第11話
翌朝早朝、宿を出ていざ出発となるわけだが、隣街までの実質的な移動距離は宿から西門までの街一区画分くらいだ。転移陣様様である。馬車に酔う心配も、旅荷物を抱えての長距離移動も、何日もの野営も必要ない。
最初から(ほとんど)最強装備で、ワープ移動も解禁とはかなり手厚い。ゲームならバランス崩壊もいいところだが、何せこちらの追加戦力は消え、魔王サイドには謎の復活機能つきときた。まだまだ不安要素の方が大きい。
転移陣の準備が整うのを待つ間、昨夜寝る前にメムと話したことをぼんやりと思い返した。
『魔王と呼称される存在に、観測者シンが関わっていることはほぼ確定事項となりました』
(決め手は?)
『“大魔が蘇った”という発言です。星径のシン、〈審判〉の星が持つ意味は〈復活〉、〈位置の変化〉、〈更新〉。これらの力を用いれば、観測世界の法則や根幹を揺るがすような事象──大魔を〈復活〉させ、蘇らせるといったことも可能でしょう』
(観測者シンの特殊スキルってことか……)
『大魔、そして魔王の存在は、この創世世界の星の運行を大きく変え得るもの、つまり大改編の原因です。それを屠る宝器を扱う者、遣い手が星径の連星であることから、“宝器で大魔を倒す”という行為は創世世界における絶対的な原理であると考えられます』
(峻国の大魔は宝器とその遣い手に倒されたはずなのに、その絶対的なルールを覆した“灰色の影”……)
『星径のシンならば、通常あり得ないほどの奇跡的な〈復活〉の効果をもたらせます。アラタ、あなたのその筐体が治癒士の能力を持つのも、シンの星に由来するものと思われます』
(あ、そっか。なら俺もアインやラメドがもし死にそうになったとしたら、〈復活〉させられたりする? やっぱ練習とかいる?)
『………………』
そこそこ長い沈黙があった。まさかメムに限って寝てしまったということはないだろうが、むしろ新の方がそろそろ寝てしまいそうだ。
『……他者の介入によって分かたれた星が、星径の双星といえど、同じ意味を持つのか……前例はありません。星径の意味と力は、星径として生まれた時点で与えられますので、今現在アラタが力の有無を知覚できていないなら、それは……』
(うーん、生まれつき、かー……)
超能力やら特殊能力やらに憧れた時期は新にももちろんあったけれど。
言いにくそうな声からは新への気遣いも感じられて、それでメムが珍しく迷っていたのだと分かった。
『しかしアラタへも星の定めが課せられるならば、同様に力も与えられるべきです。定めを全うするためのものなのですから』
(まあ、治癒術がちゃんと使えてるんだから、それでいいにしよう……。しっかし、本当に魔王がシンなら〈復活〉ってチートスキル持ちってことかー……)
『私を通して観測都市の機構と繋がっている現在、星径の力が行使されればすぐに捕捉できます。ですが、その際に戦況が一変する危険性もあります』
(ああ~……大魔戦でギリギリ勝利って思ったとこで完全復活されたら、それがシンの仕業だって確定したところで、こっちは全滅しちゃうかもだもんな……)
まさにラメドたちはそれでパーティが壊滅したわけだ。
(あとは〈位置の変化〉……はワープとか入れ替え能力とか? それもやばそう。〈更新〉はちょっとよく分かんないけど……星径って絶対敵に回しちゃダメなやつじゃん……)
なんだか足の爪先からしんと寒くなってきた気がして、布団の中に頭まで潜り込んだ。
『観測先で敵対勢力になることはままありますが』
(あるんだ! そっか、星径が世界の重要人物ってことなら、敵味方どっちもあり得るのか~……)
