第20話
新が見下ろした金色の頭は、創世世界でのアインと同じ派手な金髪をしている。けれどにやにや笑いを浮かべるくせに、どこかが痛むような目をするのは、すっかり見慣れてしまった藍川のままだった。
「話だけ聞いてるとさ、こういうのって、当事者たちでもっと話し合ってりゃよかったんじゃないのって思うけど。……でも、メムも、星冠の継承はそういうものだって当たり前に思ってたって言ってた。だからどうしようもなかったんだろうし、もう起こったことにとやかく言ってもそれこそどうしようもないもんな」
「ご高説、痛みいりまーす」
「茶化すな。……でもひとつだけ、聞きたい。──俺は、シンの代わりだった?」
だから、シンと呼んでいたのか。
死にたがる新をいつも文句も言わずに助けていたのも。ジェネシス以外のゲームや漫画の話で馬鹿笑いしていた時も。失いかけている友人の影を重ねられて、“友達”ごっこをしていたのだとしたら。──それに新が救われ続けてきた事実は、理由がどうあれ、変わらないのだけれども。
「バカだな」
ぐに、と頬を引っ張られて、唇を噛んでいた歯を緩める。
「分かたれた星核は決して元には戻らない。最初から、お前はまったく別の星として生まれたんだ。シンとも、力の源たるホドとも、星核に触れたオレとも、全然違うものになった。……生まれる前から見てきてんだ、いやでも分かる」
そのまま、耳の後ろや首の、脈の打っている辺りに触れられる。今触られているのは体だけれど、こころ、星核、星辰とやらの輪郭を確かめられているようだと思った。
「お前は間違いなくシンとは別物の真並新だけど、シンとは双星って関係で結びついちまってる。シンって呼んでたのは、どうせならシンの輝度にあやかって星辰が早く安定すればいいと思ったんだが……希死念慮みたいなもんまで引き摺られちまうとは思わなかった。あーそれとゲームのアバターネームなんかでも使ってたから、創世世界の連星に接続した時も違和感少なかっただろ」
「い、意外に色々考えてたんだな……」
茶化した藍川を嗜めておきながら、予想以上に返ってきた言葉の数々につい自分もやってしまう。骨張った指は離れていったが、藍川はまだ座り込んだままでいる。
藍川が多弁な時は、後ろめたい時や隠し事がある時でもある。藍川の後悔の一部が軽くなるかはわからないが、この際言いたいことはすべて言っておくことにした。
「……じゃなくて、えーっと……俺が、死にかけたのは。死にたがるのは、シンとお前に原因があって。お前らが悪くないなんてのは全然すこしも思わないんだけど。でも、俺だけ全然悪くないっていうのも違う、と思って」
一度息を吸って吐いて、藍川の顔を正面から見る。
「死にたくなるのは嫌だったけど。生きたい、って、思ったこともなかったから。だから、死んじゃっても仕方ないって、どっかで諦めてた。……でも、お前はずっとそんな俺を死なせないようにしてたわけで」
自分でさえ諦めていた自分を、藍川は何も言わずに助け、生かそうとしていた。新が知る前から、新が知らないまま。
「創世世界でも、アインもラメドも、俺が死なないようにって願ってくれた。俺も、あいつらを死なせたくないって、願ってた。今も願ってる。──死なせたくないって思ってくれる人がいるなら、そのために生きてもいいのかもって、やっと思えたんだ」
藍川がひとつ瞬きをした。いつも何かしらを抱えていた瞳が、ただまるく新を見返してきていた。
藍川の、アインの“嫌いな”ホドの力を切り分けてつくった新のことを、どんな思いで見てきたのだろう。新が死にたがるのを、どんな思いで止めてきたのか。──新の人生の時間分、この男がそんな風に贖罪を続けてきたのだとしたら。
「だから、いいんだ。お前がやらかしたことも、シンが願ってしまったことも、俺は許すよ」
「許して、ちゃんと止めてやる。俺は俺で、真並新で、お前らのやったことの結果で生まれて、これからも生きていこうって思ってる」
“死にたがりの真並新”は、もうここで終わりにする。今ここからは、死ぬことよりも、生きることを考える。ならば勝手に償う男もまた、いらない。
「俺は俺のために、俺がこれから生きてくために、シンを止める。……創世世界のアインたちも、助けたいし」
「お前……いや、新は。ほんっとー……に底抜けのお人好しだな。……なんでこんな風に育ったんだか……」
本当に、誰とも違う、とくしゃりと笑った。
