4章 死にたがりの観測者
第21話
ぱちりと目を開ければ、
よいせ、と起き上がって体や手のひらを見下ろせば、見慣れた元の十七歳サイズであることに安心する。
『接続と同期処理終了。
(王宮……? えーっと、地下聖堂の戦いの後、どうなったんだ……?)
『あなたの筐体は、〈栄光〉の
(あれ、俺が接続してない間のことも分かるの?)
『今回は複数名の星径に関わる特殊な観測ですし、……あなたの再接続も予想できましたから。観測都市での遠隔観測が継続されていました』
(なるほど)
メムの久しぶりに思える脳内説明を聞きつつ、ベッドから降りて少し体を動かしてみる。長く寝ていたような動かしにくさはややあるが、怪我も痛む箇所もない。棚の上の丸鏡を覗き込めば、予想通りの灰色の癖っ毛とアンバーの瞳の少年シンの顔が映る。──どこにも火傷も裂傷もない。
「黒焦げにされたはずだけど、嘘みたいだな……」
「残念ながらウソじゃないんだよなあ~。コイツの筐体はめちゃくちゃ怒ってんぞ」
ノックもなしに緩い口調で入ってきたのはアイン、でなく
「って、そんなことお前に言われてもな……」
アイン本人に怒られるならまだしも、藍川に言われるのは色々と複雑だった。藍川は気にした風もなく、「まあそうだけど」と言って自身の胸元を軽く小突く。
「自分の無力さとお前の無鉄砲さのダブルパンチで“アイン”の心はぐっちゃぐちゃでさ。オレが接続してなかったら今頃盛大に拗れてたぞ。一応知っといてやれ、ってこと」
「そっか……悪いことしたな」
せめてアイン本人へ謝れたらいいけれど、その機会を持つのはなかなか難しそうだ。──藍川の接続が解除される時には、きっと新もまたこのからだを離れるのだろうから。
「ま、シンの介入もあったし、色々不可抗力だろ。お前が気にすることじゃねーな、この筐体の“青さ”ってヤツだよ」
と軽い調子で藍川は話を終わらせて、枕元の果物籠を漁り始める。創世世界に接続している間はずっとアインと藍川を混同しないよう気をつけてきたのに、ついに中身まで藍川になってしまって、更にアインならしないような粗雑な振る舞いをされるとどうにも落ち着かない。
「……だめだ、すっごい違和感あるんだけど」
「え、筐体だめそう?」
取り出した林檎に齧りつきながら、藍川はひとつ瞬く。
「いやお前にだよ。もっとこう、アインっぽくしないの」
「つってもなあ。観測者ばっかなのにフリすんのもサムいし」
「え、ラメドは」
違うだろ、と言いかけたところで。
「私も接続していますよ」
部屋に入ってきたラメドが、艶やかな真紅の髪を肩から滑らせて優雅に一礼した。
「観測者としては初めまして、ですね。名は同じくラメド。観測都市では峻厳の塔、〈峻厳〉の星冠ゲブラーに属する者です」
「あ、どうも。シンの兄弟?で、
見た目も喋り方も創世世界で出会ったラメドとほとんど同じままで、物腰柔らかで落ち着いている様子もよく似ている。こちらはこちらで、区別に困る。
「観測世界でお育ちとあれば、戸惑うことも多いでしょう。同じ塔に属するよしみです。観測についての質問などありましたらどうぞ気軽に」
「あ、ありがとうございます」
ガーネットの眼差しは深く理知的で、ラメドの騎士装ともあいまっていっそう厳格そうに見える。
「は、んなもんやってきゃ嫌でも慣れるわ」
林檎の芯を窓の外に放り捨てながら藍川が毒づいたので、険のある言い方とごみの行方を嗜めようとしたのだが。
「生まれたばかりの星を庇護し、正しく導くのは先達としての義務です」
「正しく、ねえ。お前と観測都市にとってだけの〈正しさ〉って、ほんとに正義って言えんのかね。お得意の正義感を後輩にも早速押し付けようってか?」
「貴方の犯した過ちのどこに正義があったと?」
ラメドが淡々と切り返して、空気が冷え込んでいく。
(あの、メム、この二人ってもしかして……)
『ラメドは〈正義〉を司る
(あ、うん)
通信が伝わっているのにラメドにつくと宣言するメムの、藍川への塩対応っぷりは相変わらずだ。そしてラメドの方も相当藍川とは気が合わなさそうに思える。
観測者の方のラメドが星鏡の間から一緒に来なかったのは、もしや藍川と顔を合わせたくないからだったりするのだろうか。
(そういや、
魂、星辰からして相性が悪いのなら、それも致し方ない。
「まったく、シンは何故このような〈悪魔〉となど……」
「あ、ラメドはシンと仲が良かった?」
ラメドの言葉にシンへの親しみを感じて、喧嘩の仲裁がてら質問してみたのだが、ラメドは「それは……」と言葉に詰まってしまった。
「ナカヨシ、ねえ。〈審判〉と〈正義〉のカタブツ同士、気が合ったんじゃねーの? 〈
「バカ、煽るな」
金の瞳を輝かせて嫌味たっぷりに笑う藍川の横っ腹を肘で突く。地球でも昔から喧嘩っ早い奴だったが、自分に敵意を持つ相手にはそれ以上の敵意をぶつけていくスタイルだ。
(まったく、精神年齢はバカ高いんだろうにガキと同レベルで喧嘩してたんだから、めーっちゃくちゃ大人気なかったんじゃん……)
「全員、人を傷つける発言はナシで。もー、俺は観測初心者なんだから、先輩たちにしっかりしててほしいんですけど」
メムも含めて、と釘を刺す。藍川はへらりと肩を竦めて、メムは『申し訳ありません』とちょっとしょげてしまい、ラメドは目礼をした。
「……発言と態度を謝罪します。今は協力しあい、シンとアラタの星辰の保護を最優先にしなければならない時でした。……非常事態といえど、アラタのような幼い星に大改編の観測をさせるなど……本来あり得ないことなのですから」
すぐに謝罪してくれる辺り、とても仕事ができる大人という印象はあるのだが、同時に融通が効かなそうな生真面目さも窺える。そしてとてもちいさい子どもを心配するような目で見られて、むず痒い。
「その、幼い、って言われても。確かに観測都市のからだは十歳にもならない感じだったけど」
『あまりに幼体では生活行動に支障が出ますので、星辰が適合できる限界まで成長を促進させた状態でした』
「ん? ……てことは」
「実際赤ん坊レベルってこと。はじめてのおつかい以前の問題だなー」
「あなたの輝度はあまりに微かで弱々しく、いつ消えてもおかしくはないほどなのです」
だから他の観測を切り上げて急遽こちらに合流したのだとラメドが話す。
「な、なるほど……それはやりにくいだろうな……」
「ま、地球世界の十七歳としちゃ複雑だろうが、そういうわけだからさ。こっからは観測のチュートリアルみたいなもんだと思って、気楽に行きゃあいい」
「チュートリアル、か……」
意気込んで接続したのでちょっと拍子抜けの感もあるが、この創世世界はジェネシスのゲームではなく、単純に強くなってラスボスを倒せばいいというものでもない。過程がどうあれ、観測者のシンの暴走を止め、この世界の一大事──大改編を終わらせられるなら何だっていいのだ。
「分かった。よろしく、先輩たち」
藍川とラメド、脳内のメムに向かってそう言えば、
「おう」
「もちろんです」
『承知しています』
三者三様の返事があった。
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