第9話
翌日、新が起きた時にはもう昼近くになっていた。かなり早い時間に寝たが、半日以上まるっと眠り続けていたことになる。慣れない馬車での長時間の移動にも疲労が溜まっていたのだろう。
朝食兼昼食にもまたたっぷりの美味しい食事をもらって、午後からアインとラメドと三人で装備を整えることになった。
聖剣の遣い手のアイン、聖弓の遣い手のラメド、治癒士としてシン。このメンバーで残る
アインとラメドの相性は非常に心配だが、ラメドのパーティインは新にとって純粋に心強かった。宝器の遣い手のメインキャラクターであることはもちろん、パーティメンバーに大人がいてくれるというのはやはり安心感が違う。
「ラメドさん。改めて、これからよろしくお願いします」
「どうぞラメドと。言葉遣いも崩して結構ですよ。我々はこれから共に旅をし、命を預け合う仲間なのですから。貴方方も、アイン、シンと呼ばせていただきます」
「わかりま……分かった。ラメドも、あんまり堅苦しくない方がありがたい」
「承知し……分かりました」
お互いに顔を見合わせて少し笑う。精神的にも大人のラメドとは、基本的には上手くやっていけそうだ。
アインを振り返る。愛想もなく会釈だけで済まそうとするので踵を蹴飛ばす。
「……アイン。よろしく」
不承不承という体をまったく隠さないアインのこの態度がなければ、の話だが。先が思いやられて頭が痛い。
昨日は馬車で通り過ぎるだけだった街に、今日は徒歩で降りてきた。王都の大通りに相応しく、大きくて歴史もありそうな立派な店が並んでおり、活気があって道ゆく人々の顔も穏やかなものだった。客層が生活の安定している富裕層が多いらしいということもありそうだが、魔物や魔王の脅威に怯えている様子は見られない。ゲームでも多めの人数のNPCが配置されていたものだが、もちろんその比ではなく大勢が行き交っている。
「すごい賑わってる……」
思わず呟いて、田舎仲間のアインを振り返った。
「そりゃ王都だからな」
村の遣いで何度か来たというアインは特に気にした風もなく肩を竦める。
「私は
先を歩くラメドが半身で振り返る。少年シンの記憶は峻国のことは伝聞でしか知らず、新自身もゲームの荒いグラフィックでしか知らない。
「そっか、峻国の。ラメドみたいな赤い髪と目の人が多いんだっけ」
「そうですね。光国は西の峻国とも北の理国とも交易が盛んですから、峻国人もさして珍しくないようですが」
ラメドのワインレッドの髪と、もう少し明るいガーネットみたいな色の瞳を改めて眺める。通った鼻筋と真面目そうで精悍な顔つきだ。ダークレッドの外套の下は、引き締まった体躯に銀と真紅の装飾の鎧を纏っている。アインよりも頭半分ほど、新……というかシンのからだと比べれば頭ひとつ分以上大きい。
「ラメドっていくつ? 俺たちは十七なんだけど」
確か二十代だったと記憶しているが、この世界ではまだ知り合って日の浅い人間同士だ。迂闊なことを言う前に基本情報を訊いてしまった方がいい。最後尾のアインはまったく興味のない様子でただ辺りを眺めているだけなので、ここは新が頑張るしかない。
「二十六ですよ」
「なるほど。……ええと、」
と言っても、臨機応変に楽しく会話を続けられるような高等技術を新は持ち合わせていなかった。
「人が多いですから、細かい話はまた追い追いしていきましょう」
ラメドが軽く笑って助け舟を出してくれた。それなりに年が離れているこちらに対しても偉ぶったところはなく、柔らかな物腰だ。
ラメドに案内されたのは中央広場に面した重厚な店構えの武具店だった。支度金が出るというだけでも手厚いなと思ったが、王室御用達の武具屋を利用できる、とさらりと続けられた言葉にどぎまぎしていたが。
(いやいやいや、まさか……)
期待しすぎないように半信半疑で入った店内には、稀少素材の
(やばい、マジでショップで買える最高級装備だ)
ゲームでは終盤に王都に戻ってきた時にようやく解禁されるハイレベルな防具だった。ダンジョンの奥底に隠された最強装備には一段劣るが、レベル上げさえ怠らなければこれでも充分魔王戦まで行ける。
(……あ。レベルアップの概念ってあるのかな?)
