第22話
王宮では玉座の間で峻国の王と対面するというイベントもあったが、峻王は御簾の向こう側でいくつか激励の言葉を発しただけで、対応はラメドがそつなくこなした。
「王の傍に控えていた王宮治癒士が、観測都市の〈峻厳〉の星冠ゲブラーの
修復された装備やら軍資金やらを受け取って、市街へ向かう道すがらラメドが説明してくれる。峻厳の塔については、峻国に入った時にもメムから少し聞いている。
「ああ、ラメドは峻厳の塔ってとこのひとなんだっけ。で、シンとメムが、栄光。ちょっと覚えた」
藍川は、と前を行く背中をつつけば、「オレは均衡の塔、〈美〉のティファレト」とあまり興味なさそうに答える。
「ティファレト……ってなんか聞いたことあるかも」
「あー、地球世界のゲームでもボスとか女神の名前とかで使われてたっけな。十二の星冠は、地球世界では生命の樹、セフィロトツリーで表されてた。二十二の星径は、タロットカードってヤツでも。……そもそも観測都市から観測できる世界っていうのは、どっかしらが近かったり重なったりしてるもんなんだ」
「ああ、この創世世界では、星冠のひとたちが王様だったりするみたいにってこと?」
「そうそう。他の世界では神様だったり伝説の生き物だったり精霊だったりな。世界観設定、的なものが近いっつーか」
「ふうん……」
ここにスマホがあって今すぐタロットカードの意味を検索できれば面白いのになあ、なんて異世界転移もののお約束のようなことを考えた。考えて、地球では毎日当たり前のように触れていたスマホのことを、ほとんど初めて思い出したことに気がつく。
(……そっか。前の時は、異世界だーなんて思ったり、地球のこと思い出したりしてる余裕がなかったんだ)
今は新の事情を正しく知る人たちばかりに囲まれて、藍川と地球の話もできて、平和で賑やかな街中にいて、気を張る必要がない。
「……街、なんか更に賑やかっていうか、もしかしてお祭りやってる?」
よくよく見なくとも、至るところに星の形を模した行燈が吊るされ、道端には屋台もたくさん出ている。
「地下聖堂の大魔がようやく討伐されましたからね。本来は祭り好きの賑やかな国民性なのですよ」
穏やかに笑うラメドはどこか誇らしげだった。
「規律と規範を尊び、己を厳しく律する中で、晴れの日には朗らかに祝い舞い踊るのです」
広場ではひらひらした薄赤い布地を纏って踊る子供たちがいて、手にした籠から赤い花びらを撒いている。ジェネシスのゲームではこんなイベントは発生しなかったので興味を惹かれた。
「行ったことないけど、中国とかアジアっぽい感じがするなあ。ここ来たときも思ったんだった」
広場を通過しながら祭りの気分だけ味わっていたら、
「じゃ、ちっと見物してくか」
藍川に腕を掴まれて広場の端の方の椅子に座らせられた。
「え?」
「接続時に、祝祭や宗教儀礼に立ち会える機会は限られますからね」
『多様な文化に触れ、情報を収集することは立派な観測ですよ、アラタ』
ラメドとメムにも交互に言われて、いつの間にか手には肉と野菜の串焼きも持たされていた。ちゃっかり藍川が買ってきていたらしい。
できたて熱々の肉に舌先を火傷しつつ頬張ってみれば、甘辛いタレと肉汁が口いっぱいに広がってとても美味しい。
「こちらの包み焼きも峻国の名物のひとつですよ」
今度はラメドから薄いクレープのような食べ物を渡された。
「私が周辺の観測をしてきますから、アラタには演舞の観測をお願いしますね」
「あ、はいっ」
よろしい、と学校の先生みたいに頷いたラメドは、民芸品の屋台の方へ向かっていった。
「アイツは言い方がいちいち硬っ苦しいだけで、つまりステージ見物してていいって意味」
今度は飲み物を調達してきた藍川が、木製のコップを寄越してくる。
『映像記録は自動送信されていますので、アラタ自身が詳細を記憶する必要はありません。ただ、祭礼の雰囲気、印象……そういったものは現地の筐体でしか感じられない情報ですから』
「な、なるほど」
メムの補足にちょっと安心しつつ真面目に頷けば、藍川が「あーもーコイツらめんどくせ!」と首を振った。
「つーまーりー、単純に気楽に祭りを楽しめばいいって意味だよ!」
『…………』
それきりメムは静かになってしまったが、否定もなかったので、藍川の解釈で合っているのだろう。乱暴に木椅子に腰掛けた藍川はやけ酒のような勢いでコップを煽る。