思った以上に観測者とやらは物騒だった。観測って見るだけじゃないんかい、と言いたい。観測者の誰かと今後対面したとして、直接言う勇気はないが。
『今回の観測状況はアラタの連星にあまりに不利です。……生まれて間もないあなたの星辰に、過剰な負荷をかけることは望ましくないのですが……』
(なんか生まれたての子猫を心配するみたいな声だな……。とにかく、大魔と戦うことになったら“灰色の影”と〈復活〉に要注意ってことだな)
昨晩はそれで話を終わらせてしまったが。いざ転移して隣町の宿に荷物を置いて、近くの森で戦闘訓練をします、とラメドが言い出して。王都の隣街の森、と聞いて思い当たることがあって、そろそろとラメドに質問する。
「ラメド、これから行く森って……」
「森の奥の湖が有名な景勝地ですが、現在魔物が増加しているため一般人の出入りは禁止されています。道幅が広くそれなりに見通しも良い、戦いやすい場所ですから、まずはここで小型の魔物と何度か戦闘を行いましょう。貴方方の戦闘力を測らせてもらいます」
ラメドの言う通り、ここは森のダンジョンだが序盤に解放されるだけあって迷うほどの複雑さもなく、敵も雑魚がほとんどだ。冒険初心者が戦闘経験を積むのにゲームでもリアルでもぴったりの場所だろう。
(でもなー……最深部には大魔がいるんだよなー……)
ゲームではマップに障壁があって、最初に訪れる時点では奥の湖まで辿り着けないようになっていたけれど。
(奥まで……多分行けちゃうんだろうなあ……)
穏やかな表情の下でラメドが何を考えているのか、新には読めない。大魔がいると知っていながら戦闘経験の浅いアインとシンを連れて行こうとしているのなら、スパルタすぎる。
『観測者のラメドが接続していれば、無謀な行程は変更できたのですが……』
(まあ、いないひと?のことを言ってもしょうがない。多分ラメドには考えがある……んだと思う)
アインを先頭に、新は真ん中、後方の警戒をラメドという配置で森に入る。猪に似た魔物や鳥型の魔物がそこそこの頻度で現れるが、どれも小物だった。ラメドが射ち落としてから魔物の弱点や気をつけるべき攻撃をレクチャーしてくれたり、アインが複数の魔物に囲まれた時は死角の敵を牽制したりと、まるで新入隊の学生軍人と指導教官のようだった。アインは上官へ敬語を使うどころかほとんど頷きか一単語でしか返していないが。
新は戦闘時は後方で戦況観察と治癒、その他適宜戦闘補助を行うように、と言われたが、敵が弱すぎるのとアインとラメドが強すぎるのとで、正直やることはほとんどない。
『北東から接近反応。飛行型三体』
「北東、鳥、三!」
最前のアインまで届くように声を張り上げる。金髪頭が僅かに上下した。
新が索敵ができる理由を「術の応用で魔力の網を張っている」だとか適当にそれらしく言ったが、つまりはメムからの情報を伝達するスピーカーだ。
(なるほど、地形が分かったり敵の情報が分かったり、それだけでも有利に動けるもんな)
たとえ星の持つ力とやらが使えなくても、“観測者であること”自体がかなり便利だ。
索敵機能のおかげで一応パーティの役には立っているものの、本業のはずの治癒ではふたりに治療の必要な怪我が発生しないため、必要なし。補助術は攻撃力、素早さ、防御を強化するものと、設置型の盾を出す術とで合計四つ使えるが、それらの術で補佐する前に魔物は煤になっている。治癒士の出番がないのは敵に対して戦力が十二分に足りている証拠で喜ばしいことだが、どうにも手持ち無沙汰だった。
(なあメム、アインたちの戦闘能力とかも観測してるって言ってたけどさ。パーティメンバーの体力値と魔力値って、こう……ゲージとかで表示できたりしないの?)