『身体能力の向上や術技の修練等、ある程度は戦闘訓練での強化が可能です。明確な数値設定はこの世界では存在しないようですね』
これまでの戦闘や周囲の人間等からの解析結果だとメムが説明する。
(まあ、普通に考えたらそうだよな……)
レベル設定があれば安全に戦闘する目安にできると思ったのだが、仕方ない。逆に考えれば、レベル差で絶対的に勝てない戦闘というのもない……と思いたい。
「まずはアインから。軽鎧と篭手、膝鎧と短靴を。上衣と下衣も、丈夫で保温性の高いものに」
ラメドがてきぱきと見繕った一揃えと共にアインは店の奥に連れて行かれる。
「シンには胸当と長衣、手袋と長靴。それから装身具の額飾と耳飾、首飾、帯革もですね。杖は治癒士のものを──精霊銀と黄昏石で」
(うわーーー金任せの魔力爆上げだーーー!)
軽くて防御力の高い精霊銀のチェストプレートもロングブーツも、妖精糸で織られたチュニックやグローブも全て魔力を底上げするものである上、魔鉱石のサークレットとピアスとペンダントにベルトまで。杖はそれ一本で防具一式と同じ値段のするものだ。全部合わせれば魔力量、術効果共に倍増どころの話ではない。ゲームであれば、村から出てきたばかりのせいぜいレベル五の治癒士でも、レベル五十相当のステータスにもなるのではないだろうか。
(やばい額の金が動いてる)
緊張しつつ衝立の奥で着替える間にも、『総額で街が一区画買える試算になります』とメムが追い打ちをかけてくる。ゲームの終盤でだってフルセット買い揃えるには骨が折れる額だったことを苦く思い出した。
アインは暗い色の上下に、黄色い石の嵌った銀のブレストアーマー。揃いのガントレットとグリーブにショートブーツで、最後に焦茶のマントを纏って出てきた。新の装備は中は似たような落ち着いた色で、装備品は銀に橙の石のものが多い。苦手な黄昏色の魔石だが、この国で採れる最高品質の石で、新の魔力とも馴染みがいいと言われては仕方がない。シンのからだがこの国出身であるからかもしれない。幸いにも身につけてしまえば石の色はさほど見ないで済む。杖の握り部分には滑り止めの革を巻いてもらって、石の色があまり見えないようにした。フードつきケープもオレンジのものを勧められたが、それはどうにか断って紺色を出してもらう。新米勇者とそのおまけのくせに、見た目だけはベテラン冒険者の完成だ。
最後にと店の主人が出してきたのは十数種類の腕輪だった。防御と幸運の加護が付与されており、好きなデザインのものを選んでいいらしい。
「じゃあこれで」
オレンジの石のついたものだけ避けたい気持ちで手前から取ろうとすると、「今適当に選んだだろ」とアインに呆れられた。
「どれも同じならどれでもいいじゃん」
「よくない。……これと、これ」
アインが選んだのは明るい金の地に黄色の石がいくつかついた細身のものと、鈍い銀に小さな橙の石がついたバングルだった。
「その色はちょっと……」
「そっちはオレの。シンはこっち」
てっきりそれぞれの髪色に合わせたのかと思ったが、金色の腕輪の方を手渡された。自分には似合いそうもない派手な色合いに戸惑っている間に、アインはさっさと銀のバングルを左手首に嵌めてみている。
「……旅のまじないですね」
横で選ぶのを待っていたラメドが静かに呟いた。
「まじない?」
「互いの色を身につけて、相手の無事を祈るものです。家族や友人、恋人など、親しい間柄の人間が旅立つ時に」
アインの方を見ると、少し気まずげに顔を逸らす。
「どれでもいいならそれでいいだろ。……親父から、聞いてたから」
「…………」
それを聞けば、派手で落ち着かないなんて理由では断れない。アインにもシンにも、旅の無事を祈りたい、祈ってくれるような親しい人間はもう誰もいなくなってしまった。
(……“俺”じゃ、ないけど)
申し訳ないような、身の置き所のないような気持ちに胸がざわつく。手の中にあるのは繊細な模様の彫り込まれた、丁寧な細工の腕輪だ。嵌めてみると大きくて、二の腕までいった。主人が金具を調整してその位置に留めてくれる。
(メム。このからだって、接続?を解除したら記憶はどうなんの)
『観測者の接続時に体験した出来事については、観測都市に関する事項を除き、全て
(そっか、よかった)
このからだのことは、ほとんど違和感なく自分のもののように扱えてしまう。けれど本来はこの世界で生きてきたシンのものだ。アインに残されたただ一人の同郷の友人。アインの願いを、祈りを、受け取って返すべきは、シン自身だ。
「……分かった。ちゃんと、大事にする」
だから、とアインの左手首に収まった銀の腕輪を見遣れば、アインも自身の腕輪を軽くなぞる。
腕輪も。それを身につけたこのからだも。共に大事にしなければ、と思った。
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