「っハー。たく、ラメドのヤツは新人の面倒を見たがってて、メムはそもそも実地の観測経験がまだない。加えてどっちもカタブツクソ真面目キャラってんでグイグイ来やがる。……オレも他人の世話なんてガラでもねーけど、テキトーに気ィ抜いてけよ。初めての観測ってのは、自分が思う以上に疲れるもんだ」
「……って言われてもなー……。ラメドは先輩か先生の引率みたいな感じあるし。メムは……そういや年数が足りないとかって前に言ってたかも?」
「メムはまだまだ新しい星だからだよ。つっても地球世界の人間で言やあ百か二百くらいは経ってるが」
「うわ、スケールが違った。……そりゃ十七の俺に対して過保護になるわけだ……」
藍川の言う通り、生まれたての立場に甘んじて、もう少しは気楽に構えていても良さそうだ。とりあえず受け取ったきりだった飲み物を一口飲んでみれば、とろみのあるほんのり甘いジュースだった。味はライチに近いかもしれない。
「……だいたい観測ってのはさ、本来もっと娯楽的……エンタメみたいなもんなんだよ」
花火や爆竹で辺りがいっそう賑やかになってきた中で、串に刺さった果物を摘みながら藍川が言うのへ耳を傾ける。
「自分と違う
「『ゲームだと思えばいい』って……そういう意味?」
最初に創世世界に接続する前に藍川に言われた言葉が、ずっと引っかかっていた。ダアトの村を襲った惨劇も、魔物や大魔と対峙する恐ろしさも、家族を奪われたアインの悲哀も。少年シンの痛みや悲しみや絶望がまるで自分の身に起こったことのように感じられるのも、何もかもがリアルすぎて、ゲームだなんて少しも思えなかった。
(ああでも、メムも)
街のこと、暮らしのこと、食べ物のこと。折に触れては解説を添えてくれていたのは、新にそういう“観測”をさせようとしてくれていたのかもしれない。
『……いいえ、アラタ。私は私のやり方で観測を行っていたにすぎません。あなたの事情も心情も考慮しないまま』
「ジェネシスを楽しんでプレイしたのと同じように、
「……確かに、ゲームみたいなものだって思って救われた部分もあったけど。誰かの生き死にも、何かと戦うってことも、俺には重すぎるから。でもさ、生きるのも死ぬのも、ほんとに重いことだから、ちゃんと重いままでいい。ゲームとか、物語とか、フィクションだと思って軽くしたりしなくていい」
アインも少年シンも、この世界で、この大改編の中で、細いほそい綱を渡るように生き残って、今ここにいる。そのからだを、自分と藍川が使わせてもらっている。
舞台の方から爆竹の弾ける音がして、歓声が響いて、空からは花が舞って祭りは最高潮に達したようだ。鮮やかな赤い薄絹は炎が踊る様に似ている。
こういう地域に根ざしたお祭りの映像や写真なら見たことはある。けれど自分がこんな風に体験する機会があると思わなかった。それは村から出たことがなかった少年シンも同じで、胸の奥にぽうっと灯る熱は、きっとこのからだが感じているものでもあるのだろう。
(そうだ、ジェネシスのシン少年はこのお祭りは観られなかったんだ──地下聖堂で、死んでしまうから)
右腕に嵌めた、高熱で歪んだのを直されたという金の腕輪に触れる。いくつもの願いに生かされて、自分も少年シンのからだもここにいる。
(死ななくて、よかった。シン少年を死なせずに済んで、よかった)
風に流された赤い花が手の中に落ちてきて、ひんやりした花弁の感触を楽しむ。
「初めて観るお祭りに感動したり、こうやって美味いもの食べたりしてると、あー生きてるんだなって思う。……生きてていいんだなって、思う」
藍川の方を見る。整った横顔は演舞の舞台の方に向けられているが、何を思って見ているのかは読み取れない。
「観測とか、観測者とか、よく分かんないままだけどさ。俺がシンから分かれた──双星じゃなかったら、観測者じゃなかったら、このお祭りは見られなかった。このからだに、見せてやることもできなかった。……だから、それでいい」
ゲームだと思わなくても、ちゃんと楽しめている。それは多分、生きることを楽しめている、ということなのだと思う。
「小難しく考えすぎんなよ。楽しめてんなら、いい」
「んむ」
藍川の摘んでいた果物を一切れ口に突っ込まれて、甘い果汁に咽せそうになりながらも飲み込む。ラメドが戻ってくるまで、飲み食いしながら打ち上がる花火をぼんやり眺めるだけの時間をゆっくり過ごした。
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