第4話 クールで人気者な後ろの席のヒロイン・小早川美海

 昇降口でスニーカーを履き替えて、階段を上って廊下を歩けば、2年1組。

 僕のクラスであるが、それ以上に付加する情報が見当たらなかった。


 何か特色はないかと頑張って探してみるも、せいぜい、担任の田尾先生が「面倒だから、席順はこれで固定な!」と言って、1年間出席番号順の机の並びをいたくらいしか思い浮かばなかった。


 クラスメイトの半数くらいは「圧政だ!」と2週間前まで抗議の声を上げていたけど、気付けばそれも静かになっていた。

 人と言うのは、諦める事でステップを一つ踏み出せる。

 クラスメイトもそれを理解してくれたのは嬉しい限り。


大晴たいせいくん、大晴くん。学校で無駄話はダメだって言ったわたしですけど、ちょっと良いですか? 見て下さい、ホノカの事!』


 超小型イヤホンの性能はバツグン。

 おまけに僕の髪はちょうど耳を隠すくらいの長さだから、絶対に周りの人間には気付かれない。


 バレるとしたら、僕が不審な行動を取るくらいのパターンしか想定できないけど、僕に限ってそんなミスを犯すはずがない。

 人に自慢するような事ではないけど、僕はかなり肝が据わっている方だと思う。


「なんだろう? どうかしたのかなうわぁぁぁぁっ!!」


「うおっ!? ビビったー! どうした来間? お前がデカい声出すとか」

「えっ!? あ、ああ! ごめん、大川くん! ちょっと、虫が視界に入ったんだ!」

「マジかよ! まだその辺飛んでる!?」


 彼は隣の席の大川くん。下の名前は知らない。

 人付き合いがかなり悪い僕にも気さくに話しかけてくれる、良い人。


「いや、どこかに飛んで行ったみたい。騒いでごめんね」

「おお、なら良いんだけど。気にすんな、気にすんな!」


 耳には、ホノカの申し訳なさそうな声が響く。

 申し訳ないのペアルックをするべく、大川くんの存在は僕の中から秒で消えた。

 早速不審な行動をとって、まったくもって申し訳ない。


『ビックリさせちゃいましたか? ごめんなさい。涼風すずかぜ西高校の制服データを博士から入手したので、早速着てみたら、大晴くんに見せたくなっちゃって……』

「僕の方こそごめん! あまりの衝撃に叫ぶとか、生まれて初めての経験だったよ。むちゃくちゃ似合ってる。学校にいる時はずっとそのまま?」


 『大晴くんが良いなら』と言うホノカに、秒で返事をした。

 もちろんオッケー。ダメな理由を探す労力は無駄だと思われた。


 うちの学校の何の変哲もないブレザーが、一瞬にして萌え萌えキュン。

 何と言う破壊力。


 何度もチラチラとホノカを覗いていると、背後に気配を感じて咄嗟にスマホを隠す。

 僕以外にホノカの姿を見せてなどやるものか。



「おはよう、来間くるまくん」

「ああ、おはよう、小早川さん」



 僕の後ろの席の住人。

 今年から編入してきた、帰国子女。名前は小早川こばやかわ美海みう


 その容姿は、まあ一般的な価値観で言えば、バツグンに可愛らしいようで、今では学校のヒロインと呼ばれている。

 社交性スキルにパラメーター振り忘れたのか、誰に対してもクールな態度を取る。


 そのクールな態度さえ、萌え要素に変換してしまうのが美少女の特権。

 銀色ロングヘア―はサラサラしているし、なんか目はあおいし、スタイルも同世代の女子からすれば、かなり良いと言う。それでいて、運動も勉強も熱心にこなす。


 属性盛りまくりのチート女子である。


 そんなクールな彼女が、何故か僕には毎朝律義に挨拶をしてくれる。

 クラスの中にいる陰キャなぼっちくん相手に奉仕活動にも熱心。


 ただ、ゴールデンウィークに入るまで、小早川さんの前の席だと言うだけで他の男子から妬みを買っていたので、差し引きプラマイゼロで。


 挨拶を無視するほど僕も冷徹にはできていないから、今日も常套句じょうとうくで交流。


 どんなに美少女でも、三次元は三次元。

 僕にとってはどうでも良い世界のお話。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「じゃあ、次のページの2行目までを和訳して。えーと、小早川」


 現在、3時間目の英語の授業中。

 僕の意識レベルは極めて低く、このままではスリープモードに移行するのも時間の問題かと思われた。


『大晴くん! 居眠りはダメです! 不良の第一歩ですよ!』


 ホノカの応援で辛うじて意識を保っている。

 眠たい原因が昨晩も朝方までホノカとお喋りをしていたという、マッチポンプ状態なのだが、ホノカは気付いていないので何の問題もない。


 仕方がないので、小早川さんの和訳でも聞いて、脳内を活性化させよう。

 帰国子女にとって英訳や和訳など、力士に尻で風船を割れと言っているようなもの。

 景気よくパンとやって、目を覚まさせてくれ。


「はい。メアリーは、明日の朝食のためにパンを買うべきか、シリアルを買うべきか迷っていました。通りかかったのはホットドッグ屋。メアリーは、明日の朝食の事を忘れて、温かいホットドッグを3つ買いました」


「エクセレント! 完璧だ! みんな、英語は小早川に習った方がいいかもな。ははは!」


 ドッと笑いが起きる教室。

 僕もくすりと含み笑い。



 メアリー、バカだなぁ。



 文章の中のメアリーに思いを馳せる。

 多分、金髪に茶色い瞳で、身長が低い事をコンプレックスに思っているドジっ子。

 家に帰ってホットドッグが冷め始めた時に、アワアワするに違いない。


 アリ、だな。


「来間くん」

「ん? なに? 小早川さん」


「あ、うん。今の和訳、おかしくなかったかなって」

「全然おかしくなかったよ。メアリーが可愛かった」


 小早川さんは、三次元の世界でその可憐で儚げな容姿をもってして、男子を篭絡ろうらくせしめると良い。

 僕は、ホノカと行く。次点で大きく差が開いてメアリー。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 休み時間は非常に憂鬱な時間だ。

 僕と同じ属性の主は、基本的に机に突っ伏して寝る、もしくは寝たふりをするのがマナーモード。

 もちろん僕も、一年生の時はそれを順守していた。


「美海ちゃん! このヘアピン可愛くない!? アメリカ的な感想聞きたい!」

「うん。良いと思うよ。可愛い」

「マジー! やった! 高かったけど買ってよかったー!!」


 人に認められなければ可愛いと誇れないようなもの、よく買うなぁ。


「小早川さん、部活まだ決めないの!? 柔道部とかどう!?」

「ヤメなよ、小早川さんに触りたいだけでしょ! エロ山田!」

「あ、うん。考えとくね」

「考えなくて良いってばー! 美海ちゃんってマジいい子!!」


 エロ山田くんの本名は細山田。

 そんないじりやすい名字を生み出した明治時代の頃の先祖を恨むといい。


「小早川さん、ここの英訳が分からなくて。教えてもらえるかなぁ?」

「うん。いいよ。ここはね、先に主語を見つけて……」


 小早川さんはクールなくせに、優等生。

 来る者拒まず、去る者追わず。


『あれれ? 大晴くん、どこに行くんですか?』

「適当に廊下を歩いて時間を潰すんだ。自分の席が落ち着かないとか、罰ゲームだ」



 去る僕を、小早川さんは当然引き留める事もなく。


 早く放課後にならないか。

 廊下をぐるりと一周散歩しながら、そんな事ばかり考えていた。

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