第23話

 祭り見物の後は峻山近くの宿に泊まって、翌日は朝から地下聖堂に向かっている。大魔は消滅したはずとはいえ、一度死んだとも言えなくもない場所に再び行くのは気が進まないが、宝器の聖錫が置き去りにされたままだと聞けば仕方がない。

「ったくよー、棒っきれ一本くらいちゃんと掴んできゃいいのによ」

「シンの筐体の生死がかかった状況で、瓦礫の下に埋まった宝器を探す余裕などなかったことは貴方も分かっているでしょう」

「うっせー」

 かったるそうにぼやく藍川と、真面目に嗜めているラメドは、話しながらも地下道に現れる魔物をさくさく倒している。

 一度目の地下聖堂ではザインの封印の効果で雑魚敵はいなかったのだが、元々ここはゲームでも強めの敵がわんさか出る面倒臭い難所だった。

 しかし今のアインとラメドは、レベルカンストしたキャラがレベル一の魔物を薙ぎ払っているぐらいに見える。今までの旅では見たことのなかった技もガンガン出している気がする。会敵したと思った直後にはだいたい敵が死にかけているので、新が補助術を差し挟む隙もない。当然治癒術も必要ないので、本当にただ後をついていっているだけだ。

「強すぎてチートっぽい」

「チートもチートだよ、星径の力で筐体のステータスも持ってるスキルも全部底上げしてるからな。ゲームバランスなんて関係なし」

 白銀の聖剣に炎を纏わせて、一撃で複数の蝙蝠やら蜥蜴やらを薙ぎ払いながら藍川が言う。

「まんま魔法剣士じゃん、そんなジョブなかったけど」

「〈黒魔術〉の幻覚の炎だが、コイツら程度にとっちゃほんとに燃えてるのと変わりないしな」

 羽も生やせる、と悪魔の羽を出して飛翔してみせて、高いところにいた巨大な蝙蝠型を叩き落とした。

「おお~……」

 思わず拍手したのだが、

『創世世界ではその形態は魔物と誤認される恐れがあります』

 メムの声は完全に冷めていて、更にラメドの矢が藍川の羽すれすれのところを射抜いていった。

「っぶね!?」

「おや失礼。魔物かと思ったもので」

 その矢の飛んでいった先には当然のようにまた別の蝙蝠の頭があって、見事に額のど真ん中を貫いている。

 ラメドの弓も元々素晴らしい精度を誇っていたが、百発百中の上に更に全弾クリティカルのようで、なんなら一本の矢で二匹倒したりもしている。

「ラメドの弓もすごいことになってる」

「これは〈正しさ〉と〈正当な判決〉の力による補正です。この世界の理において、あの魔物という敵性生物に対してはこの筐体に正義があると判定されますから」

「へえー……」

 星径の力というのは、新が思う以上に観測世界では圧倒的なものらしい。これは確かに新に出る幕はない。おとなしく観光気分で後を追うだけで、さっくり最奥の内陣まで辿り着いてしまった。

 大魔が消失した後のただだだっ広い空洞を見て、藍川もラメドも一度足を止めたが、何も言わずに瓦礫を撤去し始めた。

 元々の腕力すらない新は、隅っこでまたも見守るだけである。剣や弓の一撃で腕を広げたよりも大きい瓦礫が吹っ飛ぶ中になんて、突っ込んでいく方がどうかしている。

(でも、あんな風に星径の力が使えてたって、筐体のからだを“借りてる”立場なんだよな)

 先程藍川とラメドが立ち止まったのは、それぞれここに苦い思いがあるからだろう。手よりも口が動くタイプの藍川がだんまりで作業しているのも、普段所作のひとつひとつが丁寧なラメドがやや強引に瓦礫を砕いているのも、たぶんアインとラメドの連星のこころが少なからず影響しているように思う。

(筐体が本当に望まないことはできないってメムは言ってたけど。それって筐体が強く願うことも、接続してる観測者の意識を超えて行動できたりする?)

『──状況によります。例えば、筐体が“どうしても殺したくない”と思う対象は観測者も害せません。同様に、“どうしても助けたい”と思う対象を、見殺しにすることもできません。それはつまり、連星の願い、意志が観測者の意思を凌駕することになります』

(そっか。“したくない”も“そうしたい”もおんなじ、願いってことだもんな。観測者って、勝手に連星のからだを使ってるような気がしちゃうけど、そうでもない……と思っていいのかな?)

