第26話
一晩理国の宿でしっかり休んだ翌日、街中の転移陣から雪山山頂へ飛び、更にそこから東の果てへと飛ぶ。
眼前には灰色の石化したような立ち枯れた木々の森が陰鬱に広がり、その奥に城がぼうと浮かび上がる。巨大な円柱がいくつも並ぶ神殿のような外観は光国の城と同じ形をしていて、けれど色を消し去った薄寒い灰銀の城だった。
ゲームではグラフィックの流用だ、手抜きだと言われたりもしていたが、『“シン”の心に焼きついた記憶の城』なのだと言われている。ホドを象徴する黄昏の色を失っても影を追わずにはいられなかったのだろうと、今の新には思える。
「さて、あちらさんにも侵入が伝わったようだね」
ベートの言葉と同時に、ざわりと辺りの空気が揺らめいた。藍川が前に出て、ラメドとベートも新を挟んで戦闘態勢を取る。
木々の影が一際濃くなって、人影が次々と起き上がる。影のみで形作られたあやふやな輪郭でも、長髪の背の高い男性体だと分かった。シン自身──いや、ホドを模しているのだろう。
「うげえ」と藍川がこちらのやる気まで削ぐようなため息をついた。十体ほどに増えた影は新の予想よりも機敏な動きでこちらに襲いかかってくる。
藍川の聖剣とラメドの弓が影の頭部や胸部を薙ぎ払えば魔物と同じように煤になって消えたが、すぐに無数の木々の影が同様に蠢き出している。
「これ無限湧きだろ」
「切りがなさそうです。……影とはいえ、破壊し続ければホドの星辰にも障りがあるかもしれません」
ラメドは話す間にも魔力で生成した矢を放ち続けているが、少しも数が減ったようには見えない。
『敵性反応、魔力反応共に増加。──付近一帯の樹木内部に観測者シンの星辰の反応が微かに見られます』
「まったく健気なことだ。僅かでも輝度を上げようと、この森を創り上げたんだね」
ベートが苦い声で言って、魔力を練り始める。ラメドが射抜き、藍川が斬り払っても、灰色の影は後からあとから起き上がり続けてくる。
「こんなんで輝度が上がるのも下がるのもバカらしいんだよ」
藍川はずっとうんざり顔だが、
「いや、地球のゲーム使って云々なんてアイデアも相当アレだと思うぞ……」
後方でやることがない新はつい突っ込んでしまった。
「アインはね、シンのホド大好きっぷりが目に見えてしまって面白くないんだよ。……〈栄光〉のところには悪いが、纏めて焼き払ってしまおう」
ベートの言葉に慌てて盾を設置したが、それを突き破る勢いで炎が爆発した。二枚め、三枚目の盾を続けて張り、壊れる前に全力で魔力を注ぎ込んで強化する。
爆発音は段々と遠ざかっていき、小一時間ほどで森はすっかり更地になった。辺り一帯、皹割れから赤い炎がちらつく地獄のような光景になってしまったが、やった本人は涼しい顔のままなのだから恐ろしい。
「これで視界は開けたけれど……」
『距離の正確な計測ができません。対象建造物の座標が変動し続けています』
「シンの〈位置の変更〉だな」
「あーなるほど、そのスキルで動き続けるラストダンジョンができるってわけだ……ダメじゃん」
「幸いなことに、ここにはキミがいる」
後ろからがっしりと両肩を掴まれた。ぎぎぎと振り返れば、ベートがにっこりと美しい笑みを浮かべている。
「目的地はあそこだ、あそこにいる我々を想起してごらん」
と、随分遠くに霞んで見える城の上方、かろうじてバルコニーっぽいものが見える辺りを示した。
「えっ俺!? 無理無理、治癒士のスキルにテレポートなんてないし!」
現実ではもちろんのこと、ジェネシスのゲーム内ですら個人でのテレポートなんて想像は……できたらよかったのになー、という願望でしかしたことがない。
シンと同じこと、同じ力を新に求められても困る。
「あの城は目に見えているだけで、足では永遠に辿り着けない。──〈位置の変更〉は、シンが未だ行使できるなら、キミにも当然使えるべきなんだ。自分が使えないのはおかしい、使わせろ、ぐらい思ってもいいんだよ」
