第2話

 たしかに、車窓の景色に、桜が咲き始めている。外に吹く風は、こんなに冷たいのに、季節は、進もうとしている。


(この前、季節を感じたのは、やはり車窓から見える、紅葉を見たときだったか)


 人の季節感は、意外なほど鈍いらしい。じっとして動く事を拒否している桜にも劣る。


「この電車は、あなたの人生に、少しだけでも潤いを与える事が出来ましたか?」


 紳士の言葉が、心の隙間に染みこんでいった。


「はい。こうして立って、窓の外をボウッと観ているのも、なかなか楽しいものです」


 紳士は、笑ってうなずく。


「おお、これはなんと見事な景色だろう」


 電車が進むと、満開の桜の木が、五分間も続いた。


 そろそろ降りる駅に着く頃だ。


「この国の原風景は、美しいですね」


 紳士が、見つめる先を見ると、青々とした棚田が、海に向かって広がっていた。


 海?通勤途中に、海なんてあったか?


「ところで、あなたは、もう何年、頑張って、働いてこられたのですか?私は、リタイヤして、もう十年になりますか?現役時代が、懐かしいですよ」


「僕は、もう今の会社で、四十年勤めています。途中一回変わっていますので」


 実は、前の会社は、倒産したのだ。入社後間もない僕は、分けもわからず、組合役員をさせられていた。


 もちろん倒産したので、僕も無職になったが、組合役員としては、他の社員の再就職先の世話をしなければならなかった。


 あの時は、たいへんだった。自分自身が、再就職出来たのは、一年後だった。


「その時のあなたへの感謝する手紙が、たくさん私のところへ着ています」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る