第66話


「今度一緒に京都まで行かないか? そうだな、息抜きに俺の実家にでも寄って行こう。堀田には長らく会ってないから、多分母さんも喜ぶはずだぜ」


「そうか、ありがとう」


「遠慮するこたぁない。言えば、ご馳走してくれるはずだ。手料理なんて当分食った事もないだろ」


「シンニフォン社が提供する食事……、施設内のレストランや給食は、すでに飽き飽きしているんだ」


「だろうな……。あっ、そうそう! 件の藤井さんと小林さんだが、二人共とっくにママになっていたよ」


「そりゃ、そうだろう。あんな可愛かった女子を、世の男共が放っておく訳がない」


「分からんぞ。美人は近寄り難いのか、独り者はいくらでも知ってるぜ」


 堀田にようやく笑顔が戻った。緊張が解けて険しさがなくなってきた。

 スペインバルの女主人は、ほっと胸を撫で下ろすと、他の客のドリンクの注文を取りに行くためエプロンで両手を拭った。バルの雰囲気を演出するため、飾り重視で置いていた生ハム用ナイフは二度とカウンターの前に出される事はなかった。




  ✡ ✡ ✡




 角畑は翌日に早速、職場からシンニフォン社の森井宛に電話した。以前名刺を手渡されていたので、すぐに繋がる。

 昨晩の堀田のメンタルの不安定さは到底看過できない。一体、周りのスタッフは何をやっているのだろう。


「――あら、お久しぶりです、角畑さん。いつもお世話になっております。権利を購入して正式契約のお考えでしょうか?」


「森井さん、あなたに世話をした覚えはないよ。今日は堀田の事について電話させてもらったんだ」


 部外者にはかなり警戒していると考えられる。細心の注意を以って交渉しなければならない。

 だが親友の追い込まれた状況を目の当たりにして、角畑は多少イラついていた。


「堀田要さんについてなのですか」


「しらばっくれるなよ、あいつがおかしくなっているのは分かっているんだろ」


 森井はあえて弁明しなかった。それどころか角畑に助けを求めてきたのである。


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