「そんな、急に言われても……」
ベートが軽い調子で言ってくれるが、突然振られた重大な役割への戸惑いが強い。
「……お前が気づいてないだけで、本当は使えてんだ。二回」
「嘘だろ」
「嘘じゃねえ。炎狼戦、突進を避けた時に一回。二回目は地竜戦で、“アイン”の前で盾張った時」
藍川がめんどくさそうに頭を掻きながら言う。言われてみれば、どちらも“奇跡的に”躱せたり、“何故か”間に合った、というような記憶があるが。
『該当記録を確認しました。確かに、ごく微量ながら星径の力の反応がありました』
「……でも、それは……」
「火事場の馬鹿力ってヤツだって分かってる。けど、お前には〈審判〉の星径の力が、〈位置の変更〉が使えるんだって、とりあえずでいいからいっぺん受け入れちまえ」
「できないかもしれない、などと考える必要はありませんよ、アラタ。貴方の星辰の成り立ち、星核に紐付けられた、生まれ持った力です。貴方が行使できる“権利”でもあるのです。使い方は星辰が知っています」
ラメドの言葉に勇気づけられつつ、メムの『目を閉じ、視覚情報は遮断してください』という穏やかな声に従う。
『蘇生術を覚えた時と同じです。自分の内側の、星辰を満たす光を思い浮かべてください』
あたたかな橙の光。前よりもずっと近く、強く、慕わしく感じる。この光が内側にあることはもう知っている。否定できない──したくない。
「さあ、目を開けて。前を見て。ただ願ってごらん。キミと我々は、あの露台に行ける。そこにいるべきなんだ」
橙の光が足元からぶわりと巻き上がって、風が動くのを感じた。次に見下ろした足元は土から石に変わっている。見回せば空がぐっと近くにあって、石造の壁があって、そこにいた藍川がひとつ頷く。
「ほんとにできた……」
「よしよし、よくできたね」
ベートに頭をぽんと撫でられる。
「観測者としての認識を急がせる形になってしまってすまない。でも、本当に受け入れるのはゆっくりでいいんだよ。飲み込み切れない塊は何回だって取り出して、少しずつ噛み砕いていけばいいのさ」
衝動をぶつけたくなったら、そこの愚か者が付き合ってくれるだろう。ベートが笑い含みに言って、杖で藍川の腹を突っつく。藍川は顔を逸らした。
新はゆるゆると自分の手を見下ろす。
見慣れた地球の自分の手と変わらないように見えても、新には見知らぬ傷跡があって少年シンの記憶はそれをはっきり覚えている。 新は今、少年シンの筐体というからだを借りている。星辰と呼ばれる魂のようなもので、それに接続している。そして星核という魂の入れ物があって、観測者シンから分けられたものであること。
ゲームのようには進まなかった物語と、グラフィックでは描かれなかった建物や路地裏の街並み、そこで見た人々の生活に、美味しい食事。
──新が“観測者”だったからこそ、出会ったものたち。
(ゲームじゃない。ジェネシスじゃない。──今ここにいる俺は、地球の、日本人の、高校生の真並新、だけじゃない。観測都市の観測者シンの、分けられた星、なんだ。……本当に)
真並新には到底不可能であるはずのことが、ベートたちにとっては“当たり前にできること”だと信じられていて。それが本当にできたことを嬉しく思った。
自分を取り巻く状況に流されるばかりで、どう受け止めていいか分からないと思っていたけれど。
(俺、“変化”ってぜんぶ苦手だと思ってた。でもこんなにあっさり“変わってた”ことがあって、それを嬉しいって思ったりすることも、あるんだ)
望んでも望まなくとも、変化するものがある。そういうものだと、ただ受け入れてみることから始めればいいのだ。
(シンも、変わりたくなかったんだよな。自分にもホドにも、変わってほしくなかった。……でも、星だって、不変じゃないんだ)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます