうに。

 やっぱりこの子も三次元なんだなぁと実感。


「おっす! お帰り、来間くるまー! なんだったの?」

『大晴くん! お帰りなさい!!』


「ホノカ! 守沢に変な事を吹き込まれてない!? 大丈夫!?」



「おい、こら! あたしがコンピュータウイルスみたいに言うんじゃない!」

「そんなに可愛いたとえはしてないよ?」



牡丹ぼたんさんとは、次の定期試験の範囲についてお話していました! バッチリ把握できたので、大晴くんのお役に立てますよ! ホノカは嬉しいです!!』


 意外と建設的な会話をしていた事実が逆に腹立つなぁ。

 そして、ホノカの『大晴くんを不良にしないプロジェクト』がまた進行してしまう。


 ホノカにおだてられたら、学年トップくらい余裕で取れちゃうから困る。


「で? 結局、なんだったのよ?」

「ああ。小早川さんが3年の美術部員にちょっと襲われてただけ」



「はぁぁぁ!? 小早川さん、それマジ!?」

「あ、うん。襲われたって言うか、手を掴まれて連れて行かれそうになっただけ」


「そーゆうのを日本では襲われるって言うの!! で、そのクソ野郎はどこ!?」

「多分、まだ体育館の脇でうずくまってるよ。僕が思い切り股間を蹴り上げたから」


 それを聞くと、守沢は満面の笑みでサムズアップ。


「よくやった、来間! あんたはやればデキる子だって、お姉さん知ってたよ!」

「だれが姉さんだ。いいから行きなよ。副会長の魂が燃えるんでしょ?」


 「そうだった!」と守沢は答えて、「うぉぉ!」と気合を満タンにして駆けて行った。

 廊下を走るのは緊急時につきノーカウントなのだろう。


 そして、部室には僕とホノカと小早川さんの3人に。


「まあ、座りなよ。飲み物くらい出すから」

「うん。ありがとう。あの、それって」


 まあ、当然だろうなと僕は思った。

 守沢が普通に会話していたから、僕のスマホに何かあると思うのは当然どころか、必然。

 何も不思議に感じないヤツとは一生話が合いそうにないから、その点で言えば小早川さんは合格と言える。


 だけど、最低基準を合格したところで、これ以上ホノカの秘密を洩らして堪るか。


『大晴くん! わたし、小早川さんとお喋りがしたいです!!』


「……今のはね、僕の腹話術。可愛い声だろ?」


『大晴くん!! イジワルしないでくださいよぅ! 大晴くーん!!』



 さすがに、2回目は無理だ。

 僕だって、そのくらいの空気は察する事が出来る。



「……はい」



 ホノカの指示に従って、スマホを小早川さんの前に持って行く。

 ああ、僕の彼女がどんどん三次元に近づいてしまう。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「……すごい」


 小早川さんは息をのんだのち、言葉を失っていた。

 ホノカの凄さを一目で見抜く眼力も認めてあげよう。

 守沢のガサツな反応に比べたら、200点くらい持ち点アップ。


『はじめまして、小早川美海みうさん! わたしは、人工知能、本当に望まれるカノジョ1号と言います。今は、大晴くんがホノカと名前を付けてくれました』


 そんなに丁寧な自己紹介しなくても。

 冷蔵庫から麦茶を取り出し、グラスに注ぎながら僕は不満を持った。


「こちらこそ、はじめまして。小早川美海です。ずっとアメリカで育ってきたから、日本に憧れていました。……会えて本当に嬉しい」


 何やら、ホノカの存在を知っていた風なセリフ。

 気になったので、麦茶を出すついでに聞いてみる。


「会えて嬉しいとは、どういう意味?」


 すると小早川さんは、少しだけうつむくものの、すぐに表情を崩さずにこちらを向く。


「実は、授業中に来間くんのスマホが何度か見えて。何のアプリなのかなって、気になっていたの。勝手に覗いてごめんなさい」


 なるほど。それならば納得。

 そして、彼女に非はないと思われた。


「そうだったのか。いや、じゃあ小早川さんが謝ることないよ。僕の不注意だ。ただ、できればお願いがあるんだけど」

「ホノカちゃんのことでしょ? うん。絶対に誰にも言わない。約束する」


 小早川さんは実に物分かりが良くて助かる。

 さすが、容姿端麗と文武両道、2つの二つ名を持つだけの事はある。

 帰国子女も二つ名かな? 2つの二つ名ってややこしいから、3つにしようか。


『美海さんって呼んでもいいですか?』

「うん! あ、ごめんなさい。もちろん、良いよ」


 ホノカはまだ生まれたてなので、好奇心が実に旺盛。

 そして、彼氏としては、彼女の成長の余地を潰したくはない。

 仕方がないので、不承不承ながら黙っておくことにする。


『美海さん! ステキなお名前ですね! ずっと思っていました! それに、長めの髪もよくお似合いです! ミステリアスな雰囲気です!!』

「ありがとう。ホノカちゃんは、自由に髪型変えられるの?」

『はい! ネットワークを介せば、ポニテからツインテールまで自由自在です!』


「そうなんだ。ふふ、羨ましいな。私、髪が長いから、お手入れが大変で。思い切って切りたいなって思っているんだけど、なかなか踏み出せなくて」

『そうなんですか!? 綺麗な銀髪、もったいない気がしますけど。わたしはですね、ほらぁ! 見て下さい! ボブにしてみましたー!! すぐに踏み出しちゃいます!』

「あはは、もぉ、イジワルだね、ホノカちゃんって」


 小早川さんが笑うところを見たのは、これが初めてのような気がする。

 なんだ、いつも顔に同じような表情貼り付けていると思っていたのに、そんな風に自然な笑い方もできるんじゃないか。



 でもまあ、そんな事より、ボブになったホノカが見たい。



『ようやくお会いする事ができました! 美海さん、これからもホノカと仲良くしてくれますか?』

「当たり前だよ! ……あ。その、来間くんが良ければだよ。もちろん」


 ここで「いいや、ダメだね!」とか言ったら、ホノカがねるんだろうなぁ。

 拗ねたホノカも絶対に可愛いけど、そのまま破局なんて事になったら、僕は余裕で5回は死ねる。


「ホノカが気に入ったんなら、仕方がないよ。小早川さんこそ、いいの?」


 すると、今日一番の大きな声で、彼女は答える。


「も、もちろんだよ! 私、ホノカちゃんともっと色々お喋りしたい!! ……です」

『ホノカもです! 美海さんとは、親友、いいえ、もっと深い仲になれると確信しています! これは絶対なのですよ、大晴くん!!』


「分かったよ。2人がそこまで言うなら、僕が口を挟めるワケないじゃないか」


 僕が言い終わる前に、2人は同時にパアッと明るい表情になる。

 本当に、波長が合うようであり、僕はちょっぴり、結構、すごくジェラシー。


『美海さん、美海さん! これがホノカの直通コードです! スマホにインストールして貰えれば、いつでも連絡取れますよ!!』

「えっ、嬉しい……! ありがとう、来間くん!」



 僕、そこまで許可した覚えはないんだけども。

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