「だからお前が育てたみたいな言い方……」
悪かった。
藍川が、風に紛れて小さく零す。何に対してか、本当は“誰”にそう言いたいのか、曖昧な謝罪を狡く思う。思うが、蕩けるような金色を風に遊ばせる、子供の頃から変わらない拗ねた横顔を見てしまえばもう何も言えなかった。
(本当に、悪魔みたいなやつ)
自分の欲望の赴くまま、シンと新の運命を歪めた。創世世界と観測都市の多くの人の運命も引っ掻き回しただろう。そのくせ自分だって苦しんで──自分の連星である創世世界のアインまでも、残酷な運命に巻き込んで。
それらを知っても尚、新にはこの男を見捨てることも、嫌うこともできない。
「アラタ、こんなところに……アイン! あなたはまだ謹慎中です!」
すっかり夜が明けきって、人の動き出す気配がし始めたと思ったらメムがやってきた。こんな風に声を荒げるのは珍しい、と思って眺めていると、気まずそうに咳払いする。藍川は肩を竦めてひとりさっさと歩き出した。
「こいつに……新に全部話した。今日の査問会にも出頭する。地球世界と創世世界のこれまでの観測記録も、全部渡す」
「な……」
それでいいだろ、と手をひらひらと振って逃げていく藍川に、メムと顔を見合わせる。
「……たぶん、事の経緯は全部聞けた……と思う。後で、メムたちも話を聞いてから、確認する?」
「…………それがいいでしょう。いいですか、アラタ。あの者と二人で会話をすることは推奨できかねます。あの者はシンを唆し、観測都市に多大な混乱を齎しました」
部屋に戻りましょう、とメムが先に立って廊下を歩き始めるので、おとなしくついていく。
「……アインと観測者のシンのことは、アインだけが悪いんじゃないってメムたちももう分かってるんだろ?」
事の発端はアインの唆しだが、シンの協力がなければそもそも星鏡の隠匿は叶わなかったし、星核を割るなんてことも不可能だった。シンにも非があることは状況証拠からも明らかだろう。
ひとつ、頷きだけが返る。
「……私にとって、シンは憧れの……ようなものでした。私が目指すべき、規範とするべき星だと、そう思っていました」
だからホドが星冠を降りる日がくれば、当然にシンが受け継ぐのだと信じて疑わなかったのだとメムが小さく呟く。
「あの人が……シンが日々何を感じ、願い、行動していたのか、私は知ろうともしませんでした。アインだけが、それに気づいた。しかし例えシンの願いを知っても、私ではアインのようには動けなかった……」
力も、意志も足りなかったのだと、悔やしさが滲む。
「もしも。シンがシンのまま。ホドが煌々と輝く星のままで。失われるはずのものを、もしも失わずに済むのなら、と。……私も、願いたくなってしまったのです。観測者の、星径の在り方としては間違っているのに」
足を止め、か細い光を抱くように胸元を押さえたメムへ、正面から向かい合う。ずっと新を助けてくれたメムの願いを、初めて聞けた。だから新も、メムに約束する。
「俺、創世世界にもう一度行って、シンを連れ戻してくる。だから、メムがシンに直接怒って、引っ叩いてやって」
死なせてしまったと思った新の連星、少年シンのからだはホドが助けてくれていた。星鏡が破砕されて創世世界へはもう行けないと言ったメムの言葉は、新のための嘘だった。偶然と縁の積み重ねで生かされてきた新には、今できる、やりたいことがある。
「……虚偽を伝えたことは謝罪します。ですが、アラタ。あなたがこれ以上傷つく必要はないのです。──救えるかも分からない
兄と弟の間に立たされたメムの声は、いつになく掠れて弱々しかった。
「メムが俺のことを心配してくれてるって、ちゃんと知ってる」
そんなメムに、メムの優しさに、何かを返したい。──シンを、返してやりたい。
「俺は、他人のためだけに頑張ったりするような聖人じゃないけど、自分のためだけにも頑張れないような中途半端な人間だから。俺自身のための理由も、ちゃんとあるよ」
シンを助けて、自分の星辰を安定させる。そうして“死にたがりの真並新”をきちんと終わらせなければ、メムの顔さえ、夕焼けの瞳さえまともに見られない。ホドの持つ黄昏よりはましでも、魂が──星辰が、その色と向き合うことを恐れてしまっているから。
(黄昏が大丈夫になったら。メムとも、ホドとも、ちゃんと目を見て話がしたい)
重たげに顔を上げたメムに、拳を握ってみせる。メムは膝をついて、新の拳をやわらかい力で包んだ。
「……アラタ。生まれたばかりの、私たちの兄弟星。今はまだか細い光でも、きっと強い輝きの可能性を秘めている。あなたが生まれたことも、もしかすると星の定めだったのかもしれません。あなたに〈栄光〉の星の導きがあらんことを」
「定めっていうのは、まだよく分からないけど。俺にできることがあるなら、頑張ってみたい。……魔王のシンは倒して、観測者のシンを、取り戻そう」
新も、シンも、アインも、ホドも。誰かが犠牲になるのではなくて、全員でハッピーエンドを目指そう。
メムは何も言わず、ただ祈るように新の拳を包んだままの手に額を寄せた。
翌日の昼すぎになって、メムが「アラタ、星鏡の間に行きましょう」と部屋まで呼びに来た。
「査問会、は終わったの?」
昨日、事の経緯を話した藍川は、メムと共に査問会とやらに向かった。新は部屋で休養しているように言われて、自動で用意される美味しい食事を食べながら存分にごろだらした。藍川は査問会には新の席がないことを分かっていて、わざわざ先に話しに来たのだろう。妙なところで律儀というか、自分のルールで動いている奴だ。
「……一応は」
メムが苦虫を噛み潰すような顔をしたと思ったら、その後ろから藍川が「はー、肩凝った」とわざとらしく首を鳴らしながら顔を出した。
「……誰のせいで、誰のための査問会だと」
メムの声が怒りに揺れる。
「はいはい、オレオレ~」
「うざ」
全く反省していない態度で藍川はさっさと歩き出す。昨日の今日でこの態度はさすがに新も腹が立つ。後ろから藍川の膝裏を蹴飛ばしてやったが、硬くてびくともしなかった。
「アラタ、公共の廊下ではしたない行いはいけません。アインなどのためにあなたの品位を落とす必要はありません」
「分かった、次からは人目のないところでやる」
「それがよろしいかと」
メムと頷き合っていると、藍川はうげろと舌を出した。
「だーいぶ仲良くなっちゃってまあ」
「まじうっっっざ。……俺は家族は大事にする主義なんだ」
「……ふーん、それで生き別れの兄貴も助けてやる気になったって?」
星鏡の間に続く転移陣の前で振り返った藍川が、意地の悪い顔でにやにやと笑う。
「悪いかよ」
「いんや? ……お前はそれでいいよ」
オレとしても観測都市としても助かっちゃうし~、と外れた調子で言うのへ、メムとともに醒めた視線を返す。
「そもそも藍川はなんでいんの? 冷やかしはいらないんだけど」
「いやいや、オレも行くんだよ」
あっさり言いながら転移陣に踏み込んだので、後を追えば、一昨日にも来た大きな星の扉の前に出る。この先が星鏡の間だ。
「え、マジ?」
「マジマジ」
メムが深くふかく溜息をつく。その気持ちはよく分かる、と思った。
「本来ならばアインは星径剥奪の上、観測資格も無期限停止になるところですが。星径の星が新たに生まれるためには、星冠の力とそれなりの時間が必要です。星冠と星径の星々が大きく揺らいでいる今、犯罪者といえど使えるものは暫時使うべきという判断が下されました」
アインの接続には監視と制限がつくとメムが新に向かって説明してくれる。確かに、この男には首輪をかけているくらいでちょうどいいと思う。
星鏡の間に入ると、薄青い少年、ダアトが片手を上げて迎えてくれた。
「やあ、アラタ」
「えーと、こんにちは? ……ダアトも行くの?」
「ぼくは、ただの見送り。アイン、接続するから」
「あ、なるほど」
星径の力を悪用して好き勝手観測していたアインを、星冠ももう野放しにはしないというわけだ。
「アイン、接続するからには心してアラタの筐体を守るように」
「できないなら、行く意味、ないもんね」
メムだけでなくダアトもアインに対して中々に辛辣だった。相変わらず無表情で淡々と喋るけれど、しっかり棘が含まれている。
「わーかってるって。……言われなくとも」
面倒そうに手を振りつつ、藍川は星屑が集まってつくられた寝台にどっかりと寝そべる。それにならって新も恐る恐る寝台の上に上がってみた。手をつけば、ちくちくしそうな見た目に反してふんわりと柔らかくあたたかい空気に包み込まれる。
「それでは、アラタ。目を閉じて、気を楽にしてください。──再接続を開始します」
アナウンスめいたメムの声を少し懐かしく思ううち、耳の奥から響く声に従って意識が沈んでいく。
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