『表示しますか?』
(え、ほんとにできるの)
『可能です。戦闘行動の記録がまだ少ないため、数値設定は現時点での暫定になりますが』
視界のどこにどのように表示するかと細かい希望も聞いてくれたので、邪魔に感じない左下に、ゲーム画面のステータス表示を再現してもらう。名前と顔のアイコン、その下に体力値と魔力値の二本のゲージを横線で。顔アイコンを長押し……ではなく注視していれば、攻撃力、防御力、素早さも数字で現れる。
前衛の様子は気にしつつ(主にメムが)、隙を見て自分に補助術を使用して、効果量と使用魔力量を目で確かめる。前衛二人の体力値の減少に合わせて、できる限り省エネ魔力でぴったりの治癒を使う練習もした。
(いいな、これ)
補助術は、新がゲーム基準で考えていたよりも消費魔力の割合が少なく、多用できそうだと分かった。序盤では戦闘中に一度か二度使えばすぐにカツカツになっていたものだが、高級な装備で魔力値が底上げされているためだろう。効果と持続性はさほど高くないので、そのあたりは重ねがけで補っていけるといい。
『視覚情報が増えれば、情報処理の負荷がかかります。支障はありませんか』
(むしろこっちのが見慣れてるから安心できる)
ついでに左上にミニマップも出してもらったので、よりいっそうゲーム画面らしくなった。
体感で昼を過ぎる頃には、近辺の魔物は一掃できてしまったようでほとんど出てこなくなった。遠くに木々の切れ間があって、青い水面が僅かに覗いているのが見えてくる。
(うわ、ほんとに森の最深部だ。さくっと来ちゃったな……)
「湖まで来られましたね。あそこで休憩を取りましょうか」
ラメドは相変わらず口元に笑みを乗せているが、よく見れば目の奥は少しも笑っていない。
(大魔戦、やらせる気だ)
卒業試験にしては早すぎるしハードすぎるが、ラメドがその気なら新も腹を括らねばなるまい。湖に近づく前に、先頭に立って進もうとするアインのマントを引っ掴んで止める。
「……変な反応がある。湖の中……やばいのがいるかもしれない」
いかにも術で探っています風に言ったが、新自身は何も感じないしメムの探知にもまだ引っかかっていない。何もなければそれでもいい。
「……言われれば確かに。何か……少し、違和感があるな」
アインが聖剣の柄の握りを確かめながら言う。宝器の遣い手は感じ取れるものがあるのかもしれない。ラメドの方を見るのはもうやめておいた。彼が今どんな表情で新米ふたりを死地に追いやろうとしているかなんて、知りたくもなかった。
「い、一応、治癒と強化かけとくな」
疲労で少しだけ減った体力値をアインとラメド二人分満タンにしたところで、突如湖の中からぶわりと濃い魔力の気配が立ち上った。新の感覚にすら直接突き刺さってくる禍々しい気配。つい先日に村を襲った炎狼と同種のものだと、すぐに分かった。
近接戦闘を強いられるアインに防御強化の術をかけて、ラメドにも同じものをと次の魔力を練り始める前に、盛大な水音を立てて水柱が噴き上がった。その水柱を割って、高く嘶いたのは水流を纏った巨体の馬だ。
(──大魔、
「大魔……!! お前、最初からそのつもりでここに連れてきたな……っ!」
水馬を睨み据えたまま、アインがラメドへ低く呻く。
「貴方方の力を見せてもらう、と私は言いました。宝器の遣い手に求められるのは大魔を屠る力、それのみです。……あの大魔はまだ封印の眠りから目覚めて日が浅い。力を取り戻す前の今なら、充分勝機はあります」
「……クソッ。シン、お前は一人で逃げろ!」
「逃げるかバカ、いいから集中しろ! ……なんか、相手すげー速そうだし! えーっとホラ、馬の蹴り上げとかって、普通の馬でも威力やばいんだろ!」
後方から声を張り上げて、前衛二人に注意を促す。
(メム。この大魔の特徴は動きがめちゃくちゃ素早いこと。後ろ足の蹴り上げで飛んでくるウォーターカッターが特にやばい)
『承知しました。攻撃予測解析を優先し、回避行動補助に注力します』
もう一度高く嘶いた水馬がアインに向かって突っ込んでくる。アインはそれを躱して斬りつけようとするが、水馬は素早く身を翻して湖の中に駆け戻る。水を操れる水馬は湖の水面を自在に駆け巡るが、こちらは湖に入れば不利なだけだ。
アインに向けて素早さを上げる補助術を練り上げる。術が発動した瞬間、水馬が後ろを向いた。
『回避!』
メムの警告に合わせて左へ回避を始めたからだに従い、全力で飛ぶ。草で擦った頬がひりついたが痛むのはそこだけだ。しかし地面を見れば、爪先からほんの数センチのところに鋭い斬り込みが走っていて、ぞっと悪寒が背を撫で上げる。食らってしまえば手足も簡単に飛ぶだろう。
水馬がラメドの矢に追い立てられて後退した隙に、急いで立ち上がる。
(直接攻撃したアインじゃなくて、俺を狙ってきた……!?)