 地球にある新の筐体も、──新が生まれた時から十七年間接続し続けてきたからだとも、新という観測者が勝手に他人の人生を乗り回していたのではなく。“共に生きてきた”と、そう思っても許されるだろうか。

『ええ。あなたが連星の筐体に接続している間も、連星の星辰は変わらずそこに在ります。あなたが今その筐体で感じる感覚も感情も、すべて同時に連星が感じているものでもあるのです』

(観測者、っていう存在とか、在り方をぜんぶ受け入れられたわけじゃないけど。それを聞けて、ちょっとだけ安心したかも)


「お、あったあった」

 しばらくして、声を上げた藍川が一本の杖を掲げてみせた。魔王と大魔に対抗できる唯一の手段、宝器のひとつをあっさりとこちらへ放り投げてくる。

 橙の石が先端に嵌まった白い錫杖は、ここで地竜とやり合った時と同様に手にしっくりと馴染む。

「大魔戦では一応宝器は使えてたけど、それって遣い手になったってことで本当にいいのかな」

 ゲームではないのだからシナリオをなぞることもないし、むしろ外れていく方が望ましいだろうとは思いつつ、いざ自分シンが宝器の遣い手になるというのは戸惑いがあった。

『あなたとシンの〈審判〉の星が意味するものは、〈復活〉と〈位置の変化〉、〈更新〉。それらはあなたの筐体が持つ治癒の力と相性がいい、という話をしたことを覚えていますか?』

「覚えてるけど……。それって俺にもやっぱり星径の力が使えるってこと?」

『ええ。星径の星は、みな生まれ落ちた時から裡に輝かしい光を抱いています。シンからそれを分けられたあなたも、また同様に。あなたという星が下す審判によって、生命は再び活力を取り戻し、在るべき場所に至る。そして新たな階へと踏み出す。その力があなたの内側にあることを、あなたの星辰は始めから“知って”いるはずです』

 しんしんとひとつずつ降り積もるようなメムの声に導かれるまま、あたたかい光を想起する。心の、魂の底に、ずっと大切にしまい込んでいた光があることに初めて気がつく。泣きたくなるほどに優しく柔らかな、安らぎを連れてくる夕日の橙。一日を終えて家路に着く時間。──黄昏は、本当はきっとこんな郷愁を呼び覚ますもののはずだった。

 地下聖堂には差し込まないはずの夕日の光が溢れて、あたり一面黄昏に染まっていくとともに、体に活力が満ちてくる。

「わ……」

「いいねえ」

「これこそ宝器、聖錫の力です」

 誰も道中で怪我も消耗もほぼしていないので回復量は体感しにくいが、おそらくゲームで本来のメインヒーラーだったザインが最後に習得した、蘇生と完全回復の治癒術だろう。

「これでアラタも正しく“宝器の遣い手”ですね」

 新の肩をひとつ叩いたラメドが微笑む。

「しっかしオレ達にゃ多分必要ねーから、魔力は自分の防御と回復に回せよ」

「う」

 せっかく覚えた最上級の魔法を戦闘でもかっこよく使ってみたいと思ったのがバレたのだろう、その前に藍川に釘を刺されてしまった。

「まあ、蘇生なんて使わないで済むならそれに越したことないもんな」

 レベルもスキルも、装備までほぼほぼ極めたキャラクターで、強化パッチも当てて、更に敵の特性まで把握した状態で冒険しているような状態なのだ。このパーティで蘇生が必要になるまで追い詰められる場面はさすがに想定しづらい。

「もうこれで東の最果て、魔王城まで行っちゃっていいんじゃないか?」

 現時点でも十分にオーバーキルできそうだと思って言えば、ラメドは軽く首を振った。

「北の理国りこくでベートが待っていますから、合流します」

「うげ」

「あ、そっか」

 そう言えば、最後に加入する仲間がもう一人いた。ベートは年齢不詳、性別も不詳とされている魔術士だ。口元の泣きぼくろがちょっと色っぽくて、新の希望としてはスレンダーな美女に一票入れたいところである。

「藍川のその反応ってことは、ベートももしかして観測者のひとが接続してたりする?」

「ええ。他の観測に出ていましたが、ちょうど私が接続する前に帰還してきまして。今回の事態を聞きつけて、是非とも自分も一枚噛みたいと」

「あー…………」

 顔を手で押さえて唸る藍川はいかにも面倒くさそうで、ゲームのキャラクター設定以上に一筋縄で行かなさそうなことだけ察した。

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