ゴール

Re:over

ゴール

 ゴールを目指して住宅街を歩いていると、正面に声を上げて泣いている男性が居た。


「どうしたんですか?」


「ゴールしちゃったんだ。俺のゴールはここだったんだよ」


「ゴールしたのは良いことではないですか」


「良いこと? 君は小学生か?」


 慰めようとしたら追い払われた。ゴールへ到着することは良いことに決まっている。双六だって、ゲームだって、人生だって、ゴールすることを目標としている。小学生なのは彼の方だ。


 暫くすると、河川敷に出た。視界が広がり、水の流れる音が気持ち良い。奥に見えるビルの向こうにゴールがある。このまま歩けば1時間もかからないだろう。


 自転車のベルが鳴り、私は振り返る。


「すみません。俺のゴールの場所を知りませんか」


 話しかけて来たのは高校生くらいの男子だった。野球のユニフォームに坊主頭で、額からは大量の汗が流れていた。


「恐らく、河川敷にある野球場だろう。このまま真っ直ぐ行くと着くはずだ」


「ありがとうございます!」


 青年は感謝の言葉と同時に自転車を漕いで行った。その足は全力で、急いでいるようだった。やはり、ゴールは良いことではないか。そう思いながら橋へ差し掛かった。


 橋には今にも飛び降りそうな男性がいた。川を強ばった表情で見つめ、手摺を掴む手は震えている。


「飛び降りるつもりですか」


「そうです」


「どうしてですか?」


「ゴールが見つからないのです。僕は今まで真面目に生きてきました。誰よりも人のため、世のためを思って行動してきました。しかし、ゴールが現れることはありませんでした」


「それで、一度死んでみたらゴールが見つかるかもしれない、というわけですか」


「その通りです」


 ゴールが見つからない人間もいることを初めて知った。そして、ゴールのない人生を想像し、私は恐怖を感じた。彼はこのような恐怖を抱えて生きているのだ。


 私は彼に同情し、彼の足を持ち上げた。すると、彼は暴れ、叫び出した。私はそれを無視して彼を川へ投げた。


 水飛沫が上がり、私の心は軽くなった。寄り道、という形にはなったが、良い行いをした、と遠足前夜の園児みたいな心持ちでゴールへ向かった。


 ゴールへ到着したら、どんなご褒美が貰えるだろうか。どんな人が待っているのだろうか。楽しみで仕方がない。


 ビルを目の前に、挙動不審の女性がいた。恐らく、道に迷っているのだと感じた。


「迷子ですか?」


「迷子でもありますが、お恥ずかしい話、ゴールの場所が分からなくなってしまい……」


「それは大変だ。困ったことに、私も貴方のゴールが分からない。他の誰かに聞くしか方法はないだろう」


「あの、もし迷惑でないなら、貴方のゴールまで御一緒したいのですが……」


「あぁ、構わないよ」


 女性が着いてくることになったが、私の目指す場所は変わらない。大通りへ出て、暫く行ったところにある高校へ入った。


「やっぱり、高校時代に囚われていたのね」


「どうして分かるんだい?」


 女性は私の頬を勢いよく叩いた。


「残念ながら貴方のゴールはここじゃないわ。ここは振り出しよ」


 そう言って女性は去って行った。

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ゴール Re:over @si223

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