「シン!?」
「無事! 前見ろ!」
わざわざこちらを振り返ったアインに怒鳴る。
次の水の刃はアインに向かっていったが、アインは優れた身体能力と底上げされた素早さでもって難なく避けた。距離があって、動体視力も筋力も優れた剣士になら、あの攻撃はそれほど脅威ではない、はずだ。
(でもなるたけ安全に、遠距離から削ってもらった方がいいな)
そう考えてラメドに攻撃力を上げる術を使おうとして、込み上げた怖気に突き動かされるまま右に転がった。
(……ッ)
新が立っていた場所が深く抉れている。水馬は再びこちらに背を向けて──蹴り上げがくる、と分かってもこの体勢では回避は間に合わない。せめてメムによる戦闘補助がダメージを少しでも減らしてくれることを願って、目だけは閉じないようにと覚悟したところで、目の前、射線上にアインが飛び込むのが見えた。
「ア──……」
名を呼ぶ間もなく首の後ろを掴まれて木の影に転がされる。ラメドだ。
急いでアインの方を見れば左肩を押さえていた。覆った左手の指の隙間から鮮血が次々に溢れる。直撃は免れたようだが、体力値が三割ぐらい大きく削られたのを確認して血の気が引く。
すぐに回復を、と握った杖を大きな手に下げられた。
「魔力に反応して攻撃してくるようです。術は使わないように」
「でもアインが!」
「避けるだけなら私とアインにはさほど難しくありません」
ラメドが言いつつ水馬の目を狙い、反撃に放たれた水刃を迎え射った矢で相殺した。
「!」
「貴方が狙われる方が、動きにくい。特にアインは……」
「今! 相殺したよな!? 宝器ってそんなこともできるのか!?」
ラメドの言いかけた言葉を遮る。もっと大事なことだ。
「ちょっと試すから、相殺よろしく!」
返事は待たずに防御の術を発動させれば、ラメドの足元から光の盾が立ち上る。盾は固定型のため、使いどころが難しいと思っていたが、今はうってつけだった。
術の発動とほとんど同時にこちらへ飛んできた刃を、ラメドはまたも精確に射ち落とす。
「バカシン、術は使うな!」
「いいから、こっちには来るなよ!」
「──ッ」
術の盾は割れておらず、ついでに水塊も弾いてくれた。やめろとかバカとか叫んでいるアインには構わず、アインの左肩に集中して治癒を送る。二、三度水風船が爆発したような破裂音があったが、その全てをラメドが相殺したようで、余波を受けた盾が壊れただけで済んだ。
(いける)
「ラメド、元はと言えばあんたが相談なしに大魔戦始めたのが悪いんだから、責任取って盾役頑張ってくれよ」
ラメドの背を軽く殴れば、振り向いた横顔が苦笑いを浮かべる。
「治癒士と弓術士を囮にするとは……あなたは軍人には向いていませんね」
「なる気もないから。……アイン! 囮はこっちで引き受ける! お前は止めを!」
「シン!? 何を……」
アインの方は意識から締め出して、まず防御の盾を張る。水刃が直撃しなければ三回か四回は保つはずだ。次にアインの素早さをもう一段上げて、ラメドの攻撃力を上げて、と前衛に能力強化のバフを配る。これで火力を上げて、一気に削って仕留める作戦だ。途中で盾を一度張り直して、もう一周バフを配る。
弓術士を盾扱いするなどゲームでだって下策もいいところだが、飛んでくる水刃をラメドは少しのブレもなく弓を引き続けて精確に相殺している。ラメドが外すか、盾を張るタイミングを見誤れば一瞬でふたりとも崩れる綱渡りだ。
(ラメドは外さない。術のタイミングと種類はメムも一緒に考えてくれてる)
アインは攻撃を喰らわないように上手く避けながら、確実に水馬に攻撃を重ねていく。いよいよ水馬の巨体がたたらを踏んだ隙を見逃さず、ラメドの矢がその目玉を深く射抜いた。
水馬の嘶きが耳に痛い。術を短期間に使いすぎたのか、目の前に青い斑点が浮かんでいる。もう一度盾を張り直そうとして、ぽんと軽い力で肩を叩かれた。
「必要ありませんよ。……決着です」
アインが放った斬撃が水馬を正面から両断する。激しい水飛沫を巻き上げながら巨体がふたつに分かれ、煤になって消えていった。
『完全に反応消失しました。観測者反応、及び“灰色の影”は見られず、〈復活〉の兆候もありません。──戦闘終了です』
喜びの声を上げる気力も何もかも使い果たしたまま、草むらに頭から倒れ込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます